第7話 族母
補給線を断ち切った後、
活蠕巣は崩壊段階に入った。
奴工型ピクシーはまだ迎撃線を突破しようとしていたが、
スリングとヤリはすでに鉄壁の封鎖網を形成していた。
巣体に近づこうとする奴工は、
たどり着く前に撃墜される。
布囊が地面に落ちて裂け、
形になりきれていない蜜塊が石畳の隙間に流れ出す。
一滴たりとも目的地には届かない。
活蠕巣の蠕動が鈍り始めた。
あの弾力に満ちた波動はもうない。
代わりにあるのは、疲弊した、
不規則な収縮だ。
脱水しかけているアメーバのような動きだ。
Hp -4
Hp -6
Hp -4
……
ダメージは高くないが、
もう回復の数字は出てこなかった。
チャット欄の空気も、
このリズムに合わせて緩み始めた。
『ついに!』
『補給が断たれた!』
『これは戦略的勝利と言っていいだろう!』
俺には彼らと同じように緩んでいる余裕はない。
今は活蠕巣のHPバーから目を離さず、
安定してダメージを与え続けなければならない。
活蠕巣のHPバーが少しずつ削れていく。
そしてすぐに、次の段階へと移行した。
活蠕巣の表面に変化が現れ始めた。
孵化嚢が一つずつ肉壁から剥がれ落ちていく。
熟れすぎた果実が、
蔕から離れて落下するように。
地面に落ちると嚢膜が萎縮し、
中の未成形の胚が静かになり、
もがかなくなった。
おそらくほとんどは卵の中で死んでいる。
新生ピクシーの生成速度が急落した。
前線への圧力が一気に消え、
俺の盾役はほとんど損耗しなくなった。
『生産ラインが止まった!』
『もう終わりか!?』
『撃破数を数えてみよう——』
『そろそろ戦利品タイムか!』
『配信者さん、売ってくれないか?』
チャット欄では本気で記録を漁り始める人が出てきた。
ドロップ品の値段を真剣に計算する人まで現れ、
競り値を叫ぶ人まで出てきた。
好きにしてくれ。
俺の視線は活蠕巣の中央に落ちたままだ。
まだ安心できる時間じゃない。
孵化嚢が剥がれ落ちた後、
露わになったのは薄い半透明の内膜だった。
膜の向こうに、何かがある——
逆光の中に、人の形がうっすらと見える。
四肢がある。
頭部がある。
触角の輪郭がはっきりと見える。
だがその体格は、
今ここにいるどのワイルドピクシーよりもずっと大きい。
俺は一秒、黙った。
チャット欄も同時に静まり返った。
全員が、喜ぶのが早すぎたと気づいた。
内膜が内側から破れた。
知恵の書が同時に、
この戦闘の結果を表示した。
【ユニークエネミー】
【ピクシーの活蠕巣撃破】
【EXP +1800】
【唯一アイテム取得:ダンジョンの道標灯】
【戦利品取得】
【ピクシーの王台】
【ピクシーのローヤルゼリー】
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
なぜなら——彼女が現れたからだ。
死んだ巣体の中から、歩いて出てきた……
体格は普通のピクシーの五倍ほど、
子供ひとりぶんの背丈に近い。
翅はディープローズゴールド、
細かい脈絡の紋様が走り、
手描きの彩色版画のように見える。
顔の複眼は琥珀色だ。
機械的な動き、
静謐で傲慢な表情を帯びている。
頭の触角は同族よりも長く、
先端に淡い光が灯っている。
手には権威を象徴する短杖を握っている。
身にまとうのも葉と花びらだが、
はるかに精緻だ。
葉脈の一筋一筋が意図して配列されており、
鎧のようでもあり、
礼服のようでもある。
システム通知が浮かんだ。
【ユニークエネミー】
【ピクシー族母】
【 Lv ??】
【HP ????/????】
【族群の長:周辺ユニットのパラメータ上昇】
【母の鼓舞:全隊員の攻撃速度30%上昇】
チャット欄から歓声が上がった。
『ボス!本物のボスだ!』
『女王!やっぱり女王だった!』
『思ったよりかわいい!!』
『Lv ?? これは手を出せる相手なのか?』
『配信者、何レベルだ!?』
『勝てるのか!?』
俺は自分のステータスを確認した。
Level 8 EXP 7815/12800
HP 422/422
MP 150/150
反応 12
筋力 12
霊感 12
運 12
自由割振り:16
勝てるかどうか——神のみぞ知る。
でも勝てなくてどうする?
向こうはもう出てきてしまったんだ。
俺は切風翎を握り締め、
翅を震わせて前に浮き上がった。
軍団に命令を下す。
「後列は全員攻撃継続、
前列は小刻みに前進——」
着実に打ち、しっかり観察する。
必ず勝機はある!
予期しないことさえ起きなければ。
その時、
俺がやって来た方向から物音がした。
足音。
人間の足音だ。
「真澄——!」
聞き覚えのありすぎる、一人の少女の声。
その声……ちっ!
「どこにいるの!?」
声が通路に反響する。
場も雰囲気も全く構わず、
声を抑える気など一切ない。
駆け込んできたのは、
黒い長いストレートヘアに、
黒縁メガネをかけた女の子だった。
福原幸。
俺の彼女(自称)。
私服姿で、スマホを手に持ち、
懐中電灯代わりに点けながら、
廊下全体を照らし、
そのまま戦場のど真ん中で立ち止まった。
族母が顔を向けた。
琥珀色の複眼が、
静かに侵入者を睨んでいる。
チャット欄のコメント密度が一気に何倍にも跳ね上がった。
『ちょっと!この子は誰!?』
『お前のために、こんな場所に飛び込んでくる奴がいるのか?』
「幸、正気か?こんな場所に来るなんて!」
「あなたは私の彼氏でしょ、何かあったら助けに行くのは当然じゃない!」
幸は当たり前のように駆け寄り、
俺の手を握った。
『彼女!?』
『若菜じゃないの!?』
『真澄に彼女がいたのか!』
良太のアカウントがチャット欄を猛烈に流し始めた。
『てっきり真澄と若菜が……』
淳一もかなり驚いているようだった。
他の視聴者も混乱している。
『あの二人をCPだと思って見てたのに!』
『ていうか、若菜も知ってたんだよな?』
『だから若菜はずっと「心配」しているだけだったのか!』
この状況で、
若菜だけがずっと静かに、
何も言っていない。
「幸!動くな!」
俺は彼女を引き寄せて庇った。
同時に盾役を三匹分けて彼女の周囲を固めさせ、
守りに入る。
だが幸は、守られることを甘んじて受け入れるタイプじゃない。
俺を見る。
俺の翅を見る。
俺の触角を見る。
手の中の切風翎を見る。
そして俺の周りに展開している、
ピクシー軍団全体を見る。
二秒ほど固まった。
「無事でよかった。」
ひどく落ち着いた声で言った。
怒るべきか笑うべきか判断できないほど、
落ち着いていた。
俺に守ってもらう必要がないとわかった瞬間、
表情に明らかな落胆が浮かんだ。
「どこが無事じゃないんだ!
お前こそ何しに来た!」
「若菜の配信を見てたの、心配で——」
「お前がわけもわからずここに現れた方が、
心配——」
言い切る前に、
幸の指に何かが光っているのに気づいた。
淡い金色のリング。
指にしっかりと嵌まっている。
四粒の翡翠が、
クローバーのように象嵌されている。
俺の視界にシステム通知が走った。
福原幸 Lv 1
EXP 0/100
HP 100/100 MP 20/20
反応:5
筋力:5
霊感:5
運:5
ソウルバインド——幸運の指輪
俺が最初に入ってきた時とまったく同じ能力値だ。
チャット欄がこの数字を眺め、
三秒間、静まり返った。
そしてコメントが一件ずつ流れ始めた。
『配信者が最初に選ばなかったやつじゃないか』
『幸運の指輪の効果って何?』
『雑魚一匹も倒さないうちに、いきなりボスと鉢合わせてどうやって生き残る?』
『配信者、彼女に嵌められてるんじゃないか?』
幸は手元の指輪を見下ろし、
何とも言えない自信に満ちた表情をしていた。
どう見ても、
自分の指輪が最強の神器だと信じている。
向かいのピクシー族母は、
俺と幸が状況を把握するのを待ってくれなかった。
動いた。
一直線に幸へと向かう。
弱点を狙うとわかっている。
俺はすぐさま動いた。
脈翅を広げ、
族母と幸の間に強引に割り込む。
切風翎を投げた。
Critical
Hp -73
族母が半歩後退し、
琥珀色の複眼に初めてはっきりとした感情が宿った。
怒りではない。
……本気だ。
俺を見る。
俺の背中の翅を見る。
俺の後ろで命令を待つ軍団を見る。
それから幸を見て、また俺を見る。
チャット欄に一行、
流されないまま残ったコメントがある。
『獲物を選んでいるのか?』
俺は一瞬、止まった。
反応の数値がここまで上がると、
一秒の間にたくさんのことを考えられる。
族母はそれ以上、動かない……なぜだ?
翅を懸停させたまま、
体をわずかに前傾させ、
何かを観察しているようだ——
さっき無策に突っ込んできてすぐ反撃された。
まさか、学んだのか?
幸が俺の後ろで息を呑むのが聞こえた。
驚いた目で族母を見ている。
族母が口を開くのを見ている。
「解放……して……」
自由意志を持っているような口調ではなかった。
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この物語を気に入っていただけましたら、
ぜひたくさんおすすめしてください。
そして、少しでも励ましの言葉をいただけたら嬉しいです。
この物語を書き続ける価値があるのだと、
実感させてください。




