電柱の陰からいつもあなたを見ています
ああ……今日もあなたは素敵ね。
私はいつもの様に電柱の陰から名前もわからないあなたを見ていた。
きっとあなたは私を知らない。けど、私はあなたを好きになったあの日からずっとあなたを見ている。
あなたがこの道を通り過ぎる数十秒。毎日、毎日、毎日毎日……。私はそれだけで幸せよ。
私は彼の背中を見送った。
今日は嬉しそうね。口にパン屑が付いているわ。気付かないくらい嬉しいのね。私も嬉しくなっちゃう。
今日は落ち込んでいるのね。何かあったのかしら。何もできない自分がもどかしい。
今日はなんだか真剣な顔ね。そんなあなたもかっこいいわ。
今日は……隣の女の子は誰? 腕まで組んじゃって……。もしかして恋人?
なんで。なんでなの。なんで私じゃないの。あなたの隣はなんで私じゃ……。
でも……あなたは幸せそう……。
そっか。そっか。あなたが幸せなら、私はそれで満足よ。
私の体がキラキラと輝き出した。
ああ、そう、そうなのね。
私はもう行くわ。あなたと過ごせた時間は、とても幸せだったわ。
お花、立て直してくれてありがとう。
「ん?」
唯人(ゆいと)は電柱に立て掛けられている花瓶が倒れている事に気がつく。
「樹里亜(じゅりあ)、ちょっと待って」
唯人は樹里亜の腕をほどき、電柱に近付く。
樹里亜は周りを見渡して言う。
「ここ、交通事故あったみたいだね」
「っぽい。よく知らないけど」
唯人は花瓶を立て直す。
「よし」
唯人は満足そうだが、樹里亜は難色を示す。
「……あんまそういう事しない方がいいよ」
「なんで?」
唯人は首をかしげる。
「死んだ人に同情すると取り憑かれるから」
樹里亜の顔は真剣だ。
「でも、お花くらい立て直してあげなきゃ。悲しいし」
「……お人好し」
唯人は眉を下げて笑う。
「……そういうところが好きになったんだけど」
樹里亜はぼそりと言う。
「なんか言った?」
「なんでも」
唯人は不思議がる。
「じゃあ行こっか」
唯人は歩き出した。
そんな唯人を尻目に樹里亜は一人、電柱に向かって呟く。
「唯人を連れて行かないでくれてありがとう」
「樹里亜? 行くよー?」
唯人は少し先で樹里亜に呼びかける。
「はいはーい」
樹里亜は唯人の下に駆けていく。
電柱に立て掛けられた花はキラキラと輝いていた。




