魔王の話
老人は話してくれた。 魔王ヴェインというのは、今から二十年ほど前に現れた存在だという。 もともとは人間だった。農奴の生まれだという話もある。ひどく理不尽な境遇にいて、愛する者たちを次々に奪われ、力を求めた。「そこまでは、お前と似た話だな」と老人は言った。 ヴェインは《代償スキル》を手に入れた。それがルカの《リミットブレイク》と同系統の力、《オーバーロード》というスキルだったらしい。 使い続けた。守るために。世界を変えるために。 でも使いすぎた。「削れていったのはレベルだけじゃなかったんじゃ」と老人は言った。「感情が薄れていったという話を聞いた。痛みを感じなくなった。悲しみを覚えなくなった。人間である何かを、少しずつ失っていった」「それが、魔王になった理由ですか」「力のために人間性を削っていったのか、人間性を削ったことで力が上がったのかは、わからん。でも最後には、かつて何のために戦っていたのかを忘れた存在になったと言われておる」 僕はその話を、黙って聞いた。「今もいるんですか」「おる。この国の北の山脈の奥に」と老人は言った。「最近、その方角から妙な気配が漂ってくる。何かが動きはじめておるかもしれない」 その夜、宿もない廃村で焚き火を囲んで、四人でいた。 マリィが僕の横で、膝を抱えて火を見ていた。「ルカ」と、しばらくしてマリィが言った。「ん」「その魔王みたいになりたくないよね」「なりたくない」「じゃあ、使いすぎないで」「……なるべく、そうする」 マリィが「なるべく、じゃなくて」と言った。「絶対に、って言って」 僕は少し間を置いた。 絶対に、とは言えなかった。守らないといけない時に使わない、という選択が、僕の中に存在しなかった。「なるべく、以上のことをする」と言った。 マリィが「ずるい」と言った。でも手は離さなかった。 エリナが静かに言った。「あなたが削れていくのを止めるために、私のスキルが使えないかを調べます。《仮初めの光》は傷を治すだけじゃないかもしれない。痛みを和らげるだけでなく、もっと深いところに届くかもしれない」「エリナさん……」「約束じゃないです。でも、諦めません」 ガースが「俺は強くなるお前の隣で戦える剣を磨く」と言った。「お前が使わずに済む状況を増やす。それが俺の仕事だ」 焚き火が揺れた。 僕はその三人の顔を、順番に見た。 泣きそうになった。泣かなかった。泣く代わりに、「ありがとう」と言った。一言だけ言った。 それで十分だった。




