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My Spotlight【旧版】  作者: 神無月 愛
Prologue
1/17

春。今日、はじまりの風が吹いた

 私はたった一人、暗い舞台上に立っていた。

 手を前に突き出せば指先が届きそうなほどの位置にある緞帳(どんちょう)がするすると上がっていく。それにつられて、私の胸は早鐘のように高鳴る。

 頭上のライトが点き、一歩前が眩しいくらい明るくなった。

 目の前にある、キラキラ輝く華やかな空間。私は顔を上げ、その中央に一歩踏み出した。――


「さーかーえっ! あれ、寝てる。もう、部活行くよー?」

 聞きなれた声が頭上で自分の名前を呼んでいるのが聞こえて、教室で机につっぷして居眠りしていた神谷(かみや)(さかえ)はぼんやりと目を覚ました。午後の教室は日当たりが良く、廊下よりの席でも意外と眩しい。数回瞬きしてみたが、まだ頭が寝ぼけてる。

「まったくもー、部活行くよってば。さっちゃん起きて! おい、栄!」

 いらついてきたのかだんだん大きくなる声。栄はゆっくりと頭を持ち上げた。

「何なんだよう……」

「部活初回から遅刻する気なのかっつーのよ莫迦(バカ)。」

 セリフと同時に頭頂部に拳が降ってきて、せっかく持ち上げた頭は机にぶつかってごつんと鈍い音を立てた。

「痛ぁ!」

「わあ、すごい音。」

 栄の悲鳴に、相手は悪びれる様子もなく平然と言う。さすがに堪りかねて、額を押さえてキッと相手の顔を睨んだ。

「何すんだよ飛鳥(あすか)!」

「あ、起きたあ。」

 満面の笑みでそんなことをのたまったのは、隣のクラスの西原飛鳥。小動物を思わせる細面な顔に大きめの瞳、小柄で色白、肩にふんわり掛かる黒髪と、少女マンガに出てきそうな可憐で儚げな外見の女の子だ。しかし親しくなればなるほどそんな第一印象と遠ざかっていくような性格の持ち主だった。栄は一度だって飛鳥のことを儚げだなんて思ったことはない。栄と飛鳥は家が隣同士で、物心ついた頃からの幼馴染なのだから。

「ほら行くよ、準備して。大体これから部活行くってのに本気寝しないでよね。」

 声も高めで女の子らしい。男になら文句さえも可愛く聞こえるんだろうな、なんてチラッと思った。

 栄はそんな幼馴染とはまったく似ていない。そんなに男っぽいという程ではないがショートヘアに太めの眉、太ってもいないが痩せている訳でもなく、顔立ちなどもまあ平凡だと言えた。ただ飛鳥と比較されるのと少々喧嘩っ早い性格の所為で男っぽいなどと言われるのだろう。もっとも栄自身、自分を女らしいと思ったことがないのだが。

 二人が喋っていると、栄のクラスメイトの一人がひょいと顔を出した。

「あれっ、あーちゃん! えいちゃんと知り合いだったんだ。」

志茂(しも)ちゃん。飛鳥のこと知ってたの?」

 栄はちょっと驚いて答える。にっこりと頷いた彼女は、栄の隣の席の志茂安芸子(あきこ)。高校に入った初日に栄に話し掛けてきてくれた子だった。長い黒髪は綺麗で真っ直ぐで、ふくよかな笑顔はどこか日本人形を思わせる。和服なんか着せたら似合いそうだ。

「安芸ちゃん。そっか、このクラスだったね。」

 飛鳥が彼女のほうを振り返った。なんだか妙に楽しそう。そして事情説明を求める栄の視線に気付いて双方に紹介するように言った。

「安芸ちゃんは中学で三年間同じ委員会、栄は幼稚園も小学校も同じ幼馴染なの。すごいなー、お互い知らなかったのに友達になってたなんて。なんか縁あるのかもね。」

 ふふっと笑う飛鳥。栄はふーんと相槌(あいづち)だけ打って聞き流した。

「飛鳥、お待たせ。行こっか。志茂ちゃん、また明日ね。」

「うん、私は帰るね。部活がんばって。」

 笑顔で手を振る安芸子に見送られて、二人は並んで歩き出した。


 部室に向かって歩いている途中、ちょうど中央階段の近くを通りかかった時だった。

「おーい、栄じゃないか! 久し振り!」

 唐突にそんな大声が聞こえ、振り向く間もなく後ろから抱き付かれた。でも、誰だかは声で分かる。

「か、華奈(かな)先輩!?」

「おう! ようこそ宮高(みやこう)へ!」

 キラッキラの明るい笑顔が、かなり高い位置から二人を見下ろしていた。こうしていると、この笑顔が太陽に例えられるのも分かる。華奈先輩――十条(じゅうじょう)華奈は二人の小学校、栄の中学校の先輩で一つ年上。ちなみに栄は小学生バスケチームでもお世話になった仲だった。身長160センチ弱ある栄よりさらに20センチばかり高いバスケ部のエースだ。今も宮高バスケ部と書かれたユニフォームに身を包んでいる。宮高というのはここ、私立宮ヶ丘(みやがおか)女子高校の略称だ。

「わあ、お久し振りです! わたしのことも覚えていらっしゃいます?」

「もっちろんよ、飛鳥ちゃんでしょ。小学校卒業以来だから、四年ぶり? 懐かしいなあ。」

 そう言って二人の肩を同時に痛いくらいぽんぽんと叩く。

「二人とももう部活決めたでしょ。どこにした?」

「演劇部です、中学と同じく。」

 笑顔で答えた栄に華奈はそっか、と呟いた。なんだか妙に嬉しそうだ。

「うわー、楽しみだな。()に行くからさ。あ、そうだ、部長たちにはもう会ったの?」

「いえ、今日、今から初回なので……」

 どうしてそんなコト聞くんだろう、と飛鳥がきょとんとして答えると、華奈はいっそうニコニコして言う。

「そうかー、じゃあ会うの楽しみにしてな。あいつらとは知り合いなんだけど、何て言うか、すごい奴らだから。」

 いつになくもったいぶって言う。二人が顔を見合わせていると、腕時計をチラッと見た。

「あ、やっべ。部活行かなきゃ。あんた達も遅れないように行けよ。」

 そう言って二人が返事する間もなくダッシュで行ってしまった。しばしポカンとした後、二人はやっと我に返って駆け出した。きっと何かが二人を待っている、宮ヶ丘女子高演劇部へ。

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