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都会が奏でる二重奏  作者: Rudbeckia
二色の街
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第二章

 既にホームルームの時間となり静まり返った校門を駆け抜け、すぐ近くにあった提示板を見て立ち止まる。そこで自分の名前、クラス、出席番号を確認。3階にある――今立っている場所から階段を駆け上がり、先にある廊下を一直線に行くと教室があるらしい。

 再び走り出した僕は、階段を2段飛ばしで駆けあがり、指定された教室で急停止。前の扉を勢いよく開いた。

「遅れてすみません!!」

 教室に入り、自分の膝が見えるほど深く頭を下げる。

 少し頭を上げ、教室に目をやると、クラスメイトの冷笑と注目が僕の心をズバズバと突き刺していった。

「名前は?」

「……綾瀬皐月です」

「……次から気を付けるように、早く座りなさい」

 静かにため息をついた男の先生が、二つほど空いた席を指差して僕に言った。どうやらこのクラスの担任教師らしい。

 黒板には席順が書かれており、僕の席は教卓から見て右側、つまり教卓を前とすると左側の窓際で後ろから3番目の席にあった。前の席の生徒はまだ到着していないらしく、空席になっている。どうやら他にも僕のお仲間が居るらしい、気が合いそうで何よりだ。

 クラス替えの後のような独特の雰囲気を味わいながら周りを見渡し、寝ている奴、こちらを見てクスクスと笑ってるやつ、物珍しそうな目で僕を見る奴、様々な顔ぶれを一目見た後着席する。

 すると後ろから肩を軽く叩かれた。

「初日から遅刻とは相変わらずだな。あと、寝癖ついてるぞ」

 寝癖を掌で探し始める僕に向かって前のめりになり、声を小さくして親しげに話しかけてくるこの短髪は佐久間さくま 淳希じゅんき。身長は僕より少し高く、つり目な彼は中学時代からの友人である。

 僕が下手を打つといつも独特のにやけ顔を浮かべてからかってくるが、意外と頼りになる存在でよく相談相手になってもらったりした。

「大方、お前の事だから夜更かして寝坊したから急いで来たのは良いものの、直前で財布を 忘れたことに気が付いて二度手間踏んでたから大幅に遅刻してきたってところか」

「なんでそんなに詳しく知ってんだよ!?」

 静かな教室に声が反響し、担当教諭とクラスメイトの嫌な視線が僕らへ集中した。

「おいバカ、声」

「あ……」

 教卓を見ると、コメカミに筋を立てた担任教師が出席簿と書かれた黒い厚紙を強く握り、軋んだ音を立てていた。そして鋭い視線を僕等へ向けると、小さく嘆息して手元の厚紙にボールペンで二回ほどチェックを入れる。どうやら早速目を付けられてしまったようだ。

「……すいません」「……すいません」

 念のため小さく謝罪の言葉を残し、僕らは懲りずに会話を続ける。今度は小声で。

「そりゃなんでって、お前がズボンの後ろに手突っ込んでから、顔真っ青にして駅から引き返す所を見たからだが、夜更かしはいつもの事だろ?」

「…………」

 見られていたのか……。いや、ちょっとまて、それはおかしい。

「いや、ちょっと待って、佐久間は僕が引き返す所を見てたわけだよね?」

「まぁ、そうだが」

「僕が駅についた時間って電車発車時刻直前だったはずだよ。それなら佐久間もあの時急いでないと遅刻するんじゃない?」

「は? 何言ってんだお前」

「え、なにって――」

「先週辺りに『時刻表の変更』があったの知らねえのか? お前」

 佐久間はそう言うと、財布の中から1枚の紙を取り出して僕に渡す。そこには3月29日から時刻の変更について書かれていた。前の時刻表より発車時刻が全体的に五分ほどずれている。

「……………………」

「一ヶ月もある春休みを外にも出ずだらだら過ごしてるからそんな事になるんだろ……」

 茫然と薄っぺらい時刻表を見つめている僕を前に、佐久間は呆れ顔を浮かべていた。

 すると同時に、前の扉が静かに開いた。

「――遅れて……すいません」

 高く透き通った綺麗な声が教室に響き渡る。長髪の少女が軽く頭を下げていた。

 身長は低く小柄、黒くて流麗なその髪は腰まで届き、靡いている。顔を上げると青い瞳を僅かに開き、真っ直ぐ通った鼻と小さな桜色の唇が見えた。

 今にも瞳を覆ってしまいそうな程に眠そうな表情を浮かべた、突然現れた美少女を前に教室の一同は口をぽかんと開いて唖然する。

「…………。名前は?」

 我に帰ったのか、担任教師は重い口を開くとうんざりした様子で問いかける。そして再び黒い厚紙にチェックをつけた。

「……一之瀬いちのせ 風音かざね……です」

「……はぁ、座りなさい。次からは気を付けるように」

 早くも本日二度目のため息をついた先生は、僕が入室した時と同じよう、僕の前の空席を指差した。

「すごいなあの子、超綺麗じゃん」

「彼氏とか居るのかな? この学校レベルたけえ……」

 口々に皆が感嘆の声をあげる中、何も聞こえていないのか、未だ眠たげな表情を浮かべる彼女は一直線に指定された席へ黙々と向かっていく。

 しかし着席する直前、彼女は僕の方を見た途端に目を見開いてその場で立ち止まった。

『え、なに……?』

 彼女の透き通った瞳と僕の瞳が交差する。そして彼女は突然、僕の方をじっと見つめた。無表情で見つめる彼女の顔が、何故か僕には切なげに見えてしまう。そしてどこか居心地が悪くなってしまい、どうしてそんな表情をするのか、よくわからなかった僕は思わず視線を逸らしてしまった。

 すると彼女も満足したからか、僕から目を逸らし、今まで空席だった僕の真ん前の席に腰を下ろす――と思ったらそのまま机に腕を組んで倒れ、静かに寝息を立て始めた。黒くて長い髪が椅子にまで被さり、細い体が静かに揺れ動く。

 一連の流れと、清楚な外見と反した粗雑な様に僕が唖然していると、それらを後ろで眺めていた佐久間が小さく囁いた。

「よかったな、同類が居たじゃねえか。容姿に圧倒的な差があるが」

 …………うるさいよ。

 先生の説明を受け、体育館に移動し、入学式が始まった。



*



 入学式を終えた僕は校門近くで佐久間と合流し、いつものように帰宅しようとしたのだが

「どうせ暇だろ? 今からこの辺りを巡回しないか?」

「なんで僕が暇だって決まってるんだよ! ……暇だけど。昼はどうするの?」

「昼メシはこの町なら探す必要もないだろ。それじゃあ行こうぜ」

「うん」

 淡々と会話を交わし、早速初日から寄り道をする事を決めた僕らはゆっくりと歩き始める。

 緩やかな風が桜の木々を揺らし、校舎の周りを桜吹雪が舞う。そんな中、多くの生徒が校門に向かって歩き出す。初めて見る幻想的な光景を前に僕は胸が高鳴った。

 校門前へ出たところで、どこか違和感を感じた僕はその場で立ち止まり、そのまま後ろへ振り返る。太陽光を反射する校舎の窓ガラスを見つめていると、後ろで佐久間が声をかけてくる。

「――どうした?」

「いや、何かちょっと……」

「……お前、そういう厨2病っぽいのを現実に持ち出すのは……」

「――違うよ! ホントに……。まぁいいや、行こう」

「あぁ、いい加減そういうのは卒業しとけよ」

「だから違うって!!」

 校門で大声を上げ騒ぎ立てる男子生徒二人を、髪の長い少女は3階の教室窓から静かに見下ろしていた。



*



「そういえばお前高校では部活とかどうするんだ? 中学では陸上してたよな?」

「うーん、今は特に何もやる気がないかな。バイトもしたいし。佐久間は?」

「俺はまたテニスやろうかなと思ってる。他にやることも無いしな」

 他愛の無い雑談をしながら、僕らは町の大きなデパートがある方へ歩いて行く。並の町では見る事が出来ないような大きなビルが、僕らの視界からいくつも流れて行った。

「久しぶりに来たが……やっぱりうちみたいな小さな町とは規模が全然違うな。あの駅なんて信じられねえ、デパート4つ分ぐらい広さあるんじゃねえの」

 加西町は自然に囲まれた町だ。だからと言ってド田舎と言うわけでもなく、駅も別に小さくないし、少なくとも急行列車が停まってくれる程度には大きな町だった。

 しかしこの町と、川瀬町と比較するには遠く及ばない。

 いくつもの量販店が密集しており、デパートよりも大きな駅、50階層を超える大型のビル、夜になっても明るい街並み、あらゆる物に対する規模がまるで違う。何もかもが新鮮に見えてしまうほど最新鋭の設備、整頓された空間がそこにあった。

 二人がこの川瀬北高校を選んだ理由も、この賑やかで新鮮な空間に対する憧れや土地柄が大きな決め手となっている。

「外装もいろいろすごかったね……。ほとんど全面ガラス張りみたいな屋根で……。床にまで画面がついてるのなんて初めて見たよ……」

 僕がそう言うと、佐久間は怪訝な顔を浮かべて僕に尋ねた。

「ん、綾瀬この町に来たことねえのか? あの画面は随分前からついてた気がするんだが……」

「あー……冬休みに下見で、あと試験の時にも一度来たことあったけど、どっちも平日の朝だったから人が多くてちゃんと見れてないし、そもそも試験の事で頭いっぱいだったし……。もしかしたら来たことあるかもしれないけど……、少なくともここ3年は観光で来た事無いかな」

「なんでまた3年――ああ……そうか。変な事聞いて悪かったな」

「いや……、別に気を使わなくても良いよ。僕自身は何も気にしてない、記憶喪失で辛いのは本人より周りの人だろうから」

 そう、僕はちょうど3年前、中学1年生の頃に記憶喪失に陥った。知識に関する記憶には問題が無く、私生活にはほとんど支障はなかったが、人間関係、経験に関する全ての記憶を失っていた。当時、記憶を亡くした僕は道で倒れていたらしく、後に警察署まで運ばれ、綾瀬あやせ 京香きょうかと名乗る女性に引き取られた、どうやらその人は僕の母さんだったらしい。母さんによると、僕はその日、綾瀬あやせ 健司けんじ……つまり僕の父さんと二人でどこかへ出かけていたらしく、いつまで経っても帰ってこなかったという。父さんの方は今も行方不明。しばらくは警察が捜索してくれていたらしいが、いつまで経っても見つからず捜索は打ち切り。そうして僕の家庭は母子家庭となった。

 記憶を失った僕は友人どころか、母さんに対しても他人行儀に『京香さん』などと呼んでしまい、泣かせてしまったこともあった。記憶を失う以前の友人だった人も、以前の僕と比べてしまい、気味が悪いからか僕から離れて行った。

 けれど今では新しい友人も増え、そんな後遺症も綺麗さっぱり無くなってきている。

この流れだけを聞いていればどこかの厨2小説主人公のような人生を送っている僕だが、当然それ以来は特に何もない。何の変哲も無い、ただの駄目学生である。

「そうか、なら良いんだがな」

 そんな風に話しながら道をずっと進んでいくと、横一帯に広がる大きな建物に着いた。どうやらここは川瀬町のデパートらしい。

「またでかいな……、こんなのいつの間にできてたんだ……」

「まぁ、ほとんど毎日工事しているみたいだしね。この一帯、というかこの町は」

 大きな建物の前で立ち尽くした僕らは、それぞれの感想をぽつりと呟いた後、店内へ入っていく。デパートの中は吹き抜けの空間になっており、天井はガラス張りで透明感のある綺麗な空間を演出していた。階層ごとに分けられているらしく、一階フロアは大手電気屋、それに准ずるような店、二階フロアは本屋、レンタルショップなど、小さな個人の店から大手で有名な店まで上からずらりと並んでいた。

 一階フロアの中にあるゲームコーナーを少し立ち寄り一通り周った後に、七階フロアの中にあったジャンクフードの店で空腹を満たし、そのまま外へ出てまた別の方向へ歩き始める。

「3年通っても周りきれそうにないな……」

「ずっと工事してるような町らしいし、ずっと居ても多分飽きないし周りきれないんじゃないかな」

 そんな僕らが次に向かった場所はデパートから少し離れた所にある商店街だった。

 駅前や先ほどのデパートと比べ、特別大きかったり広かったりするわけではないのだが、いくつもの小さな店がずっと奥まで続いている。デパート内にあったような店とは一風変わり、少しマニアックな店や個人経営の店ばかりが立ち並び、独特な雰囲気を作り出していた。デパートと商店街で共通するのはどちらも大勢の人で賑わっているという事ぐらいだろうか。

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