第11話 天敵
「市は直ちに二つの消防隊と警察の一隊を地下街に派遣し、群衆の避難を開始させましたが……しかし……」
電話の向こうで、
震える声を必死に抑えているのが分かった。
「すでに連絡が途絶えてから二時間が経過しています。
ドローンを亀裂に近づけて偵察を試みましたが、空中の怪鳥に引き裂かれました……」
背景には怒号と指示の声が入り混じっている。
二時間か。
彼らは一人で入ったわけじゃない。
もし持ちこたえられない状況なら、
とっくに支援を要請していたはずだ。
それなのに音信不通?
全滅していないのであれば、
外部と連絡が取れない「理由」がある。
「新田さん、あなたが特殊な戦力を保持していることは把握しています。
警視総監も市長も、
あなたの返答を待っています。
地下街にはまだ救助隊員と取り残された市民がいるのです。
もし、お力添えをいただけるのであれば——」
俺はしばし沈黙した。
窓の外、裏山の風はまだ冷たい。
俺には力がある。
生まれて初めて、これほど多くの人々に頼られていると感じた。
自信と、自信のなさが、
同時に込み上げてくる。
誰かに必要とされるのは、最高の気分だ。
だが、みんなの期待に応えられなかったら、どうすればいい?
ピクシー奴工が俺の思考を察したかのように、ふと隣に現れ、静かに待機した。
「現場の指揮官に伝えてくれ。
増援は中止だ」俺は口を開いた。
「あんたたちはすでに大勢を中に送り込んだ。彼らが役に立たないのであれば、これ以上人を突っ込んでも救助を待つ人数を増やすだけだ」
電話の向こうで、
安堵の溜息が漏れたのが聞こえた。
「ヘリの手配は——」
「必要ない」
俺は電話を切った。
家族に簡単に事情を話し、家を出る。
通りに出ると、そのままピクシーに命じた。通りすがりの人々が好奇の目で俺を見ている。
見たいなら見せてやる。
隠す必要なんてない。
昨日の配信ですべては公になった。
俺にはもう、覆面のスーパーヒーローになる機会なんて残されていないんだ。
「東京駅、地下街入り口へ転送」
ピクシー奴工が命令を受け入れ、頷く。
淡い青色の光の粒が俺の体を包み、
空間が折り畳まれ圧縮される感覚。
一瞬の無重力、耳鳴り、眩暈。
一秒。
悲鳴が四方八方から聞こえてきた。
ヘリのローターが空気を震わせる。
空は黒い影に覆われていた。
数千、数万の暗紫色の怪鳥が高空を旋回し、路上にはパトカーや救護車が散乱している。
放水砲が虚しく空を掃射していた。
地下への入り口には紫の霧が渦巻き、
空間の亀裂がそこに浮かんでいる。
【異変区域確認:木の迷宮——巽の塔】
【現在地:人間界の開口部】
亀裂の奥から吹き出す、
湿り気を帶びた冷たい風圧を感じる。
その時、若菜から電話がかかってきた。
「真澄くん、
まさかもう入るつもりじゃないよね?」
「まだだ。でも、止めないでくれ」
「危険すぎるよ!」
「仕方ないさ。ここを片付けられるのは俺しかいないみたいだからな」
「でも……」
若菜が深く息を吸う音が聞こえた。
「せめて、映像だけは繋ぎっぱなしにして。私、最初から最後までずっと見てるから」
彼女の優しさを拒むことはできなかった。
ライブ配信開始。
若菜が新しいタイトルを打ち込む。
【緊急配信:
木の迷宮——巽の塔
第二層先行攻略&救助】
チャット欄に次々と視聴者が飛び込んできた。
『来たぞ!』
『マジで第二層かよ?』
『警察が全員下がっていくぞ……』
俺は亀裂に足を踏み入れ、
視界が切り替わった。
昨日の迷宮とは違う。
鬱蒼とした森林、枝葉が交差してドーム状の天井を作り、高い場所で風が渦巻いている。
樹木が密集しすぎていて、
隙間に足を踏み入れることすらできないが、
一本の回廊のような道が続いていた。
俺は『知恵の書』を呼び出した。
【第二層:益の回廊】
「風の力を主とし、雷の力を従とする。
鳥が集まる場所、
互いにバフ効果のある歌を詠唱する……」
読み切る前に、
傍らのピクシーが俺の服を引っ張った。
「我が主、ご注意を!」
一筋の翡翠色の残像が急降下してきた。
翡翠色の羽の縁は刃のように鋭く、金色の縦長の瞳が獲物をロックオンしていた。
「前衛、前に出ろ! 抑え込め!」
數十匹のピクシーが飛び出していく。
『やれー!』
『囲め!』
『人海戦術!』
『一瞬で終わるだろ?』
『瞬殺か?』
と盛り上がるチャット欄。
だが、翡翠色の鳥が両翼を閉じると、
圧縮された風刃が爆散した。
最前列の三匹のピクシーがバラバラになった。
Hp-43
Hp-43
Hp-47
どうやら即死効果ではない。
一発で過剰ダメージによる撃破、
オーバーキルなのだ。
こちらの隊形が瞬時に崩れた。
驚くべきことじゃないのかもしれない。
俺の配下のピクシーは全員Lv 1だから。
ただレベル差以外にも、
属性や種族間の相性による相剋システムが
隠れているのかもしれない。
『どういうことだ?』
『えぐいな、ダメージ高すぎる!』
『お前のピクシーも風属性だろ?』
『昨日の無双は何だったんだよ!』
翡翠色の鳥が嘴を開くと、
渦が形成され、ピクシーたちが口の中へと吸い込まれていく。
鳥は口を閉じ、
蛇のように首をくねらせた。
「ミゾゴイ」が獲物を飲み込み、
流し込むあの動作だ。
一匹、二匹、三匹。
俺はすぐさま緊急回避の命令を下した。
今の俺は彼らの王だ。
彼らは俺のために決死の義を尽くしてくれた。
これ以上、慈悲のない主人であり続けるわけにはいかない。
それに、完全に相性負けしている状況で
部下を次々と突っ込ませるなんて、
ウクライナ侵攻を引き起こしたあのバカと同じことになる。
そんな底なし沼に自分のリソースを溶かすような愚行は、俺にはできない。
チャット欄の人たちが俺の無力感を味わっている。
『ピクシー食われてる!?』
『これ完全に天敵じゃん!』
『餌を運んでるだけじゃないか!』
『撤退しろー!』
鳥は満足げに鳴くと、
さらに突っ込んできた。
「全員、帰還せよ」
俺はピクシーたちをすべて『観の門』へ戻した。
こいつはボスじゃない。
なら、俺一人で「ソロ」でいけるはずだ。
俺は『翠甲羅』と『切風翎』を取り出し、
迎擊の構えをとった。
今の俺は、
さながらローマ帝国の重装歩兵だ。
片手に盾を、もう片手に槍を携えている。
翡翠色の鳥が再び急降下してきた。
嘴の先で気流が槍へと圧縮される。
いける。
俺は盾を構えた。
嘴が衝突する瞬間、
わずかに盾を内側へ「いなした」。
垂直の応力が瞬時に側方向への応力へと変わる。
力は盾の表面を滑り、横へと逃げていった。
反応に振ったポイントは、
極限の短時間でこれほど精密な動作を行うには十分すぎるほどだった。
盾の表面に傷が残る。
一方で、鳥は勢い余って盾に頭をぶつけた。
Hp -14
鳥は所詮鳥だ。光るものを見つけると、
後先考えずに突っ込んでくる。
俺は踏み込み、
『切風翎』を突き出す。
そのまま奴の首を足で踏みつけた。
チャット欄が興奮で一斉に同じ言葉を叩き出した。
『始まるぞ。』
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