09 事の真偽を問う
ふっふっふっ、いつからボクが男だと思っていたのかな。何を隠そうボクはボクっ娘だったのだ!
兄さんだったらそんなことを言うに違いない。もちろん兄もボクも男だ。間違えようもないシェイクスピアを持っている。
だというのにこの熱狂。
「おめでとう」「幸せにな!」「結婚する前より後の方が大変だぞ」「オレの母ちゃんなんて」
「笑っていられるのも今だけだぞ」「酒持ってこい」「肉をよこせ!」
騒ぎたいだけの奴らに混じって祝いの言葉や所帯を思わせる言葉を戴いた。
あれよあれよと話が進んでいく。
涙の跡を残しつつ満面の笑みを浮かべるチャリオット様を見る。何がと言うつもりはないが鉄壁だ。崖っぷちと言ってもいい。思い返せば女性らしい反応をしていたようも気もしないではない。
それでも、ここで思考を止めるわけにはいかない。
もしボクらが二人共男だった場合、暗黒の未来がやってくる。だが、浮かれた空気の中で性別を聞く勇気はない。最悪、断末魔を上げることになかもしれないだろうしね。間接的に聞くことのできる言い方はないだろうか。
質問一。裸になって下さい?
性別に関係なくアウト。
質問二。胸に触っていいですか?
男なら爽やかな笑顔で肯定されそうだが、女の場合はボクの体に赤い花が咲くことになる。
質問三。祝いの日はどんな格好をしますか?
この人の場合は性別に関係なく「騎士の鎧にしよう」と言いそうだ。
「騒ぎはそこまでだ。そろそろ飯にするぞ」
陽も高くなってきたということで、朝食を済ませ毎日の土木作業を始めることになった。
チャリオット様の切り落としたスライムのお肉は、そのまま朝食のお供となり、おいしく戴かれてしまいましたとさ。
エサが雑草ばかりで質が落ちてしまっていたが、久しぶりに口にするモチッとした食感はボクの大好物で、混乱するボクの心を癒してくれた。
本人に聞けない以上、他の人に聞くしかない。
問、チャリオット様が男と女のどちらに見えるか?
答えは二つに分かれた。
「何言ってんだよ。あいつはあれで女だ。女を傷つけるようなことをいうんじゃねえ」とは村長。
「お嬢ちゃん何言ってんだよ。あんないい男を捕まえといてそれはないだろ」
そうなのだ。
ボクは背が低く、他人から言わせると女顔らしい。小さい頃から女性に間違われることが多いく、チャリオット様の性別が断定し難い。
最後の手段に思えた騎士団でさえ
「あれは鉄壁だ」「あいつこそ男の中の男」「すごい力だぜ、ゴブリンの頭を握り潰すのを見たことがある」「いい拾い物したな、あんた」「黙秘する」と不明瞭な言葉を発する始末。
そんな有様だ。ちなみに最後は小隊長殿だ。明らかにおもしろがっていた。騎士団の中にもボクを女だと思っている方々はいた。
結局答えはわからないまま夜になる。
ひとつ屋根の下、熱い視線を向けてくるチャリオット様に「こういうことは正式に結婚してからにしよう」なんて台詞を言うことになってしまった。
●29日目●
「こうして見ると壮観ですね、チャリオット様」
「はい。毎日手伝ってくれてありがとうございます」
「何を言う。あなたの牧場なら私のものも同じこと。働かせてくれと言ったのは私のほうだ。思う存分こき使ってくれ」
笑顔で力瘤を作るチャリオット様は勤勉な労働者だった。
騎士団を止めて以来、牧場の仕事を積極的に手伝ってくれるようになった彼女?のおかげで、加速的に整地を済ませることができた。
牧場を木柵で囲い、内側では雑草の駆逐に成功した。整地した地面にはペレニアルライグラスの種をまく。細い実を付ける麦に似た植物であり、飼料となる牧草だ。雑草として生えているため種を採取して保存しておいたのだ。
「我の庇護を受けし牧畜たちに王の祝福があらんことを【牧畜領域】」
【モンスターファーマー】の力で管理用の結界を張る。
この領域内の状況や畜魔たちのことを、離れていてもある程度把握することのできる力がある。
「やっと牧場の形になりましたね」
「今日は第二次開拓団と交代の騎士団が来るそうですよ。何か欲しい物があるのなら、しかるべき金さえ払えば第三次のときに用意してくれると思いますよ」
「騎士団にそんなことさせちゃっていいのかな」
「今回は開拓団の支援が騎士団の仕事です。そのために必要なものであれば遠慮することはありませんよ」
さすが元同僚だけあって遠慮がないな。ボクからだったら恐縮してしまってとても言えない。でも彼女?がそう言うのであれば遠慮せず扱き使ってやろう。
その日の昼に第二次開拓団は到着した。
第二次は第一次に出た男集の嫁さんや子供たちが中心だ。彼らは互いの無事を確かめ合って抱擁を交わしていた。独り身の方々は様々な表情を浮かべてそれを見ていた。独り身に恋人たちの再会の空気は毒なのかもしれない。ボクはクロとスライムがいるから大丈夫だけどね。
人数が倍になって村が賑やかさに包まれる中、ボクはあることに気がついた。
チャリオット様のことを女と言っていた人たちは嫁持ちで、男だと思っている人たちは独り身なのだ。それで答えは出ているようなものだった。
「あなたはもう用事を済ませたのか」
「うん。欲しい物品のリストを渡して、ボクの伝手を教えておいた。」
「そうか。私も用事は済ませた。クロが留守を守っているとはいえ、あの子達を放っておくのは心配だ
。よければ戻らないか」
「そうだね」
ボクらは二人で場所をあとにする。
引継ぎを終え、荷馬車に入って街へと帰る騎士たちの姿が見えた。
「チャリオット様、結婚について話があります」
せっかくの話だけどもう少し待ってもらおう。ボクの牧場も村の開拓も始まったばかりだ。少し落ち着いて、村での生活が安定するまで返事を待ってもらおう。
「わかっている。安心してくれ」
彼女も同じ考えだったらしい。村の人たちに勢いに流されてしまったけど、人生を決める大事なことはもっとよく考えるべきだ。これから一緒に働くのだから、悪いところもいいところも見えてくるだろう。それからでも遅くはない。
そんなボクの考えを一撃必殺するチャリオット様だった。
「結婚の報告は私が頼んでおいた。数日後には私の家族もあなたの家族もそれを知って喜んでいることだろう」
「……お、おおう」
そうだった。
この人は思い立ったらすぐ行動。考える前に動け。頭で考えるな、筋肉で考えろ。そういった行動原理の持ち主だったのだ。
「来月には私も花嫁か。正直言って自分でも信じられないな」
「ボクもですよ。本当に信じられません」
「広場で白昼堂々と求婚してくれたときは感動した。それまであなたのことを小心者だと思っていたからな。驚かされたよ」
「ボクは今でも小心者ですよ。今にも胸が爆発しそうです」
「そんなに照れることはないさ」
別に照れてねえよ。動悸で死にそうなだけだ!
「ポロン。私は一つだけあなたに言っておきたい事がある」
「何でしょうか、チャリオット様」
「それだ!」
ビシッと指を突きつけて前を通さんと立ち塞がる彼女。
「私は自分のその名前が好きではないのだ。私のことはチエロと呼び捨てにしてくれ。戦車はないと思わないか。第一可愛くないし、女に付ける名前ではない」
それをもっと早く言って欲しかったです。この言葉を二週間前に聞いていたら、悩むこともなかっただろうし。話が進むこともなかっただろう。
「わかりました」
返事をするがチエロは動かない。牧場へと続く道に立ち塞ったままだった。
彼女の目が期待に膨らんで輝きを放っている。この目で見られると何もかもがどうでもいいような気分になってくる。彼女がボクにして欲しいことはわかっている。さっさと言ってスライムで癒されよう。
「チエロ、早く帰ろう」
「はい、あなた」
いつも聞いていた呼び方がひどく甘ったるく感じられた。
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(100%、ペレニアルライグラスを育成中)
修繕された家屋、木柵(100%)
労働力:2名
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×2
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読んでくれてありがとうございます
内容も長くなった挙句に駆け足になってしまいましたが、これで第一章が終わります。牧場がやっと動きます。
余談ですがライグラスは麦のことです。