居場所(即興作品)
消えたいけど死ぬ勇気はなくて。
どこでもいいから「今」から離れたくて。
私は財布だけをサコッシュに入れ、家を出た。キラキラした夏の朝五時のマンションのエレベーターには、コンビニに行くようなラフな服装の私と、これから走りにいくんだろうなあというスポーティな中年男性の二人きり。一階に着いたらその人はもう軽く走り出して、軽やかなステップでエントランスを出ていった。
目的地なんてあるわけもなく、私はなんとなく、男性が走っていった方向反対に歩き始めた。十分ほどで駅前にやってきた。とりあえず離れたいなら徒歩より電車かなと考え、方面も考えず、足の向くまま二番線から乗り込んだ。
一時間も揺られていると、私の住む都会のはじにある住宅街から、ほんのり緑の香る風景に変化してきた。大昔は私もこんな場所に住んでいたけれど、帰りたい気持ちが湧かず、もう何年、いや十年以上は、イナカには近づいていない。
今の家だって帰りたい気持ちはない。仕事が嫌で早く帰りたい、というのはあるけれど、「家」という選択肢はない。
私にとっての帰る場所って、どこなんだろう?
心身が解放されて、癒されて、ここが私のホーム、私の居場所!と心から安心できる空間はどこなんだろう?
それは場所である必要はなくて、サークルやコミュニティという繋がりだっていいだろうし、心を預けられる人でもいい。
そういう「家」。
どこにいても何をしていても、誰と居ても、真夜中の街灯の下にぽつんと立っているような気がしてしまう。ぽつぽつと人が減って来た車内では、余計に孤独を感じてしまう。お外は晴れでも、私は曇りなのだ。
終点、についてしまった。手すりにつかまりながらどんよりとした足腰を立たせ、私は電車を降りた。
知らない駅名の、何県なのかも(隣県だろうけど)分からない駅。私以外には数名の人が降りただけだった。改札には誰もいない、いわゆる無人駅で、清算方法が分からずまごまごしていたら、親切な人が教えてくれた。
駅舎を抜けると、青空と緑しかない景色が広がっている。その景色に少しだけ、大昔の記憶が呼び戻される。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、「私の居場所」があった日のことを。
その景色にも青空と緑と、そういえば線路があった。数時間に一本、あきっぱなしといっても過言ではない踏切の、あの線路。
私は線路沿いに歩き出し、踏切を探した。
そこにだって何かあるはずはない。居場所なんてないんだけど、あの一瞬の喜びを思い出してしまった今、線路の上に立ちたくなってしまったのだ。
汗拭きタオルくらいは持ってくればよかったと後悔するほどに歩いたころ、踏切が現れた。無人駅なくらいだから、やはり踏切は静かな佇まいである。私はそのまま踏切の真ん中に立ち、世界の果てまで続いていそうな線路に、あるはずもない「居場所」を探した。
やっぱりないよ、とそのまま踏切を横断しようとした時、肩に人の手を感じた。




