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旅の始まり、雨の中で

夜明け前に出た。 マリィにはあらかじめ話してあった。「村を出る」と言ったら、マリィは「わかった」と言った。泣かなかった。この子はこういう時、余計なことを言わない。 荷物はほとんどなかった。麻袋に、替えの服が一着ずつと、干し肉が少しと、ジジィがこっそり持たせてくれた銅貨が数枚。それだけだ。 村の外れで、ジジィが待っていた。「気づいてたんですか」「当たり前だ。何十年農奴やってると思ってる」 ジジィが僕の頭に手を置いた。ごつごつした、畑仕事の手だ。「生きろよ」 それだけだった。それだけで十分だった。 僕は頷いて、マリィの手を引いて歩き出した。振り返らなかった。振り返ったら、動けなくなる気がしたから。 ◇ 三日歩いた。 初日は天気がよかった。二日目は曇り。三日目の午後から雨が降り出した。 森の中の細い道を歩いていたら、雨が強くなった。マリィが黙って歩いていたけど、震えているのがわかった。服が濡れて、体温が下がっている。「少し休もう」と言って、大きな木の根元に二人で潜り込んだ。 木の根が傘代わりになって、その下だけ雨が少し弱かった。それでも十分な雨宿りとはいえなかった。 マリィが膝を抱えて座っていた。「寒い?」「ちょっと」「我慢できる?」「できる。ルカは?」「全然」「また全然って言う」 僕は苦笑いした。 雨音が大きくなった。遠くで雷が鳴った。マリィが少しびくっとして、僕の腕に寄ってきた。雷が怖いのは知っていた。村にいた頃、嵐の夜はいつもくっついてきていたから。 何も言わずに、そのままにしておいた。 しばらくそうしていたら、雨の音の向こうから別の音が聞こえてきた。 足音だ。 複数。 重い。大人の男だ。 僕はマリィの肩に手を置いて、「静かに」と耳元で言った。マリィがこくりと頷く。 足音が近づいてくる。 木の陰から覗くと、雨の中を歩いてくる人影が見えた。大柄な男が一人。腰に剣を下げて、背中に大きな荷物を背負っている。冒険者だろうか。旅人だろうか。 男が木の下に気づいて、足を止めた。 目が合った。 男は僕とマリィを見て、それから雨空を見上げて、舌打ちをした。「場所、空けろ。雨宿りしたい」 脅しているわけでも、攻撃的なわけでもなかった。ただ、真っ直ぐそう言った。 マリィが僕の腕を掴んだ。「大丈夫」と僕は言った。マリィに向けてか、自分に向けてかはわからなかった。 場所を少し空けると、男は無言でどかっと座った。荷物を下ろして、濡れた外套を少し絞った。 しばらく誰も話さなかった。雨音だけがあった。 男が先に口を開いた。「子ども二人で、こんな山道歩いてるのか」「はい」「親は」「いません」 男が少し黙った。「農奴か」 聞き方が妙に正確だった。否定する理由もなかった。「そうです」 男はまた黙った。それから、荷物から何かを取り出した。干し肉だ。かなりいい質のものに見えた。「食え。腹減ってるだろ」 マリィが僕を見た。受け取っていいかという顔だ。「ありがとうございます」と言って、受け取った。マリィに渡すと、マリィが「ありがとうございます」と小さく言って、かじりついた。 男が少し目を細めた。笑ったのかもしれない。よくわからなかった。「ガースだ。元傭兵。今は流れ者」 短い自己紹介だった。「ルカです。農奴でした。今は……よくわかりません」「マリィです」とマリィが口の中のものを飲み込んでから言った。「ルカの妹みたいなもんです」「妹みたいなもんか」とガースが言った。「本当の妹じゃないのか」「血はつながってないけど」と僕は言った。「でも、妹みたいなもんです」 ガースがそうか、とだけ言った。 雨はまだ続いていた。 ◇ 雨が弱まるまで、三人で同じ木の下にいた。 ガースはほとんど余計なことを言わなかった。寒いとも、疲れたとも言わなかった。ただ、マリィが震えているのを見て、無言で外套を一枚出してかけてやった。 マリィが「ありがとうございます」と言った。ガースが「うるさい」と言った。でも外套は取り上げなかった。 僕はその横顔を少しだけ見た。年は三十くらいに見える。顔に傷がある。目が少し疲れた色をしている。 どういう人なのか、その時の僕にはわからなかった。 ただ、干し肉を分けてくれる人が悪い人とは思えなかった。それだけだ。 雨が上がった頃、ガースが立ち上がった。「どこ行くつもりだ」「まだ決めてません」「決めてないで歩いてるのか」「はい」 ガースが少し考える顔をした。「次の街まで、この道を真っ直ぐ行けば二日で着く。森の途中に野盗が出ることがある。子ども二人には危ない」 それだけ言って、歩き出した。 僕は少し迷ってから、後をついていった。マリィも来た。 ガースは振り返らなかった。止まりもしなかった。ただ、歩く速度が、子どもでも追いつける速さになっていた。

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