0098.見習い冒険者になる為に
これは、ヴェルたちを見送り、
ゴードンの家に残った『まよねこ』の
――野望に萌えた成長譚である。
旅立ちの朝から、
納屋と母屋の間は妙に騒がしかった。
キロロの鳴き声、
ミキのごぼうが風を切る音。
そこに混ざって一番やかましいのが、
まよねこのねっとり早口だ。
「デュフッ! ヴェル殿との誓いを果たす為!
一日でも早く追いつかねばならぬでござるよ!
偶然という名の必然! 出会いは運命!
一万年と二千年前から決まってたでござるぅ!!」
口からこぼれる言葉が、
口の中で一回発酵してから外に出てきた。
みたいな湿度を持っている。
2000年代初期の、
古のネットの匂いをそのまま噴霧する生き物。
それがまよねこだ。
「相変わらずじゃ。お主は何を言ってるのか、
さっぱりわからんわい! ホッホッホ!」
車椅子のゴードンは豪快に笑いながらも、
目だけはまよねこの顔をちゃんと見ていた。
冗談を笑っているようで、
言葉の奥の“本気”を拾っている目だ。
「まよねこは語彙力豊富そうで中身はゼロヨ!
今のも要約すると、冒険者になりたいって
面倒な語彙で言っただけヨ!」
ミキがトレードマークのごぼうで、
ペシペシとゴードンの肩を叩く。
肩叩きをしているつもりである。
キロロはその様子を見ながら、
「きゅ〜♪」と鳴いた。今日も平和だ。
平和なのに、言葉だけが濃い。
「ふむ。冒険者になりたいのかね?
まよねこやい」
ごぼうで叩かれて、顔を蕩けさせながらも、
ゴードンは真剣に尋ねた。
笑っていても、
相手が“何かを願う声”を出した瞬間に
目の色が切り替わる男だ。
「な、なりたいでござる!!
今や、拙者の残されたウイニングロードは、
そこにのみ伸びている次第でござり、
曲がりくねった道でもあり、
人生の勝利とも言えるその大目標!
例え辛く険しい道だとしても、
その為なら拙者は……!」
「長い、三行ヨ!!」
バシィッと、ごぼうが地面に叩きつけられた。
音が良すぎて、まよねこの背筋が反射で伸びた。
「ひ、ヒィッ!
つ、つまりですね、その……!
冒険者になりたい!
その為にはどうしたらいいのか!
何でもやります! でござる!!」
「まったく、まよねこと話すと疲れるヨ!
ちゃんと話せるのはミキだけヨ。
でも、他の人とも話せるようにならなきゃヨ」
毒舌のくせに、目だけが妙に暖かい。
それをゴードンも背中で感じ取ったのだろう、
ホッホッホと笑い、まよねこに答えた。
「お主が冒険者になるのは容易かろう。
ゼノン様がお主の指名手配を解く過程で、
ガレスにもお主のことを話しておる。
ほかの者同様、Fランクからじゃが、
ギルドに行けばすぐなれるぞい!」
そう言ってゴードンは、
ミキに「肩叩きはもういいよ」の合図を送る。
行っておいで、と。
ミキもすっと理解した顔になった。
だが、まよねこは元・指名手配犯。
世間の地図が頭に入っていない。
「何ですと!?
ようやく拙者にも、チャンスキターー!!
……しかし、ギルドとは何処なのでござろうか。
詳細キボンヌな状態でしてアセアセ……!」
「ギルドの場所はミキがわかるヨ!
これ以上じい様を困らせないヨ」
ミキはまよねこの襟首をつまみ、
そのまま無理やり引きずる。
まよねこは抵抗しない。
むしろ嬉しそうに足が空を蹴っている。
「ゴードン殿、ネ申レス感謝でござるよぉ!!」
こうして、まよねこのクロムデビューが始まる。
◇
クロムに着いたまよねこは、
ミキの案内でギルド前まで来たが、
扉の前で立ち尽くした。
屈強そうな男たちが出入りしている。
鎧が擦れる音。剣の鞘が鳴る音。
男たちの背中に貼りつく“実戦”の空気。
それがまよねこの小さな勇気を、
じわじわ押し戻していく。
「行き交う男は皆旅人なり……デュフッ。
輝かしくて、拙者にはどうも、
生まれる場所を間違えたというか、
生まれる時代を間違えたというか……」
「良いから早く入るヨ。日が暮れるヨ」
ミキは半分飽きていた。
ごぼうで地面にごぼうを描いている。
誰も求めていない“ごぼうアート”が増えていく
なんともまあカオスな光景である。
そんなところへ、誰かが通報したのか、
ギルドの中から人が出てきた。
「あのぉ、一体ここで何を……?」
受付のお姉さんだ。
ヴェルたちの最初の頃から面倒を見ている、
お馴染みのあの人である。
まよねこは女性に免疫がない。
突然の“正面からの明るい女性”に
当然の如く、CPUが熱暴走した。
「ぶ、ぶひぃっ!? え、えっとその……
拙者は怪しい者ではなくでして、決してこう、
壁に貼られた依頼書を嗅いでいたとか、
そういう性癖ではなく……、
いや性癖はあるのですがそれは別件でして、
デュフフッ……!」
受付のお姉さんの眉が、すっと上がった。
怪訝の上がり方である。
痺れを切らしたミキが前に出た。
「ガレスに会いにきたヨ。その方が話が早いヨ。
まよねこは冒険者になりにきたのヨ」
それを聞いた受付のお姉さんは、
ぱっと表情を明るくした。
そして、手を合わせるように微笑む。
「あぁ、まよねこさんですね!
ヴェルくんから聞いてますよ!
もし、まよねこさんが冒険者になりたいって
ギルドに来たら、話をしてあげてほしい。
って伺ってます! 中はどうぞ!」
眩しい笑顔。眩しすぎて、
まよねこは逆に弱った。
そして、根回しをしてくれていたヴェル。
そのことが、まよねこの胸を一気に熱くした。
「ヴェ、ヴェル殿……!
拙者のような偏った存在にも、
かような救済フラグを……! デュフ……!
これはもう、友情ルート確定というか、
同郷の絆イベントというか……!」
まよねこは泣いた。男泣きである。
「まよねこはちょろい男ヨ」
ミキはそう言いながら、
まよねこの背中をぽんぽん撫でた。
毒舌の手つきが妙に優しい。
こうしてギルド前について二時間弱。
ようやく、ギルドに入った二人であった。
◇
受付のカウンターで、必要書類が出される。
「では、ここに記入を。
……ミキさんはどうなされますか?」
「ミキ? ミキも冒険者になれるのかヨ?」
ミキが少しだけ前のめりになる。
表情は相変わらず貼り付けたみたいな笑顔だが、
ごぼうのフリフリ速度が上がった。
テンションが分かりやすすぎる。
「本来は能力で顕現された者として、
冒険者にはなれないのですが……」
受付のお姉さんは丁寧に前置きして
ニッコリと笑みを浮かべてから続けた。
「異世界人のスキルによる顕現者は前例もあり、
今回はゼノンさんからも口添えがあるので、
問題ございませんよ♪」
「流石アノンのパパヨ。空気が読めるヨ!!」
ミキがごぼうを高速で振る。
ご機嫌の中のご機嫌である。
「これでまよねこを一人にせずに済むヨ!」
珍しく優しい言葉を言うミキ。
毒舌よりも、それがまよねこに刺さった。
またもや男泣きである。
ミキも、受付のお姉さんも見ないフリをした。
「では、ミキさんこの紙に記入を」
そうこうして、二人はサインを記し、
銅のプレートをそれぞれ渡された。
『まよねこ F』
『初風ミキ F』
二人はそれを手に取り、しばらく無言で眺める。
まよねこの目がキラキラしている。
ミキは無表情のまま、ごぼうを一度だけ、
きゅっと握って、プレートを手に取る。
「つ、ついに拙者もヴェル殿達と同じ冒険者!
長い道のりでござったよぉぉぉ!!」
「長いも何も、まよねこは走っただけヨ!」
そう言いつつ、ミキの声も少しだけ柔らかい。
その後、依頼の受け方、
ランク昇給の仕方を教わり、
せっかくだから依頼を受けることに決める。
「これはどうでしょうか?
ヴェルくん達も最初に受けた依頼になります」
差し出されたのは『ルマ草探し』。
ひと束100ゴルド。雑用の中の雑用だ。
けれど、ヴェルたちの“初めの一歩”と聞き、
まよねこは迷わず食いついた。
「ヴェル殿が辿った道を、
今度は拙者達が通る番でござる!
この道が続く先は自由の風!
拙者、これにするでござるよォォォ!!」
こうして、超見習い冒険者まよねこと
ミキの冒険者生活が、始まったのであった。




