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My Spotlight【旧版】  作者: 神無月 愛
第二幕
13/17

第二場  台風。今だけはライバル、のち仲間。

 各々が弁当を済ませた頃、数分前にどこかに消えていた雪穂部長がひょっこり帰って来た。久々の登場となる顧問の川崎縁先生も一緒だ。これからいよいよ、‘話し合い’が始まるわけだ。

「じゃあ、今回の仕組みを説明するね。まず、匿名アンケートをします。これに希望の役名を書いて。」

「役名だけ? 自分の名前はいいの?」

 七波が意外そうに声を上げる。部長姉妹は同時に頷いた。

「書かなくていいよ、どの役から決めるかの目安にする為だけだから。それから、一人ずつ話し合って決めます。台詞を読んでもらったり、みんなの前で質問に答えてもらったりすると思う。一年で一番の大舞台だもの、みんな納得して決めたいじゃない?」

 どこかでほうっと感心したような声が上がる。みんな同意を示し、副部長の月香がみんなに小さな紙を配った。一瞬しんと静まり返った部室に、一斉に走らせたペンの音がやけに大きく響く。手の空いている笑実と安芸子がそれを回収してまわった。

 全部広げて目を通してから、雪穂がゆっくり口を開いた。

「ふー……ん、なるほどね。じゃあまず、朱雀。書いたの誰?」

 その役名を聞いた瞬間、梨絵がびくんと体を強張らせた。相変わらず分かりやすい。

「わ、私です。」

「やだな、緊張しないでよ。一人ということで、朱雀役に梅島梨絵ちゃん仮決定でいいかな?」

 梨絵は、状況が呑み込めないようで一瞬ぽかんとした。先輩方から賛成の拍手が上がってやっと実感したらしい。思い切り深く頭を下げた。声が嬉し泣きでもしているように震えている。

「ありがとうございます! 頑張ります!」

「とっても良いと思う。うん、イメージもぴったりよ。」

 そんな梨絵に、笑実が優しく言った。満場一致ですんなり決まったわけだ。

 そして他の役は……

「よくもここまでってくらい、綺麗にかぶるわねえ。」

 雪穂は頭を抱えつつ、呆れたように言った。笑実も苦笑いを浮かべている。

「まあ、しょうがないかな。重い所からさっさと決めちゃいましょうよ。じゃあ、翡翠姫から。」

 翡翠姫……隣国の姫君で、物語の核となる戦を起こす人物だ。言ってみれば悪役のポジションである。手を挙げたのは雪穂部長と、前回主役・トワを勝ち取った北沢奈々。部長がうめいた。

「あー、やっぱり。こうなる気はしてたんだよなー。」

「また気が合っちゃったね。今度も負けないから。」

 奈々がニヤッと人の悪い不敵な笑みを浮かべる。普段は無口でどっちかと言うと暗い印象のある美人なのに、いざ舞台に立つと本当に表情豊かで何でもやる。悪役も似合いそうだ。

「あんただけは敵にまわしたくないんだけどなー」

 いつもはトップで怖い物ナシの筈の雪穂がぶつぶつ言ってるのを無視して、笑実は二人に台本を開くように言った。

「じゃあ琥珀との対話シーン読んでみて。琥珀は……希望者いないのか。月ちゃん、お願いできる?」

「オッケー。」

 指名された副部長はぱらぱらと台本をめくる。長髪の美女二人が真剣な顔で対決姿勢に入っているのは、迫力があってなかなか怖い。

「翡翠様。」

 川崎先生の合図に、月香が最初の台詞を読む。最初に演じるのは雪穂。

「琥珀か、何だ。」

「敵国の新たな情報が入りましたので、お知らせに。」

「よし、もっとこちらへ寄るがいい。」

 高く澄んだ声が部室に響いた。普段から人の上に立っているからだろうか、命令口調が堂に入っている。次に、奈々が同じように読み始めた。

「琥珀! お前如きが、私の考えに口を出すのか。」

 凛として威厳を感じさせる声。この前のトワ役とは、声だけでも別人かと思うほど全く違う。思わずびびって肩を竦めてしまいそうな迫力もあった。

 終わっても、誰もどちらがいいと決められなかった。考え込みつつ、笑実が口を開く。

「この感じだと、翡翠じゃないなら……やっぱり紫苑姫かしらね。そっちもやってみてくれない?」

「じゃあ楸と? 俺がやろうか?」

 提案した礼子を見て、川崎先生がぽんと手を叩いた。

「ついでにセットで決めちゃいましょう。玄武希望の二人、誰と誰?」

「はい。」

 蓮を演じた部活一長身の相模礼子と、光役で副部長の白金月香が名乗り出た。男役ツートップと言っていいだろう。

「やっぱりこの二人で楸と玄武のどっちかになるかな。じゃ、やってみようか。」

 兄妹二人のシーンを、組み合わせを変えて何度か読んでみる。やはり当然と言うべきか、みんな月香&雪穂姉妹が楸と紫苑を演じる事に何の異議もなく賛成した。これで翡翠姫は奈々、玄武兄さんは礼子に決まった事になる。成り行きのようにも見えるが、こうしないと決まらないほど四人は拮抗していたのだ。

「次行くよー」

 まだ半分も行ってないのに、笑実の声には早くも疲れの色がにじみ出始めた。

「今回の一番人気、秧鶏くんね。誰?」

 栄は待ってましたと力強く手を挙げる。するとなんと、四人もの手が挙がった。

 手を挙げたのは栄、康平役だった二年生の町田七波、アンという難しい役を演じた同級生の小菅沙矢子、そして戸塚美園の四人だった。これも誰が抜きん出ているとは言えない、難しい戦いだった。

「おー、いい顔ぶれだ。」

 誰と決まってもいないのに満足げに笑う、今しがた玄武役に決まった礼子。栄は自分以外の三人をそっと見回し、さっきの先輩たちの真剣なバトルを思い出してこっそり身構えた。

「じゃあ、どのシーンやろうか……。秧鶏は色々あるからね。みんなとやった方がいいかも。」

 笑実が考え考え、ゆっくり言う。この場合『みんな』というのは、『関わる事が多い役みんな』という事。秧鶏の場合はおそらく妹の秋沙、彼を育てた兄の玄武、恋人の木葉、主である楸といったところだろうか。ある特定の一人との会話が突出して多いとかなら楽なのだが、秧鶏はほぼ全員(翡翠姫以外)と共演するし常に誰かと一緒というのはない。そしてややこしい事に、玄武や秋沙との場面と楸相手の場面では言葉使いが違うのだ。

「とりあえずシーン2の後半と、シーン13のラストかな。まだ決まってない役は……」

「シーン2の風馬は、俺がやるよ。」

 笑実の言葉に即座に月香が応える。風馬は、朱雀や秧鶏たちと同じ玄武の養い子の一人だ。

「13の木葉は雪に頼む。2はあと秋沙と青龍か……、笑実と安芸子ちゃん、いけるかい?」

 てきぱきと指示を飛ばす月香。雪穂はもちろん、と頷いたが、あと二人は面食らった。

「わ、私、演技なんてやった事……」

 安芸子は先輩相手にハッキリ言う事も出来ずに、口の中で小さく何かもごもごと言った。月香がそれに優しく言う。

「大丈夫、ただこの通りに読めばいいんだから。棒読みだって構わないよ。」

「そう? ならいいわよ、私やる。」

 笑実がそう言うので、安芸子もやらざるを得なくなってしまったらしい。まだ困ったような顔で、それでも台本を開いた。まずシーン2からやる事になって、玄武役の礼子が示された台詞を読んだ。

「今度は、長く休めるのか?」

 その一言を聞いただけで、この兄さんになら何でも頼れそうな気分になった。七波が楽しそうに次の言葉を返す。

「はい、とりあえず。ここのところは平和ですから。」

「そうだな。これが続けばいいんだが。そうすれば、あいつも……」

 台詞の後半は寂しげに、独り言のように消えた。秧鶏が聞き返すと、兄さんは照れたように何でもないと笑う。そして明るく妹の名を呼んだ。

「おい、朱雀!」

「分かってるわ。秧鶏兄さんの分の食事、すぐ用意します。」

 その梨絵の一言は可愛らしく明るく、本当に朱雀のイメージにぴったりだった。

「ありがとう、朱雀ちゃん。」

 秧鶏が優しく返す。この次の台詞は青龍、つまりいよいよピンチヒッター、文芸部二人の出番だ。

「ねえねえ秧鶏兄さん、お城ではどんなお仕事するの? お殿様やお姫様にお会いできるって本当?」

 笑実が読み上げた台詞は無邪気で好奇心に溢れ、まだ幼い少年である青龍をよく表している。さすがこのキャラクターを作った張本人だと言えるだろう。役者として演技しないのが勿体無いくらいだ。

「青龍はお城に上がりたいのか? 知らなかったな。」

「だって、秧鶏兄さん達かっこいいんだもん!」

 少し意外そうに、からかうように言った玄武にニコニコしながら答える青龍。風馬が呟くように言った。

「やっぱり、強くないといけないんでしょう?」

「風馬くんも? そうだな、そりゃ戦えなきゃならないからな。」

 秧鶏が優しく答えると、風馬はちょっと暗い声で言う。

「戦うのは嫌だ。戦なんか……。でも、強くなりたい。」

「風馬はね、強くなって秋沙を守ってくれるんだって。」

 甘えたように言う秋沙……だが、慣れない所為か安芸子の声は少しうわずっている。でもこれもなんだか微笑ましく、可愛い。

 シーンは続いていく。安芸子も少しずつだが声がまともになった。七波の読むもう一つのシーンも終わると、次は沙矢子。その次はいよいよ栄の番だ。

「栄、頑張って。」

 飛鳥が隣でこっそり囁く。栄は頷いて立ち上がった。

 一つ目のシーンは特に何もなく済んだ。が、もう一つのシーンが怖い。部長&副部長と三人でなんて初めてだ。改めて、初舞台で先輩と二人きりのシーンばかりだったのに声が震える事さえ無かった沙矢子の度胸に感心した。

「じゃ、いくわよ。楸よろしく。」

 部長の合図に頷いて、月香が指示された台詞を読む。といってもただ読むのではなく叫ぶようで、本番並みの緊迫感だ。

「私は後を追う! 秧鶏を!」

「はい!」

 部長姉妹の迫真の演技(声だけ)に気圧されつつも、慣れない‘呻き声’を出す。このシーンで秧鶏は死にかけてるので微かな声しか出ない筈だが、客席に聞こえなくても困るのだ。やっぱりあまり上手くいかない。

「秧鶏さん!」

 雪穂の切ない声がきゅんとするほど可愛い。けど精神的にそれ所ではない。栄はかすれた声でその名を呼んだ。

「こ、のは……?」

 苦しそうな声を出すのは思いのほか難しい。木葉が必死な声で叫ぶ。

「秧鶏さん! しっかりしてっ! 今、すぐに人を」

「私は……もう、助からない。頼む、ここにいてくれ……」

 ここでは倒れた状態で木葉の袂の端を掴んで引き止める。本当に雪穂先輩が木葉に見えてきた。

「そんな……嫌よ! 秧鶏さん、そんな事……そんなこと言わないで!」

 ホントにこの人はどんな役も出来るなあ、なんてのんびり感心してる余裕は無い。しかし何とかやり切った。最後に美園の読みが終わったところで、みんな自分の意見を言っていく。

「じゃあ最後は平和的に多数決で。」

 自分の名が出た時、栄は思わず目をつぶった。そっと目を開け、驚いた。飛鳥をはじめ五人もの手が挙がっている。一番だ!

「栄、やったじゃん!」

 飛鳥はまるで自分の事のようにはしゃいで、栄に抱きついた。栄は信じられない思いで呆然と周りを見回す。他の立候補者と次々に目が合った。ちょっとガッカリしたというふうの七波、悔しそうな様子で目をそらす美園、そして、笑顔で拍手を送る沙矢子。

「栄ちゃんに決定ね。頑張って。」

 雪穂先輩に微笑みかけられ、栄はやっと実感が湧いてきた。すごく嬉しくて頬が赤らむのを感じつつ、思い切り深く頭を下げた。

「はい! よろしくお願いします!」

 第一希望に決まった嬉しさをかみしめつつ席に座りなおす。この後のキャステイングは正直もうどうでもいい……と言いたい所だが、自分と関わる役の大半が決まっていないのでそうも言えない。そして次は飛鳥の番だ。

「木葉ちゃん希望した人ー?」

「はいっ!」

 めっちゃ元気よく手を挙げた。のは飛鳥一人ではなかった。狛江京花が飛鳥と同じくらい元気よく、立ち上がらんばかりの勢いで名乗り出たのだ。彼女はいつものように笑っているけど、目がマジだった。さすがの飛鳥もちょっと気圧されてる。

「じゃあ、シーン5の途中から読もう。京ちゃんからいける?」

「もちろん。」

 栄も台本をめくった。このシーンは秧鶏も出番なのだ。まず楸役の月香が口を開く。

「木葉、紫苑に少しついていてやれ。」

「はい、楸様。」

 声がいつもよりちょっと高い気がする。電話に出る時のような、‘よそ行きの声’というやつだ。

「いいえ、私はもう大丈夫です。それより木葉、あなたも少しお休みなさい。顔色が良くないわ。」

 それに、優しく言う紫苑姫。木葉は少し驚いたように答えた。

「紫苑様……! 気付いていらっしゃったのですか? そんな、どうして…」

「当り前じゃないの、いつも一緒にいるんですもの。」

 少しこの二人の会話が続く。このあたりで秧鶏が舞台上に再登場する筈だ。

「紫苑、もう奥へ戻れ。夜も更けた。私も少し休むとしよう。秧鶏、頼んだぞ。」

「は。」

 楸の台詞に答える栄。木葉もこれに続けた。

「お休みなさいませ。」

 ここで楸、紫苑兄妹が退場する。舞台上には木葉と秧鶏の二人きりだ。少し間を取って、彼女の名を呼んだ。

「木葉!」

「なあに? 秧鶏さん。」

「いや、その……。最近、何か考え込んでることが多いと思って。」

 恋人と二人きりになって、どぎまぎしてしまう…という場面だが、違う意味で緊張している。

「そう? 少し疲れているのかしら。」

「……やっぱり、無理してる。何か悩みでもあるんじゃないか?」

 心配して言うと、木葉はふっと笑顔をやめて泣きそうな声で言った。

「どうして、分かっちゃうの?」

 先輩ながらそんな彼女の顔がとても可愛くて、栄には飛鳥より京花の方が木葉に相応しいように思えてしまった。飛鳥の木葉役に対する思いは充分過ぎるほどに分かってはいたのだけれど。

 京花の次に飛鳥が同じ所を演じる。案の定、京花に軍配が上がった。

「あーあ……。先輩には敵わないかあ。」

 飛鳥がこっそりとぼやく。あとは決まっていない四人で残りの役を分けるのだ。

 またすったもんだバトルがあった結果、秧鶏の妹・秋沙役に飛鳥、その恋人の風馬に七波、最年少でみんなの弟・青龍役に沙矢子、翡翠姫に仕える琥珀役に美園が決まった。

「やれやれ。第一段階に丸一日使っちまったよ。」

 月香が苦笑しつつ言った。確かに、これでやっと始まったばかりだ。

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