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【祝1ヶ月&1万PV!】空気を読めない男、空気を読んで最強に至る ~10年間の暗黒奴隷生活。空間を数え続けた俺は、物理的な”空気”を読み切って成り上がる~  作者: ミツキイザナ
第二章 二つの風

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0099.冒険者まよねこ



 まよねこはミキと西門へ向かった。

 

 クロムの石畳は昼の熱を少しだけ残し、

 夕方へ向かう風が、鼻をくすぐり、

 パンの匂いと鍛冶場の煤を薄く運んでくる。


 門へ近づくほど、人の声は減り、

 代わりに馬車の軋む音と、

 遠くの鳥の鳴き声が目立ってきた。


 かつて、ヴェルとカルドがここを通り、

 何でもない街道に“冒険者の風”を感じて

 胸をじわぁっと熱くしたように。

 まよねこもまた、胸の内側が

 名前のない何かで満ちていくのを感じていた。


 それは、怖さと、期待と、焦りと、

 嬉しさの混ざった、どろりとした熱。

 

 胸が焦げるようで、同時に軽い。

 “拙者でもできるかもしれぬ”という

 都合のいい希望が、脈拍と同じ速さで

 どんどんとふくらんでいく。


「この歳になってなお、

 このような胸のときめきに出会えるなんて、

 拙者思いもしなかったでござるよ……!

 この衝撃は初めて『ひぐらしのなく頃に』を

 リアルタイムで見た時と同じくらいの驚き!

 期待と、衝動がですね、内臓の奥から

 わしゃわしゃと湧き上がってきて、デュフ!」


 言葉が止まらない。息継ぎの場所が迷子だ。

 湿度の高い早口が、道端の草の揺れまで、

 ねちょりねちょりと巻き込んでいく。


 そんなまよねこを横目にミキは

 ごぼうを肩に担いで、歩調を緩めずに言った。


「良いからキビキビ歩くヨ。

 夕方までに帰らないと、

 じい様とキロロが待ってるヨ」


「でゅ、デュフッ……承知でござる……!」


 言った瞬間、ミキのごぼうが、

 ペシペシとまよねこの尻を叩いた。


「ひゃふぅ!」


 まよねこは変な声を出して頬を赤らめ、

 ミキは即座に追い打ちを入れる。


「本当にキモいヨ」


 そうして、ついに西門を潜り抜けた二人は、

 街の喧噪から外へ出た。


 受付のお姉さんの説明では、

 目的のルマ草は西門から五百メートルほど

 さらに西へと歩いた草地にあり、

 長さは膝丈ほどで、先が二つに分かれている。

 

 ヴェルたちは空間把握で見つけたらしいが、

 そんな機能はまよねこには搭載されていない。

 二人で目を皿にして探すしかない。


 草むらを睨み、葉の分かれ方を見て、

 膝丈を測り、首をかしげる。

 ミキはまよねこを手招きし、言った。


「まよねこ、多分これヨ。膝貸すヨ」


「デュフッ!? 膝……!?」


 まよねこが戸惑いつつ立ち位置を合わせ、

 ミキが膝の高さで草を比べる。

 ……そしてミキはふっと目を細めた。


「うっかりヨ。まよねこの脚の長さじゃ……

 うん、当てにならないヨ」


「ミキたそ、テラひどす……!」


 まよねこが半べそになり、

 ミキが「テヘペロ」と言わんばかりに

 ひょこっと首をかしげる。

 

 それでも二人は少しずつ草を刈り取り、

 束にしていった。地味で、遅くて。

 でも、確実な作業だ。


 ──その時だった。


 グギャァッ! ギヒヒィッ!


 草陰が弾け、黒ずんだ小柄な影が

 ザザッと二つ飛び出してきた。

 尖った耳。汚れた歯。手には石のナイフ。

 笑い声が低く、湿っている。


「ご、ゴブリンでござるか!?

 ぶ、武器はないでござるヨォ!!」


 まよねこの頭が真っ白になった。

 脳が現実を拒否し、口が勝手に動き、

 現実逃避の歌を吐き出す。


「ある晴れた日のこと……

 魔法以上の愉快が、限りなく降り注ぐ……

 不可能はないわ……フヒへへへ……」


 どこかで聞いたアニソンが、

 完全に場違いな呪文として響いた。


「チィッ、下がってるヨ、まよねこ!!」


 ミキのごぼうがバシィッと音を鳴らす。

 まよねこの頭を叩いたミキは、前に出た。

 

 瞳は機械的なままなのに、

 声音だけが戦闘モードに切り替わっている。


「とうとう本気を見せる時が来たヨ……」


「み、ミキたそ!?」


 まよねこの胸に期待と恐怖が同時に湧く。

 ミキの立ち姿が、どこか昔の

 “熱い名台詞”のシーンのように見えた。


「恐怖を捨てるヨ。前を見るヨ。

 進め、決して立ち止まるなヨ。

 退けば老いるヨ、臆せば死ぬヨ!!」


 まよねこは胸の奥がドッと熱くなるのを感じた。

 

 死神アニメにどハマりした日々。

 部屋の暗闇で、ヘッドホン越しに浴びた台詞。

 それが今、現実の恐怖に対抗する言葉になって、

 ドンドンと、強く心臓を叩く。


「叫べ……我が名は『牛蒡ごぼう』!!」


 ミキがヤァッと声を張り……

 思いっきり、ゴボウを振り下ろした。


 ……へし折れた。


 乾いた音。

 無残にも真ん中から折れ曲がり、

 ミキの手元に残骸がぶら下がる。


「やっぱダメだったヨ」


 ミキは真顔で言った。


「まよねこ逃げる準備するヨ!」


「全拙者が色々泣いたでござるよ!?」


「弘法も筆に謝れって奴ヨ」


「弘法大師は筆に何かしたでござるか!?」


 緊張感のない会話をしているのに、

 震える足はこわばって動かない。

 まよねこの膝が笑って、

 地面に根が生えたみたいに固まっている。


 ゴブリンが石のナイフを振り上げた。


「仕方のないまよねこヨ!!」


 ミキが割って入った。

 次の瞬間、ナイフがミキの背中へ刺さった。


 貫通して、背中から胸部へ刃が出る。

 血が溢れる。

 ミキの口が開き、苦悶の表情

 ……のはずなのに、ミキの顔は笑顔だ。


 まよねこの視界はそれで埋まった。


「み、ミキたそ??」


「まよねことの人生、最高だったヨ……」


「ミキたそ!? そ、そんな……!

 なんで、なんででござるかぁ!!」


 もう一匹のゴブリンが、

 ミキを乱暴に引っ張り倒し、

 下卑た笑みで服に手をかけた。

 布が裂ける音。まよねこの喉が引きつる。


 その瞬間だった。


 まよねこの中で、何かが切れた。


(拙者が……拙者がなんとかしないと)

(拙者だけが、守れるのは拙者だけが!)


 争いを嫌い、穏便を好み、

 優しいと言えば聞こえはいい。

 だが、本音を言えば度胸がないだけの男。


 そんなまよねこが、初めて。

 初めて、“戦う”という選択をした。


(拙者に出来ること……。

 ミキたそに関するものを出せるだけ)


 脳内が目まぐるしく回る。

 

 妄想なら百戦錬磨だった。

 悪魔の実も食った。

 斬魄刀も作った。

 忍びの里で五影を名乗った。

 クラスに内緒で魔法少女にもなった。


 でも、それらは全部“脳内”の勇者ごっこ。

 現実のまよねこの能力はそんなモノじゃない。

 そんなカッコいいモノじゃない。


 破かれていくミキの服。

 迫るゴブリンの手。

 死が近づいてくる。


 短剣が振り上がる。


 走馬灯みたいに、くだらない記憶が流れる。

 引きこもりだった頃。暗い部屋。

 ブルーライト。缶コーヒー。

 その中で、偶然引っかかった光景があった。


 どハマりしたFPS。

 クランを率いて、隊長を名乗って、

 ボイスチャットで指示を飛ばしていた自分。

 スキンのついた銃器を抱え、裏を取り、

 何人もの敵を落としていた――あの瞬間。


 『死を運ぶ猫(デスキャット)』と呼ばれた、

 輝かしい、あの頃の自分。


(そ、それでござるよ!!)


 まよねこの手元が、ぱっと光った。


 握られていたのは銃器。AK-47。

 初風ミキのスキンが描かれた、かつての愛銃。


「……ッ!!」


 肩にストックを当てる。

 反動なんて知らない。

 でも、知識はある。動画で見た。

 ゲームで触れた。妄想で何千回も撃った。

 

 ミリタリーオタクをも経験してるまよねこに、

 躊躇いはなかった。


『ダダダッ!』


 三点バースト。反動がすごい。

 腕が持っていかれそうになる。

 それでも、弾は飛んだ。

 

 一体目のゴブリンが、

 頭に穴を開けて後ろへ倒れる。


 二体目へ。


 まよねこは“カニ歩き”で横にずれ、

 しゃがみ、銃口を安定させた。

 呼吸。引き金。短く。


 頭へ。乾いた破裂音が三回。

 ゴブリンの動きが止まる。


 世界が、一瞬静かになった。

 

 ハッと我に返ったまよねこは、

 AKを放り投げ、ミキに駆け寄る。


「ミキたそ!!」


 ……だが、ミキは。


「よくやったヨ。信じてたヨ〜」


 元気だった。

 

 胸のナイフは刺さったままなのに、

 声は平然としている。

 血? 苦悶? さっきのは何だったんだろうか。

 なんなら服も含めて戻っている。


「えっ……?」


 まよねこが呆けた声を漏らすと、

 ミキは淡々と教えた。


「ミキは死なないヨ。

 仮に死んでも再顕現可能ヨ?」


 言われてみれば、その通りだ。

 

 だが、気付かないのも無理はない。

 そんな賭けに出る環境に置かれたこともなく、

 考えたこともなかったまよねこだ。


 まよねこは膝が抜けそうになった。

 だが、更に聞こえた『魔物』の声。


 ギギィッ!


 新たなゴブリンが三体、草陰から現れる。

 数が増えた。笑い声が近い。


 まよねこは、安堵で息を吸い、

 ──そしてAKを拾った。

 脳内の“隊長”が、現実の手を動かす。


標的ターゲット 三名確認。

 これより、殲滅作戦を開始する!」


 誰に聞かせるでもない宣言。

 それは“自分に聞かせる”ための宣言。


 恐怖を、命令で押し込める。

 震える手を、役割で固定する。

 かつて、戦場をさまよった時のように。


 この日、まよねこは、

 ――戦うことを思い出したのであった。



 

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