12 捕り物~バブルカウ~
村長の依頼により村の領域内に侵入しているバブルカウを捕獲することになった。のだが、バブルカウの元へと向かうボクらの後ろで、村人たちが列をなして後を追ってきていた。
「村長、あれは何ですか」
「暇つぶしの見学だろうな。ほら、雨が降ったろ」
「ああ、なるほど」
「二人で納得してるところ済まないのだが、私にも説明して貰えるだろうか」
理解に及んだボクに横を歩くチエロが疑問を口にした。確かに元騎士の人には解りづらいかもしれないと理解に及んだ過程を教える。
「まず昨日は雨が降った。雨が降ると土が濡れる。濡れた土は重くなる。重くなると疲れやすい。だから耕地は難しい。木材も湿気で膨らんでいるから、今建てるとすきま風の吹く家ができる。だから建築は難しい。できることと言えば家の中での物づくりぐらいだ」
外でする作業は天気の影響を大きく受ける。
「それに珍しいものがあれば見てみたい。近くにいるのに見逃すのは損だ。そんなことを思ってるんじゃないかな」
「なるほど、私たちは闘技場の闘士というわけだ」
「そういうこと」
「しかし危険はないのか。村の領域内とはいえ野生の魔物には違いない」
「大丈夫じゃないかな、騎士団の方々も来てるみたいだし」
騎士の面々も護衛を兼ねての見学だろう。魔物の掃討を仕事とする彼らにとっても非常に珍しい見世物に違いない。彼らが付いて来ているのなら村人の被害は心配しなくてもいい。
「むしろ心配なのは、バブルカウが村人に襲いかかった場合の騎士の対応だよ。騎士ならどうするか、チエロならわかるよね」
「民に害成すものは断つ」
「そうならないように気を付けよう。バブルカウは比較的温厚な魔物だから、大声でも上げて威嚇でもしない限り戦闘にはならないと思うよ」
答えて横を見ると、前を見て歩き続けるチエロの姿がある。ずっと前を向いている彼女を見て、ふと魔が差した。
「チエロは騎士に戻りたい?」
「急にどうしたのだ」
「いやなんとなく」
騎士といえば人々の守り手にして人々の憧れ。簡単になれるようなものではなく、その影では少なくない訓練に費やした時間があるはずだ。こんな簡単に辞めてしまって未練はないのだろうか。いつか、ふと騎士に戻ってここからいなくなるんじゃないかと思う。彼女の持つ真っ直ぐなものがそう感じさせる。
「私はこの仕事にやり甲斐を感じている。特に殺さなくていいというところがいい」
「理由がなければだけど」
「それでも基本は活かすことだ。それだけでいい。それに」
溜めを作り初めて横にいるボクを見返した。
「私はあなたといっしょにいたい」
それだけ言うと前を向き直す。白い肌が少しだけ赤く染まって見えた。
それを見ていると、なんだかボクの顔が熱くなった。
前を向きなおすと、案内をしていた村長が薄い笑みを浮かべてこちらを見ていることに気づいた。
「いいね、若いってのはよ」
「村長、相手はまだ近くにいるんですか」
「恥ずかしがるなよ、青い青い。そんなこと言ってられるのも今のうちだけだ、思ったことは全部言っちまった方が楽だぜ」
年長者としての助言か何かなんだろうけど、心の中を覗かれたようで少しだけ苛立った。
「大きなお世話ですよ」
「好きにしろ。そろそろ見えるだろ。向こうだ。後は任せた」
方角を示して村長は足を止める。ボクらは一度止まって、背負っていた樽を下ろす。
「この子たちのことを見ていて下さい。ここから出ちゃダメだぞ。さあクロ、行こうか」
スライムたちに待機を呼びかけて、クロの名を呼ぶ。
ボクの影にいたクロが影から起き上がり、光を反射しない闇色の毛皮を曝け出す。ボクは腰に吊るしていた鞭を手に取り、振るって音を鳴らした。
人肌を叩いた様な音がした。
「それがあなたの武器か」
「そうだよ。肉を切らず、骨を切らず、殺すためではなく、皮を削ぎ、痛みを与え、相手を屈服させるための武器だ。相手は野生の魔物だ。野生は弱肉強食の世界。まずはボクらが勝ち、相手に強者だと認められなければならない」
「従魔師が従魔よりも強いのは本末転倒のような気もするな」
従魔師は主に従魔と魔物と闘わせ、自分は指示や援護、命令をする戦闘スタイルだ。チエロは従魔師の方が強いなら本人が闘った方が早いという考え方をしているようだ。
「弱い魔物を捕まえて鍛えるんだよ。朝にチエロがやってたみたいに。今日は穏便に話が進めば闘う必要はないけどね。エサを気に入ってくれれば付いて来てくれるよ。従魔としてじゃなくて畜魔として捕まえるんだから」
「まず私が行こう」
「チエロ?」
チエロはエサも受け取ることなく前へと進む。ある程度距離を取ったところで、立ち止まりバブルカウを見つけたのか、立ち止まった。そして声を大にして名乗り上げた。
「我こそはジャンヌ・ルクスイメイデンの第二子チャリオット・ルクスメイデンである。貴様に戦う度胸があるのなら掛かってくるがいい!」
……………
ねえ、ボクは闘わなくてもいいって言ったよね!
相手は温厚だから大声を上げて威圧しなければ大丈夫だって言ったよね!
チエロの向こうで土が弾けるのが見て取れた。
ヒューマンの成人よりも一回り大きな高さを持った体躯。水に濡れて光る革には青い紋様が刻まれ、頭部から反るようにして生える2本の角は宝石のように青く輝いている。
バブルカウがチエロを目指して突撃を開始した。
読んで下さってありがとうございます。
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主人公のヒロイン化が進んでしまった!
そのうちチエロが主人公になってしまわないか心配です