13 捕り物~バブルカウ~2
速度を増して突進してくるバブルカウに対して、チエロは中腰になり両手を前に突き出した。
「避けるんだ、チエロ!」
叫んだ。それでも彼女は動かない。背後で村人たちが悲鳴を上げた。
ボクはクロと走り出すがもう遅い。
前方でバブルカウとチエロが激突した。衝撃が地面を伝ってボクの体を駆け抜けた。
「そんな!」
目の前で起きた光景に目を疑う。
バブルカウは魔物だ。草食で温厚なため危険度は低いが戦闘力はある。特に突進力はビックボアと比べても遜色ない。細い木なら簡単にブチ折るだけの力を持つ。
「おーい、これでいいのか」
チエロはそのバブルカウの突進を受け止め、あろうことか一歩も動いていない。雨上がりの泥濘んだ足下で、滑ることもなくバブルカウの疾走を停止させた。突き出していた頭を上から押さえつけている。
チエロが無事なことを確認した観衆たちが拍手と歓声を爆発させた。
「すっげー」
「さすが騎士様だぜ」
「オレもやってみよっかな」
「バカ、ぶっ飛ばされて星になっちまうぞ」
「「「チャリオット様ー!」」」
感嘆の言葉に混じって女性の黄色い歓声が聞こえた。
すごいよね。チエロの体は鉄で出来てるのかな。言ったら信じるよ。
でも油断は大敵だ。
「チエロ、気を付けて。まだ終わってないよ!」
下を向いたバブルカウの口から泡が出てきた。大きさは頭ほどもある。水でできた透明な泡は重さを感じさせない動きで浮かび上がった。そしてチエロに触れると、大きな音を起てて弾け飛んだ。
衝撃で体を浮かせたチエロは、大きく距離を取る。
そうしている内に追いついた。
「泡の攻撃は危ないから気を付けないとダメだよ」
「そういう説明はもう少し早く欲しい」
「先に行っちゃったのはチエロだよ」
「そ、それについては悪かった」
「その話はあの子を捕まえてからだよ。後でお説教だからね」
チエロがうめき声を挙げるの聞きつつバブルカウの様子を伺い見る。
バブルカウは口から先ほどとは違う握り拳大の泡を大量に生み出し、自分の体に纏わせた。あれがバブルカウの本領だ。攻撃用の大きな泡と、防御用の小さな泡。見た目はモコモコになったのに、触ると痛いしっぺ返しを受けることになる。残念な畜魔だった。
あの泡は破裂とともに内部の水を撒き散らす。それこそ農家に求められている力なのだ。
力持ちだよバブルカウ
水を撒くよバブルカウ
敵を倒すよバブルカウ
とっても便利だバブルカウ
一家に一頭バブルカウ
そんな歌があるほど農家に大人気の畜魔なのだ。荷を運ばせてよし、畑を耕させてよし、水を運ぶ手間が省けてよし。農家なら誰だって喉から手が出るほど欲しいと言うだろう。さらにミルクもおいしく、お肉も柔らかく、青い模様の入った革は人気があり、魔力の込められた角は高く売れる素晴らしい畜魔なのだ。
ぜひ捕まえてファームに迎え入れねば。
「大きな泡はボクが弾く。走り出されると厄介だからクロは足止めをお願い。チエロはもう一度捕まえてくれるかな、えっとちょっと痛いけど」
「それくらい簡単だ」
チエロは泡の攻撃を受けたにも関わらず平然としていた。棍棒で力一杯殴られたくらいの衝撃があるはずなのにな。本当に頼りになるよ。
「それじゃ行くよ」
クロが姿勢を低く、泡から逃れるようにして走り込む。ボクがクロの後を追い、鞭を振るって水のたっぷり入った泡を打ち破った。弾けても距離があるから大丈夫だ。
泡を壊されたバブルカウが怒って前足で地面をかく。泡のしたを掻い潜ったクロが噛み付き、動きを止めた。意識が逸れている今のうち泡を割ってしまう。
「今だ。押し倒しちゃえ」
「行くぞ!」
ボクをあっという間に追い越し、体を覆う小さな泡の衝撃にも負けず、がっしりと体を掴む。クロが再び足に噛み付くと、相手は大きく足を引き上げた。そこをチエロが押す。抵抗のないままバブルカウは地面に倒れ込んだ。
「チエロはそのまま押さえてて」
横になったバブルカウは最後の抵抗に泡を生み出そうとするけど、ちゃんと対策はある。
トンカチを取り出して、頭から生える角を叩いた。
鈍い音が辺りに広がって、水泡が地面に落ちる。体を覆っていた小泡も形を崩して消えた。
バブルカウが頭を揺らされて弱っている隙に、ロープで口を縛り角に括りつけ簡単な手綱を作る。
「これで終了だよ」
村人の方へと手を振ると、声を上げて走り寄ってきた。
チエロも押さえつけていた力を抜き、逆にバブルカウが元通り立てるように手助けをする。
「なにこれスッゲー、初めて見た」
「もう終わりなの。よくわからないうちに終わっちゃったね」
「虹が見えた」
「おいしそう……えっ、食べるわけじゃない?」
「おもしろいもの見せて貰ったぜ、ありがとうな」
「今度もまた呼んでくれよな」
「だめだよー。今は倒したばかりで落ち着いているけど、あまり刺激すると暴れるかもしれないよ。そこ! 触っちゃダメ。危ないよ、離れて離れて」
珍しいものに触れようとする子供たちを牽制する。こんなに人が集まったところで暴れられちゃ危ない。一定の距離を取ってもらってもあまり安心はできない。
「チエロは大丈夫だったの?捕まえるとき、痛かったと思うけど」
「これくらい気にするほどではない。騎士なら誰だってできることだ」
言葉に目を輝かせる子供たちの横で、そんなわけないと首を横に振る騎士の方々。
「ところで、私はあなたの言う通りちゃんとこの子を捕まえた。だから説教はなしでよいな」
「もちろん、ダメに決まってるじゃないか」
もちろん、で喜ばせて突き落としてやった。笑顔で言ってやったよ。
今回のことはしっかりと反省して貰わないとね。
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(ペレニアルライグラスを育成中)
修繕された家屋、木柵
スライム浄水池(5%)、牛舎(0%)
労働力:2名
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×2
バブルカウ ×1
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読んでくれてありがとうございます。
誤字脱字のご指摘は助かります。
さてこの話は育成物なので戦闘はさっくり終わらせました。
バブルカウは泡で体を覆うと見た目はモコモコなのに、触ると泡が弾けて手が痛いだけです。なんて残念な!