0097.バンザイするリーダー
視点:ヴェル
それは、耳の奥で鈴が鳴るみたいに始まった。
やけに鮮明で、やけに眩しい。
痛みも恐怖もない、ただ“あの日”だけが、
勝手に呼び戻される。
「と、いうわけで聞ききましてよ二人とも!!」
あぁ、あの時の記憶か。
奴隷の時も何度も見た夢だ。
俺の五歳の誕生日。
俺のお祝いなんて忘れて、
リリーが胸を張っていた。
「わたくし、決めましたの!
王族なんてイヤ! 冒険者になりますわ!!」
姉さんが、呆れるように肩を落とす。
「またそんなこと言って……」
苦笑しつつも、
それでも姉さんはきちんと聞いている。
「いい!? 『十の未踏ダンジョン』よ!
場所だって全然わかってませんけど──」
リリーは指を折りながら、
世界の果てを並べていく。
「火山の奥とか! 海の底とか! 空の果てとか!
どこかに眠っていると言われてる『神域』!
そんなダンジョンを全部制覇して
“伝説の冒険者”になりますのよ!!」
そうだ。
あの日、その言葉が胸に刺さった。
ワクワクが、背骨を立たせた。
そしてそのワクワクが、
巡り巡って俺を坑道に落とし、
坑道が巡り巡って、俺を冒険者へ。
「ウィリィもヴェンも!
私と一緒に冒険者になりますわよ!」
リリー、俺は今。
──冒険者になったんだぜ。
◇
「……知らない天井。か?」
カタコト、カタコト。
不規則な揺れが背中を叩いて、
意識を引き上げる。
「いてっ!!」
全身が痛い。頭も痛い。
まぶたを開けた瞬間、世界が一段眩しくて、
次に飛び込んできたのは――木人形の顔だった。
「オい。ヴェル坊が起きタゾ」
「木人形……さん?」
近い、近いです。
うーん、木目のいい香り……って違うわ!
ほんのり鉄の匂いなのは武器の匂いだよね?
けして返り血とかではないよね??
「ヴェルさん!!」
「いつまで寝てるんじゃこの馬鹿者がぁ!!」
バタバタと音がして、セリアとアノンの声。
木人形が俺を抱き起こしてくれて、
ようやく状況が見えた。ありがとう。
ここは馬車の中だ。
揺れているのは車輪。痛いのは自業自得。
馬車の中にはセリア、アノン、カルド。
ゼノンさんとディアさん。
そしてリーゼロッテさんがいる。
紅茶を飲んでいる。馬車でも優雅。
「あれ、遺跡探索はどうなったの?」
俺の記憶は「勝ちだぜ」で途切れている。
恥ずかしい台詞で切れている。
「無事、完了したよ。心配しなくて良い」
ゼノンさんの声は、やけに温かい。
だが、その声を遮るように――のじゃロリ。
「そんなことよりお主の身体じゃ!
いつもいつも倒れおって! 軟弱者が!」
「本当ですよ。もう、本当に……」
セリアが泣いている。
いつもなら“にっこり怒る”だけのセリアが、
目元を赤くして俺の手を握った。
……今回は、相当心配をかけたらしい。
「ごめん。頼りないリーダーだな俺」
「違います。頼りになりすぎだから……
もうっ、何て言えばいいかわかりません」
「ポンコツじゃ! 心配させおって!!」
泣きベソのアノンを、ゼノンさんが撫でる。
視界の端でカルドが微かに口角を上げ、
ディアさんが「うふ♡」と笑う。
リーゼロッテさんはまだ紅茶を啜っている。
「いや、でも本当に。
毎回倒れて申し訳ないと思うよ」
「お主は修行ですら倒れる凡人じゃからな!!」
「ごめんってば……」
あの修行は思い出したくない。
完全に自滅だった。忘れたい……。
ゼノンさんが小さく咳払いする。
「さて、アノン。
ヴェルくんにも知る権利がある。
私に代わってもらえるかい?」
「ううー。父上が言うなら……」
アノンが渋々引き下がり、
ゼノンさんはしゃがんで俺の前に座り、
目線を合わせて続ける。
「まず、依頼は完遂した。お疲れ様だよ。
自由の風として、次の手柄がついた」
そう言って、指を折る。
「・古代機巧陸亀回収
・古代機巧巨人回収
・古代機巧大蛇回収
・古代機巧統治者回収
・マッピング17%の記録」
「自由の風が最も貢献したことになった。
特に統治者は初の回収だ。
核だけを見事に壊し、研究用としても十分。
ギルドからは後日改めて報酬が来るし、
既にこの件は新聞にもなって回ってる」
渡されたのは新聞の一面。
そこに写っていたのは――
余裕の出立ちのゼノンさん、ディアさん。
無愛想なカルド、にっこりアノン。
俺を心配そうに見てるセリア。
そして、木人形にバンザイさせられている、
──意識のない俺。
「これ……なんですか?」
「自由の風の全国デビューさ」
ゼノンさんがキラキラ笑う。
記事にはこうある。
『真ん中のヴェルは自由の風のリーダー!
今回の遺跡調査にて、その身と引き換えに
新種の管理者機巧を討った超新星!
先日、冒険者の間で話題にも上がった
S級ゼノンの昇級試験も記憶にまだ新しい。
要チェックの人材と言えるでしょう!!』
そして、S級コメント欄には、
――なぜかリーゼロッテさん。
『シャボン玉のヨうに華麗で儚キ男よ』
俺は反射でリーゼロッテさんを見た。
「使イ方、アってタ?」
「あってません。俺死んでませんから!」
「チェっ」
つーん、とした顔で紅茶を飲み始める。
なんてマイウェイ。
「まぁ、これから君たちはどんどん注目される。
これで自由の風への依頼が来始めるだろうね」
ハッ。
「まさか、そのつもりで??」
「それ以外に何があるんだい??」
いや、まぁ、確かにそうだけど。
……荒療治すぎるだろ!!
そして追撃。
「安心すると良い。フルコースもあるからね。
リズもしばらくの間いてくれるそうだ。
ゴードンの家で世話になるそうだよ」
「ヴェルぅ!
君ガ泣くまデ、世話にナルのをヤめナイ!」
木人形が、無情に言い放つ。
俺の安寧は、しばらく来ないようだ……。
◇
【視点:俯瞰】
ヴェルが馬車で叫んだ時から数日後。
水の国アクアリアの首都マールタウン。
虹の都に、とある七人が集まっていた。
八人掛けの円卓の一つは空席。
だが、残る七つに着座する面々は、
静かに言葉を交わしている。
「と、いうわけで。
穴埋めの方はお亡くなりになりました。
私の中で愛となって。ふふふ」
微笑むのは慈愛の緑。
知恵の紫の“代理”を屠った報告のようだ。
「あら、そうなの。
それは、残念で悲しいことだけれど。
……仕方のないことなのねぇ」
穏やかな微笑みで応じる青髪の女性。
信仰の青。
その声は優しいが、言葉は冷たい。
「死んでしまったのなら、きっと。
うん、信仰が足りなかったのでしょうねぇ」
「……で、話は終わりか〜?」
黄色髪のボーイッシュな女性が手を叩く。
堅固の黄だ。
「アタイ暇じゃないんだよねっ!
今年こそ結婚しなきゃいけないんだし!!」
橙髪の女性、希望の橙が身を乗り出す。
「諦めなければ実はなるはずですわ!
貴方に光は降り注いでおりますの!」
「だろだろ? アタイ今度こそは!
ぜーったい、いけると思うんだよね!」
赤髪の麗人、正義の赤が鼻を鳴らす。
「ふんっ、くだらん。
己が信ずる道を歩めば結果はついてくるものだ。
浮かれて規律を乱すようなら私が貴様を裁くぞ」
藍髪の薄幸な少女、節制の藍は小さく言う。
「慎ましやかに……生きていけたら……、
私はそれで……良いと思う……。
多くは……望んじゃ……ダメ、だよ?」
そこでエメラルドが、ふわりと手を上げる。
「ふふふ、話がそれてると思います。
でも、私は結婚は賛成ですよ? トパーズさん♡
結婚。それは愛を試される愛による愛の為の……」
「あっ、エメラルド姉さん!
ありがたいけど、姉さんは話長くなるから、ね?
アタイ、その……暇じゃないんだってば……」
笑いが起きる。
その笑いを、白銀の髪の美しい女性が
ふわりと静かに止めた。
「こうして貴方達と話す時間は、
とても充実していて素敵な時間と存じます」
女教皇アイリス。
彼女が口を開いた瞬間、円卓の空気が整列する。
「知恵の紫の代理の件は承知いたしました。
ヴィオラも、そろそろ記憶を取り戻す時です。
信徒たちの報告によると、今は土の国に居るそう。
そうなったら、どなたかお迎えに行ってあげてね」
「「「かしこまりました、アイリス様」」」
七彩の使徒の声が揃う。
アイリスは満足そうにうなづいて席を立った。
続くように一人、また一人と席を立っていく。
そして一人。
残ったエメラルドは深く微笑んだ
「土の国……ですか。
ヴェル様にも、そしてセリア様にも。
何事もなければ良いのですが……。
あぁ、愛ゆえに……心配です♡」
愛を口にしながら、
その瞳は冷たく光っていた。
エメラルドは一人で、ずっと。
ただただ、微笑んでいた。




