終わる恋と始まり
一年間慣れ親しんだ教室の傷の付いた教卓に触れて、しみじみと「これが最後なんだね」と少女は呟いた。黒板に書かれた『卒業おめでとう』の色とりどりの文字。その脇には三月一日という今日の日付が書かれていた。その下の週番の名前は当然、もう書かれてはいない。
ふろ、廊下を歩く足音に少女は視線を廊下へ続く扉へと向けた。教室に、入って来た人物が自分が呼び寄せた人だ。
「先生」
そう呟いて少女は眩しい笑顔を向けた。教師である青年は少女が何のために自分を呼び寄せたのか分かっていた。これまでずっと見つめられた視線からおのずと好意を向けられていることを知っていた。しかし、自分は教師の身で彼の返答も既に決まっていた。
「小阪」
「先生、今までお世話になりました。先生が居たから私、頑張る事が出来た。とても、感謝しています」
「ああ、しかし、それはお前の頑張りもあったからだろう?」
「先生が励ましてくれて背中を押してくれたから頑張れたんですよ」
「これからは一人で前に進めそうか?」
「はい」
優しい穏やかな笑みは初めて会った頃から変わってはいなかった。少しづつ、この人に恋をして、だから、最後ぐらい告白して置きたかった。きっと、告白しない方が後悔するのが分かっている。
「ずっとずっと、先生の事が好きでした。返事はいりません。これは私の我儘でしかないのですから」
「小坂、すまない」
「そんな顔しないで下さい。最後は何時もの優しい穏やかな笑顔で送り出して下さいね」
「ああ」
一度だけ、先生の腕に抱き着いて、すぐさま離れる。ふわりと香る石鹸の香り。驚いたように瞬いた先生の顔は変わらない。優しい笑みを浮かべたまま、少女の頭を一度だけ撫ぜた。それだけで、十分だった。先生の胸元に飾られた造花に触れて、少女は問う。
「これ、もらってもいいですか」
「ん、いいよ」
受け取った造花はこれからも色あせない思い出に変わっていくのだろう。「ありがとうございます」そう言って、少女は頭を下げると教室を後にした。教壇の前に佇む先生を残しながら。
三年前よりも大人びた表情にこれからどんどん大人になって行くのだろう。その先を思い描いて、青年は小さくため息をついた。その未来を見る事が叶わないのは少し寂しかった。窓の外から見える景色はいつもと変わらない。ただ、少女だけがいない。
掌で顔を覆い、青年は今更ながらに気付いたのだった。自分も少女に惹かれていたのだと。
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