英雄と呼ぶな
領主の騎士が来たのは、それから三日後だった。 朝の農作業が始まったばかりの時間に、馬に乗った騎士が二人、村の入口に現れた。 鎧が朝の光を反射して、鈍く光っていた。 村人たちがざわついた。みんな手を止めて、距離を置きながら様子を見ている。 騎士の一人が馬から降りて、大きな声を出した。「農奴ルカとやらを出せ。領主様のご命令だ」 僕はその時、畑の隅で土を運んでいた。マリィが傍にいた。「ルカ」とマリィが小さく言った。僕の服の端を掴んでいた。「大丈夫」と言って、前に出た。 騎士が僕を上から下まで眺めた。小柄で痩せた少年を見る目が、少し馬鹿にしたものになった。「お前がルカか。農奴がエクストラスキルを持ったと聞いた」「はい」「見せろ」 見せる、というのがどういうことか、よくわからなかった。「ステータスを開示しろということです」と、別の騎士が言った。「スキル名、レベル、全部だ」 僕はしばらく考えた。隠す理由も特にないと思って、ステータスを声に出して読み上げた。「レベル8。エクストラスキル、《リミットブレイク》」 騎士たちが顔を見合わせた。「レベル8か」と一人がつぶやいた。「低いな」「でもエクストラスキルは本物らしい。その盗賊騒ぎで使ったんだろう」 二人が小声で何かを話してから、最初の騎士が僕の方を向いた。「農奴にエクストラスキルなど必要ない。そのスキルは国に召し上げる。領主様のお屋敷に来い」 召し上げる。 その言葉の意味を、僕は一回では飲み込めなかった。「スキルは、人から取れるものなんですか?」「取り出す方法がある。多少の痛みは伴うが、農奴が多少痛い目にあうくらいは問題ないだろう」 周りの農奴たちが黙っていた。誰も何も言えなかった。 ジジィが少し前に出ようとして、止まった。前に出たら、どうなるかわかっているから。 僕は、少しだけ間を置いてから言った。「嫌です」 静寂が落ちた。 騎士の目が細くなった。「今、なんと言った」「嫌だと言いました」 声が震えていた。でも止まらなかった。「このスキルで、マリィを守ったんです。村を守ったんです。それを取り上げるのは、嫌です」 騎士が鼻で笑った。「農奴が貴族に向かって嫌だと言える身分か」「わかりません。でも嫌です」 長い沈黙があった。 騎士が手を上げた。今日も殴られる、と思った。昨日の頬の痛みがまだ残っているのに、また殴られる。 でも、拳は来なかった。 騎士がゆっくりと手を下ろした。何かを考えている顔だった。「いいだろう。今日のところは引く。だが、お前がそのスキルを持ち続ける限り、村の者の安全は保証できないぞ」 馬に乗って、去っていった。 残された村が、しばらく誰も声を出さなかった。 ジジィが僕の隣に来て、「馬鹿者」と言った。でも声が優しかった。「怒ってますか」と聞いた。「怒ってるよ。でも……お前はお前だな」 マリィが走ってきて、僕の腕にしがみついた。「怖かった」と言いながら、泣きそうな顔でしがみついてきた。「全然怖くなかった」と言った。「嘘つき」とマリィが言った。「声、震えてたもん」 僕は何も言えなかった。 ◇ 夜、ジジィと二人で話した。「お前、村を出た方がいいかもしれない」 ジジィの言葉は静かだった。怒っているわけじゃない。ただ、事実を言っていた。「騎士が引いたのは今日だけだ。あいつらは報告書を書いて、もっと上に持っていく。次に来る時は、もっと多くなる。そしてお前だけじゃなく、村全体を——」「わかってます」と言った。 ジジィが少し黙った。「マリィは」「連れて行きます」「それは……難しいかもしれないぞ。お前が逃げるのと、子どもを連れて逃げるのは違う」 わかってた。でも、マリィを置いていくという選択が、僕の中にはなかった。「置いていったら、何のために戦ったかわかりません」 ジジィはしばらく何も言わなかった。それから、深いため息をついた。「……そうだな。お前はそういう子だ」 夜が深かった。 村の外から、夜の風が吹いてきた。 明日、出ようと思った。夜明けを待って、マリィを連れて。どこに行くかはわからない。でも、ここにいたら村ごと壊される。 それだけは嫌だった。




