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都会が奏でる二重奏  作者: Rudbeckia
二色の街
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第四章

 デパートに入った僕は履歴書を地下にある雑貨屋で買い、エスカレーターの近くにあった証明写真機で写真を撮った後、上階の本屋で雑誌を読んでいた。

 学校を出た僕は、どうせなら外での用事を済まそうと思い、バイトの面接を受けるための道具を買いに来たのだ。

 こうやって早めに買っておかないと僕の性格上、どんどん先へと引き延ばされてしまうだろうし、早く家に帰り半日だらだらと過ごすよりは良いだろうとの了見だ。

 そしてデパートの食品売り場に張り出されていた『バイト募集』の文字と詳細が書かれたチラシを一枚取り、辺りを適当にぶらぶらと歩いた後にこの本屋で雑誌を手に取り落ち着いた訳である。

 手に取った雑誌はこの川瀬町についての特集がしてあり、この町での様々な注目スポットや、今後の開発について書かれている。前に佐久間と出歩いたこのデパート、商店街はもちろん、僕らがまだ行った事の無いオススメの場所もたくさん書かれている。

 淡々とページを捲っていると、僕は小さな違和感を感じた。とあるオススメスポットへ道順が描かれている地図が明らかに不自然なのだ。一直線に進んでいけば良い道順をわざわざ迂回するように書かれている。

 なんだこれ、工事か何かで通れなくなっているんだろうか。

 まぁ良い、今度佐久間と一緒に見てくるか。



*



 他の雑誌も手に取り読み続け、三時間ぐらい経っただろうか。きりの良いところでページを閉じ、僕はデパートを後にした。

 建物の外へ出ると、空はすっかり暗くなり、街頭や夜店の光が夜を強く照らしていた。

 携帯の画面を見ると夜八時、母さんから『遅いから先に食べてるね』とメールが一件。

『思った以上に遅くなっちゃったな、さっさと帰るか……』

 ポケットに携帯電話をしまい、駅の方へと向かった僕は交差点で信号に引っかかる。

 しばらく待っていると信号の代わり目に小さな男の子と手を繋いだ母の親子連れの隣で止まった。

「ママー、あれなぁに?」

「大きな自動車ね、あれはトラックって言うのよ」

「あれはー?」

「あれは信号機って言うの。青くなるまで渡っちゃだめなのよ?」

「わかったー」

 そんな声を耳にしながら信号の向かい側を見ると、此方の微笑ましい光景とは打って変わり、見るからに危うい不良が3人馬鹿笑いをしながら並んでいた。

 髪の色は右から、青、黄色、赤。こういう町中では最も関わりたくない人種だ。

『めんどくさそうな連中と逢っちゃったなぁ、早く通り過ぎてくれると良いけど……』

 そんな事を心中でぽつりと呟き、僕は気持ちを落ち着けるためにカバンからお茶の入ったペットボトルを取り出し口をつける。

 すると信号が変わり、茫然と立ちながらお茶を飲んでいた僕を隣の親子が先に歩き出していく。その斜め後ろを、僕もお茶を飲みながらゆっくりと歩きはじめる。

そして前から歩いてくる3人組と親子が交わるすれ違い際に子供が一言。

「ママ、あれも信号機?」

「――ブハッ!!」

 思わぬ方向から不意打ちを食らってしまった僕は、口に含まれていたお茶を勢いよく吐き出してしまう。涙で前があまり見えないが、どうやら前の人にかかってしまったらしい。

「ゲホッ……す、すいません。大丈夫です……か?」

 少し咳込みながらも謝罪をし顔を上げると、服を少し濡らした青い髪をしたお兄さんが一人。

「…………」

「…………」

 思考が停止した。

「おい」

「いや……、えっと……」

「ちょっと来い」

 そう言って青髪が僕の肩を強く掴んだ。

「あの、すいません。ホント許してください……」

「いいから来いっつってんだよ」

 赤髪の拳が僕の腹に埋まる。焼けるような激痛が走り抜けていった。

 体の力が抜け、意識が一瞬で遠くなっていく。

 信号を渡り、虚ろな意識の中、僕はとあるビルの路地裏に連れ込まれ三人組の不良に囲まれる。

「おい、どうしてくれんだ?」

「ごめん……なさい……」

「謝罪なんか要らねえから出すもの出せよ」

 そう言って黄髪は僕の頬に重たい拳を埋め込んだ。

「――がっ……」

 唇が切れ、血が滲み熱がこみ上げる。

「……すい……ません」

「いいから出せっつってんだよ」

 青髪の蹴りが僕の背中にめり込み、その反動で前に出た僕の腹部に、再び赤髪の拳が入る。

「――かっ……は……」

 くの字に倒れた僕の制服ズボンから財布が転がり、それを黄髪が拾い上げた。

「なんだあるじゃねえか、最初から素直に出してりゃいいんだっつーの…………あぁ? 二千円しか入ってねえじゃねえか」

 そう言って黄髪は僕の背中を蹴り飛ばす。

「う……ぁ……」

 口からは血が滲み、全身に焼けるような痛みが伴う。

「まぁ良い、とりあえずクリーニング代としてこれは貰っていくからな」

 青髪の言葉と同時に、僕の意識は黒く塗りつぶされた。



*



「――……■■■!」

 少女は友人の名を絶えず叫び続けていた。

 白く霞がかかり、顔はわからないが体格から推測するに、おそらく小学生ぐらいの小さな少女。

 少女は泣きそうな声を発しながら僕の肩を揺するのだ。

 だけど僕はその名前に聴き覚えがなかった。そもそも女の子みたいな呼び名だ。僕は男なのに。

 それでも彼女は呼び続ける。時間が経つにつれて、少女の声には焦燥と恐怖の色が混ざっていく。

「……嫌だよこんなの。……戻ってくるって、約束したよね……?」

 次第に涙混じりの声となっていく少女の瞳からは、いくつかの小さな雫が僕の顔へと落ちては流れていく。

「――お願い、目を覚ましてよ……!」

 僕にはもう見ていられなかった。知らない人だろうが誰だろうが、僕には悲しそうに泣き続ける少女を楽しんで眺める事はできない。

 ――いつまで寝てんだよ、■■■。

 こんな小さな女の子を泣かせてるんじゃねえよ。

 そんな風にいくら僕が思ったところで彼女は泣きながら叫ぶことを止めないし、僕も体に力が入らない。

 次第に僕と少女の周りには人が集まり、心配そうに眺める大人たちの姿が見えてくる。

 すると一人の女学生が少女に優しく声をかけた。だが少女は見向きもせず、その名を繰り返す。

 女学生は困ったような顔つきで携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。

 その間にも少女はひたすら叫び続ける。

 すると次第に、小さな少女の髪が一際長くなり声に力が篭っていく。

「――…ねぇ、起きてってば!!」

 僕の体が小さく揺れ動き、少女の声には更に力が入った。

「ねぇ! ちょっと――綾瀬くん!!」

「――――」

 意識がはっきりし、薄く目を開くと街頭の光が僕の瞳へと流れ込んでいく。

 小柄な長い髪の少女がぼんやりと見えた。

「どうしたの? こんなところで……」

「…………。あれ、一之瀬……さん?」

 ぼやけた視界から霞が取り除かれ、瞬きをするとそこには一之瀬さんが座り込み僕の方へ困惑の視線を注いでいた。

 とにかく体を起こそうと立ち上がると、全身に痛みが走り抜け、膝が落ちた。

「――痛ッ……」

「大丈夫!? 無理しなくていいから、唇も切れてるし……。ホント何があったの……?」

「あぁ……。多分、大丈夫」

 一之瀬さんは汚れた僕の制服を手で掃いながら、言葉を続ける。

「帰り道に誰かが壁にもたれて倒れてるかと思えば綾瀬くんなんだもん。私びっくりしちゃって……」

「ありがとう。ちょっと不幸が重なって……。傷自体はまぁ自業自得なんだけど、お金盗られたのがちょっと痛いかも……」

「お金って……大変じゃん。ホントに大丈夫? いくら盗られたの?」

「大した金額は入ってなかったからせいぜい二千円だろうけど、財布ごと持って行かれたから中に入ってた定期券が――」

 と言ったところで小さな違和感が頭に過った。

「どうしたの?」

 不思議そうに僕を見る一之瀬さんを隣に、後ろポケットを確認すると硬い感触が手に伝わってくる。

「あれ……? 財布とられてない」

 ――なんで?

「よかった……。いや……良くはないけど、財布盗られてたら電車乗れないもんね」

 ……なんで盗っていかなかったんだろう? クリーニング代とか言ってたのに。

「ほら、立って」

「あ、うん。ありがとう」

 僕の疑問を追いやるように一之瀬さんは僕の手を掴んで引っ張り上げると、まだ残っていた制服の汚れを手で叩き落としていく。

『なんだかすごく情けない……』

「一人で立てる?」

「うん、もう大丈夫」

 そう言って一之瀬さんの手を止めると、彼女はカバンからウェットティッシュを取り出して僕の口元を拭った。そして一之瀬さんは赤く滲んだティッシュの表面を僕に見せる。

「ほら、全然大丈夫そうに見えないよ」

「……ごめん」

「もう……、他に無くなってる物は無い?」

「うん、多分大丈夫かな、連中はお金しか盗ろうとしなかったし。カバンはそこに転がってるみたいだし」

「そっか……。ならいこっか、もう九時過ぎてるし」

「そんなに経ってたの!?」

 慌てて携帯を取り出すと大きく二十一時と書かれた時刻の隣に小さく新着メールと着信がそれぞれ一件ずつ。多分母さんだろう、こんな状況でお怒りのメールを開くのは気が引けるので僕は静かに携帯を閉じた。

「うん、早く帰らないと明日大変だよ。綾瀬くんも電車でしょ? 一緒に帰ろうよ」

「うん。ありがとう」

 そう言って街頭の光が明るく照らす町を僕らは歩き出した。



*



「何があったの?」

 少し曇った表情を浮かべながら、一之瀬さんは改めて僕に尋ねた。

「家帰っても暇かなって思って……。デパートとか周ってたんだけど、帰ろうとしたところで柄の悪い奴らに絡まれた……」

「この辺は夜危ないんだから気をつけないと……」

「うん……。一之瀬さんはあれから何してたの?」

「私もデパートで買い物してた。もしかしたらすれ違ったのかも、他にもいろいろ」

 そう言って一之瀬さんは、右手に持った手提げ袋を持ち上げて僕に見せた。

「一之瀬さんも十分危ないじゃん……女の子なんだし」

「私はこの辺慣れてるから、どの場所が危ないだとか大体わかってるし――」

 すると一之瀬さんは小さな声でぽつりと呟く。

「――それに絡まれた所で私は別に……」

「ん、何か言った……?」

「ううん、何でもない」

「そう……。よくこの辺に来てたの?」

「パパがここで働いてたし、パパの実家もここにあるの。よく来てたから」

「へぇ……。僕はここまで来ると結構電車代がかかるから、あんまり来たことなかったんだよね」

「…………。そっか、どこに住んでるの?」

 ん……? なんだろう今の表情。

「加西町だよ、知ってる?」

「うん、私も一緒」

「そうなの? あれ? 同じ中学だった?」

 こんなに可愛い子が同じ学校に居たら有名人になりそうなものだが。

「ううん、私は私立の中学だったから……」

「ああ、なるほどね」

 二人で電車に乗り、いろいろと語り合った。

 一之瀬さんは、僕の通っていた中学から少しだけ離れたところにある私立中学に通っていたらしい。僕も名前ぐらいは知っていた。

 4人家族の長女、下には妹が居るそうで。姉がこの容姿ってことはやっぱり妹もかわいいんだろうなぁ。

 家は案外近所にあった。佐久間の家とは逆方向なのであんまり行ったことはないけど、高級住宅街だった気がする。

 でも、それなら気づかないうちに会ってたりしたんだろうか?

 携帯のメールアドレスをお互いに交換し、そのまま電車を降りる。

「今日はありがとう。ホント助かったよ……」

「うん、次は気をつけてね……」

 そういって駅の出入り口で僕らは別れた。

 今思えばこの時……いや、入学式の日に彼女は僕を見てどう思っていたのだろう。

 全てを知っているならいっそ教えてくれれば良かったのに。

 彼女の心に決心がつかなかったのか。それとも、これが彼女なりの気遣いだったんだろうか。

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