《リミットブレイク》、発動
叫んだ瞬間、体の中で何かが爆ぜた。 爆発、という言葉しか思い浮かばない。内側から火がついたみたいな感覚が全身に広がって、次の瞬間には世界が変わっていた。 変わった、というのは比喩じゃない。本当に見え方が変わった。 暗い森の中なのに、木の一本一本がはっきり見える。男たちの表情が、松明の光の中でくっきりと読み取れる。先頭の男の手の動き、後ろの男が息を吸うタイミング、足の重心がどこにあるか。そういうものが全部、ゆっくりとした映像みたいに入ってくる。 体が軽かった。 信じられないくらい軽かった。昨日まで感じていた疲れも、空腹も、頬の痛みも、全部どこかへ行ってしまったみたいだった。 先頭の男が剣を振り上げた。 見えた。 振り下ろされる前に、僕は横に動いていた。 自分でも驚いた。こんなふうに動けるなんて思っていなかった。農奴の子どもに戦い方なんか教わったことはないし、剣だって触ったことがない。それなのに体が勝手に動いて、男の腕を内側からはね上げて、剣が宙に飛んだ。「なっ——」 男が声を上げる前に、僕は地面を蹴っていた。 拳を握って、脇を締めて、腰から回す。そんな理屈は知らない。でも体がそうしろと言っていた。男の腹に、全体重を乗せた一撃が入った。 どすん、という音がして、大男が後ろへ吹き飛んだ。 数秒、誰も動かなかった。 後ろに控えていた男たちが、顔を見合わせていた。さっきまでの笑みが消えていた。「な、なんだこいつ……農奴のガキじゃなかったのか」「剣がっ、剣が飛ばされ——」 二人目が動いた。横から回り込んで、僕の背後を取ろうとする。 見えた。見えている。 振り向きざまに腕を掴んで、自分の体を軸に引き回す。男の体が地面に叩きつけられた。三人目が走ってくる。僕はその足元に転がった丸太に引っかかって転ばせてから、首元を押さえて地面に縫い付けた。 静寂が落ちた。 残った盗賊たちが後ずさりしている。松明を持った手が震えていた。「な、なんで……農奴に、こんな力が……」 先頭だった男が、尻もちをついたまま叫ぶ。「化け物だ!逃げろ!」 松明の光が散らばって、暗闇の中へ消えていった。足音が遠ざかる。笑い声は、もうどこにもなかった。 僕は、その場に立ったまま、しばらく何もしなかった。 体の中でまだ何かが燃えている感じがした。でも、さっきより少し落ち着いてきた。息を吐いたら、白い息が暗闇に広がった。「ルカ……」 マリィの声がした。 振り返ると、マリィが地面に座ったまま、大きな目でこっちを見ていた。口が少し開いていた。「大丈夫?」と聞いた。 マリィは少しの間、何も言わなかった。それから、「すごかった」と言った。「ルカ、すごかった。全然見えなかった、動いてるのが」「そう」と答えた。自分でも、よくわからなかった。「僕もよくわかんない」 ゆっくりとしゃがんで、マリィに手を差し伸べた。マリィがその手を掴んで立ち上がる。膝が少し擦れていた。「痛い?」「ちょっとだけ。でもルカの方が——」「全然」「……またそれ言う」 マリィが少しだけ笑った。泣きそうな顔で笑った。 僕も笑おうとした。その瞬間、視界の端に何かが見えた。 さっきの光の名残りみたいなもの。薄れかけたステータス画面の欠片。 数字がそこにあった。 レベル:8。 さっきまで十三だったはずなのに。 僕はその数字を少し見つめてから、消えるのを待った。消えた。マリィが「どうしたの?」と言った。「なんでもない」と答えた。「村に戻ろう」 どういう意味なのか、その時の僕にはよくわからなかった。ただ、何かが減ったことだけはわかった。 レベルが、五つ、消えていた。 ◇ 村に戻ると、まだ騒ぎの余韻が残っていた。 泣いている子どもを抱えた母親、怪我をした男性に布を巻いている女性、打ちどころが悪くて動けない老人。盗賊たちは僕に追い払われる前に、村の入口あたりで暴れていたらしかった。 ジジィが僕を見て、駆け寄ってきた。「ルカ! 無事か! マリィちゃんも……よかった、よかった……」 ジジィが泣いていた。腰が曲がった背中を折り曲げて、膝に手をついて泣いていた。 僕は何を言えばいいかわからなくて、「おじさんこそ怪我なかった?」と聞いた。ジジィが笑いながら「お前はそれしか言わないな」と言った。 夜が明けるまで、村はざわついていた。 ◇ 翌朝、話が広まっていた。 盗賊を追い払ったのが、農奴の少年だということ。素手で三人を倒したということ。その子どもが、エクストラスキルを持っているということ。 農奴には本来ステータスがない。だからエクストラスキルなんか農奴にあるはずがない。でも現実に盗賊を追い払ったのは、農奴の少年ルカだった。 村の人たちはみんな「よかった」「助かった」と言った。 でも、全員がそういう顔をしていたわけじゃない。 何人かは、少し遠い目をしていた。 ジジィが夕方、僕を呼んで言った。「ルカ、お前のことが領主の耳に入るかもしれない」「そうですか」「農奴がエクストラスキルを持っているなんて、あいつらは面白くないと思う。力を持った農奴を、そのまま放っておく気にはならないだろう」 僕は少し考えた。「つまり、どういうことですか」 ジジィは答えなかった。でも答えなかったことが、答えだった。 その夜、僕はマリィが寝てから、手のひらを見た。昨夜、盗賊を吹き飛ばした手だ。普通の手だ。なんの変哲もない、農作業で荒れた手だ。 レベル8。 それが今の僕の全部だ。 使えばもっと強くなれる。でもまた下がる。今は8だ。さらに使ったら、いくつになるんだろう。 ゼロになったら、どうなるんだろう。 その問いには、まだ答えがなかった




