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都会が奏でる二重奏  作者: Rudbeckia
二色の街
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第八章

 いくつもの曲がり角を抜け、路地裏の裏口から一つの小さな廃墟に辿り着いた一之瀬さんはそこで足を止めて座り込んだ。壁にもたれ掛り息を潜めて辺りを見渡す。

 ようやく警戒を解いたからか、彼女は僕に小さく声をかけた。

「この世界からの出口はわかってるから、もう少しだけ我慢して。応急処置を施したらすぐに出るから……。ここでなら少しは時間を稼げるはず。綾瀬くん、何か布持ってない?」

 僕は上着のポケットからハンカチを取り出すと一之瀬さんに渡す。

「これぐらいしか……。でもこんなもので何を」

「最初のカゲビトが飛ばしてきた氷の破片を拾ってきたから、それでなんとか……」

 一之瀬さんは上着ポケットから小石ほどのサイズの氷の欠片をいくつか取り出し、布で包むとそれを傷口に当てた。

「……カゲビトってあの化け物の事?」

「そう、あの黒いやつ」

「……あいつらは何なの?」

「ごめん。あんまり話すと奴らに気づかれるかもしれな――痛っ……」

 一之瀬さんの言葉が不自然に途切れ小さな悲鳴へと変わった。見てみると足の火傷は範囲が広く、高熱に晒されたからか皮膚が変色していた。ここまでの規模の火傷は小さな氷で冷やした程度では収まらない。

「一之瀬さん、その傷はゆっくり休憩できる傷じゃないよ……、早くこの場を離れて」

「……わかってる、でもこの足じゃあ二人だと追い付かれちゃう」

「ごめん……僕のせいで」

「そんなことないよ、綾瀬くんは何も悪く――……」

「…………ッ」

 これ以上彼女をこの場に留まらせておく事はできない、だからと言って今この状況で僕に何ができるだろうか。

 迂闊に外へ飛び出せば今の状況だとすぐにやられてしまう、だからと言ってこのまま留まり続けたところで一之瀬さんの体力は火傷で削られていくばかり。

 この世界からの出口は一之瀬さんにしかわからない、だが彼女は重傷だ。初めてこの世界へ来た僕が囮になったところで彼女を逃がす時間はおろか一時の時間も稼ぐ事はできないだろう。

 どうすれば良いんだ……。

 僕には本当に何も出来ることは無いのか、彼女の重荷になる事しかできないのか……。

 彼女の力に頼る事しか出来ずにこのまま潰されてしまうの……か。

 いいや、そんな甘えは許されない――

 川瀬町に来たときに僕は覚悟していたはずだ、自分の過去と向き合う事を、親友を巻き込んでしまうかもしれない事を。

 あれから半月も経っていないのにこの体たらく、ここで一之瀬さんに甘えたまま事態を終えてしまえば、例えこの絶望的な状況を打破する事が出来たとしても遠からず僕は大切な友達を失う事になってしまうだろう。

 それだけは絶対に許されない。僕が僕を許す事ができない。

 どんな小さなことでも良い、目の前の彼女を、親友を守る事ができる力。

 そんな力を――

『クレテヤるよ、ソノチカラ』

 刹那、頭の中で酷く濁った声が鳴り響いた。

「誰……?」

「綾瀬くん、どうしたの……?」

『俺のチカラをくレテヤル。タダシ、変わリニ俺はオ前のチカラを頂ク』

「……僕の力って、なんだよ」

「……綾瀬……くん?」

『さァ、手をカザセ』

 僕は右手をゆっくりと前へ伸ばした。すると淡く白の光が小さく掌に灯った。光はまるで炎のように不規則に揺れ動き、右腕を包み込んで行く。白の光は徐々に銀色へと輝きを変え、辺りは銀一色に包まれていく。

「綾瀬くんの……光……?」

 驚嘆の声を漏らす一之瀬さんを前に、右手の銀は更に光を重ねて広がっていく。光は僕自身に留まる事無く、傍に居た一之瀬さんをも包み込んだ。

 だがその刹那――ガラスが割れるような音が小さく響いた。

 強い輝きを放っていた銀の光は弾けるように飛散し、僕の右腕は一瞬で純色の黒炎へと色を変える。

『――ドウ……■……テ……』

 どこからか、幼い少女の声がぽつりと零れ落ちた。

 すると同時に、漆黒の炎は一之瀬さんを巻き込むように火力を増していった。黒い炎は辺り一帯にまで広がっていき、建物の小さな部屋を黒へと焼き尽くしていく。

 漆黒の炎は銀の光と同じように小さな部屋を焼付くし、辺りを黒一色に染め上げた。

 刹那、黒い炎は一之瀬さんの火傷と僕の腕の二点に収束した。純度の濃くなった炎は弾けるように消え去り、一之瀬さんの体力を奪っていた重い火傷と共に煙のように消失した。

「――治癒……能力……?」

 驚異の光景にを目の当たりにした一之瀬さんからは、一つの能力名を口にした。

 ――治癒能力――

 そう、僕の右手から放たれた漆黒の炎は確かに一之瀬さんの火傷を完全に消滅させる事に成功していた。痛みはおろか傷跡さえも完全に消失させてしまった黒炎の光。

 だがこの力は何処か僕に強烈な不安を与えた。これだけの怪我をリスクも無く回復させる事が出来たからか、あまりにも僕の常識からかけ離れた物だったからか、言い知れぬ不安に僕は自らの震えた両手を見つめていた。

 そして次の瞬間、僕の考えが的を射ていたかのように、その代償は冷酷な仕打ちで僕に襲い掛かった。

 ドン、と言う鈍い音が僕の体から小さく鳴り響く。

「――が…ぁ……」

 焼けるような鋭い痛みが、胸の辺りで爆発した。

「綾瀬くん!?」

 咄嗟の出来事に一之瀬さんは声を上げて驚き、崩れ落ちる僕の肩を支える。

 痛みは続くことなく僅かな時間で途切れた。どこか怪我をした様子もない。

「……大丈……夫。僕は平気だから、それより――」

 僕の言葉で状況に気づいた一之瀬さんは、透明の刃を持つ蒼のナイフを構え戦闘態勢に入る。

 先ほど僕らが入ってきた廃墟の裏口には、カゲビトの姿。カゲビトは全身にスパークを散らし、その腕は雷を纏った鋭い刃となっていた。

「――くっ……」

 一之瀬さんの表情が苦々しく歪む。

 刹那、電気を纏ったカゲビトは跳躍し僕らの方へとその腕を突き立てる。すると一之瀬さんは僕を守るようにカゲビトの前に立ち、透明な刃を振るう。

 ガキンッと言う鋭い音と共にカゲビトと一之瀬さんの刃は交差した。そして彼女は残った右手の刃を横に振るい、カゲビトの銅に斬撃を放つ。するとカゲビトは自らの刃を引っ込めると後方へとバックした。無色の刃はカゲビトに当たることなく空を斬った。

「この――ッ」

 小さな声と共に一之瀬さんの体は前へ飛んだ。彼女の体は未だ体勢が不安定なカゲビトとの距離を素早く詰めていく。

 刹那、彼女の体が淡い蒼に瞬いた。透明な刃に蒼の輝きが宿る。

 次の瞬間、一之瀬さんの姿が一瞬だけ消えると、カゲビトは胴から十字に切り裂かれ黒の煙と化した。煙跡には一之瀬さんが静かに立ち尽くしていた。

 彼女は僕の方へ跳躍すると腕を引いて再び走り出す。

「行くよ、急いで!!」

「うん」

 僕らは小さな廃墟から抜け出した。再び廃墟の路地を駆け巡り、大きな通りに出た。そして一之瀬さんは素早く辺りを見渡すと一つの建物に目を付ける。建物の扉は大きく広がり、中はコンクリートの残骸がいくつも転がっている。

 すると僕の視界に漆黒の大穴が映りこんだ。まるで空間が避けているかのよう光を飲み込む穴は異様な雰囲気を放っている。

 一之瀬さんは僕の手を再び引くとその建物に向かって走る。すると僕らの後ろから炎球が横を通り、建物の壁に当たると爆散した。

「――ッ! 構わず走って!!」

 走りながら後ろを振り返ると遥か後方に一人のカゲビトが僕と彼女に手を向け、豪火の玉を放っていた。

 再び後方から炎球が放たれ、僕らをめがけて一直線に迫り来る。

 すると彼女は僕の手を強く握り、左右に大きく動いて炎球を回避した。周囲の建物が爆発と共に残骸を散らしていく。

 目標の建物へとたどり着いた僕らは、すぐ奥の壁に開いている大穴に向かって跳躍した。

「飛ぶよ!!」

 建物内に彼女の声がこだますると、僕らは漆黒の彼方へと飛び込んだ。



*



 気が付くと、僕は道路の端でビルの壁にもたれ掛り、座り込んでいた。辺りは未だスーツ姿を来た人々が行きかっている。座り込んでいる僕を見て奇異の視線を向ける人も居るがとてもその場を離れる気にはならなかった。

 辺りを一通り見渡してみるが、あのボロボロの廃墟も、馬鹿でかい建築物も、黒い化け物も見えず、車の排気音と人々の足音も騒がしく町中に響き渡っていた。ビルの窓や大型パネルの液晶広告からは眩い光が放たれ、月光に抗うように強く照らしつける。

 ――もしかして今までの事はすべて夢だったのではないだろうか。

 ふと僕の右手に力を込めてみるが、銀の光も漆黒の炎も放たれる気配はない。携帯の画面を開いてみると夜九時半、アンテナは真っ直ぐ3本伸び、電波が通っている事を証明していた。

 やはりあれは夢だったのだろう、そりゃそうだ。あんな世界が現実に起こってたまるものか。

「ハハッ……ハハハ……」

 乾いた笑いが込み上げ、声となって街の雑音と共に混ざり合う。通行人の視線が更に厳しいものとなっていく、だけど知るものか、そんなもの。

 すると一つの人影が僕の前で立ち止まった。手には二つの黒鞄がぶら下げられ、腰まで届いた黒髪を静かに靡かせている。

「カバン、フェンスのところに落ちてたから……」

「……ありがとう、一之瀬さん」

 黒い学生鞄を受け取り、彼女の手を掴んで僕は立ち上がる。そこで僕は気が付いた。

 彼女の表情が悔しげに歪んでしまっている事に。彼女の胸元で光を反射する長方形の透明ペンダントに。その中央に刻まれた刻印に。

「ごめん……ね」

 彼女は僕に小さな声でそう言った。

 この日を境に、僕の短い安らかな日常は終わりを告げた。

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