10 雨の日
●30日目●
天気は曇り。いつも顔を見ている青い空も、今日に限っては分厚い雲によって遮られている。時折風に乗ってやってくる湿気が雨の到来を告げていた。そんな空模様の下で、ボクら二人は作業をしていた。太陽が隠れている今、雨が降るまでの短い時間は絶好の作業日和だ。
「このくらいの深さでどうだろうか」
「もっと深くまで掘るよ。チエロが隠れるくらい深くなってもまだ掘ってくれ」
牧場の隅でボクらは穴を掘っていた。始めは脆くて簡単に掘ることのできていた土も、深くなるごとに硬さを増す。まだ固くなるようなら【農夫】の方に手伝ってもらったほうがいいかもしれないな。ボクら二人でするには重労働だ。
第二次と合流した第一次開拓団の面々は、それぞれの家屋を手に入れ生活を始めていた。女性や子供ばかりだが、男だけで作業するよりも効率的に仕事が回っている。人が増えれば、今までしていたことに溢れてくる人もいる。村人たちのお節介によって、ボクらは二人で作業をしていた。
「ところで私の旦那様」
「何か?」
問いかけるような声音に作業を中断してチエロを見る。彼女は一心不乱に地面を掘り進め、ボクは邪魔になった土を片付ける。本当なら男のボクが土を掘るハズだったのだが「力仕事はまかせてくれ」と、立ち位置を取って変わられてしまった形だ。
「私はなぜ穴を掘っているのだろうか」
「キミが自分からしたことでしょ?」
「そうではない。どうして牧場の中にこんな大きな穴を掘るのかと聞いているのだ」
何かと頼りになる彼女だけど、よく考えれば魔物の世話に関しては素人なのだ。この作業の目的を伝え忘れていた。
「そろそろ数を増やそうと思いまして」
「……それでは答えになっていないぞ」
考えるような素振りを見せたあと、チエロが再び問いかけてきた。
「これは土を見るためだけど便利な設備といっしょにスライムの住処を作ろうと思いましてね」
「樽ではダメなのか」
「いつまでも樽で、というわけにはいきませんよ。特に数を増やそうと思えば、広い空間が必要になります。屋根が必要ないのはいいですけど、作るのはこっちの方が大変なんですよ」
「広い空間?屋根がない?結局、私は何を作っているのだ」
「池です」
そんな会話をしていたとき、首筋に冷たい感覚が襲ってきた。
「雨が降ってきたな」
「ええ、作業はここまでにして、中で詳しい内容を話します」
雨から逃れるためにボクらは自分たちが住んでいる建物へと戻る。中へと入ったとたん、雨が建物を打つ音が強く響いた。急に強くなった雨足に建物が悲鳴を上げて、2箇所ほどから雨水が漏れ出していた。
「ボクはあっちするからチエロはあっちね」
樽を持って雨漏りの下へと置く。
そこを寝床にしている肝心のスライムたちは雨の中を嬉しそうにぷよっている。水の塊のような彼らにとって、雨の降るような天気が一番うれしいのだ。
「それっ」
「うわっ、なんですか急に」
座って外を眺めいていたボクの背中にチエロが抱きついてきた。
「ダルトン夫妻がこうしているのを見たのでな、私も試したくなったのだ。それに雨は冷えるぞ」
背中に当たる感触に涙が出そうだ。きっと彼女の胸がスライム並だったらボクは多いに慌てていただろう。だけど残念ながらそうはならない。彼女はあまりに鉄壁なのだ。
「今から説明するんですからこっちに座ってください」
「むう」
頬を膨らませて応えるチエロは素直にボクの隣りへと腰をかけた。
外で遊んでいる二匹のグリーンスライムを見ながら、これからのことを話す。もちろん牧場のことだ。
「スライムの数を増やす。そこまでは言ったよね」
「ああ」
「外にいるスライムを見てわかると思うけど、彼らは川やとか池とか沼地とか、そんな水の多い場所に生育している」
「それは他の魔物も同じだろ」
「そうだよ。そして、スライムが住んでいる池は必ずキレイなんだ」
チエロは横で首を傾げていた。ボクが何を言いたいのかわからないようだ。
「つまり、スライムには水をキレイにする力があるってことですよ」
スライムが住んでいる池は、いつまでも水が濁ることなく透き通っている。その水は様々な用途を持つ。
「透き通るほどキレイな水は薬を作るときや飲む時のように、道具の作成に使うことができます。つまり売り物になるってことです。ボクらモンスターファーマーの仕事は、畜魔を世話して彼らが売り物になるものを作ることができるよう、環境を整えることです。それにスライムは本来、人目につかない場所で分裂をして数を増やします。さらに水場があれば近くでエサになるものを育てることもできます。《スライム浄水池》が出来たら、今度は新しい魔物を捕まえるつもりです」
どうですかこの計画性。今まで伊達に牧場で働いていたわけではない。牧場主から様々な情報を仕入れているのだ。ボクは単なる魔物好きじゃなんだぞ。
どんな反応を見せるかとチエロに視線を写すと、彼女もボクのことを凝視していた。感情の込められた厳しい視線だ。
「ポロン、もっと砕けた口調で話してくれと言っただろ」
チエロはボクの話よりもボクの口調の方が気になるようだった。
言い返せずに黙っていると、チエロが寄りかかってきた。ボクの方が体格が小さいので押しつぶされそうになる。それを支える。肌の温もりを感じる。
そして再び雨の中で遊ぶグリーンスライムへと視界を戻した。
家の中で、静かに、雨音だけが聞こえていた。
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(ペレニアルライグラスを育成中)
修繕された家屋、木柵
スライム浄水池(5%)
労働力:2名
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×2
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読んでくれてありがとうございます。
第二章開始です。