0096.だいじょうぶ
視点:ヴェル
「カルド、大剣を貸してくれ!!」
俺はまず、前で耐えている相棒に叫んだ。
統制者の腕が砕け、再生し、また砕ける。
その合間を縫って、
カルドがこちらへ視線だけを寄越す。
「──わかった」
何故? とも、持てるのか? とも聞かない。
全幅の信頼だけを乗せ、カルドは大剣を投げた。
空を切る重い音。
回転しながら飛んでくる鋼の塊が、
俺の手に吸い込まれる。
ずしり。
重い。
重すぎて、肩が持っていかれそうになる。
だが──今の俺には“風”がある。
次はセリアだ。
「セリア! 俺に循環をかけてくれ!」
「はいっ! 風の女神よ! 循環の力よ!!」
セリアの声が通る。
同時に、俺の身体の中を風が駆け抜けた。
循環の感覚が皮膚の下を撫で、
スーッとした感覚で血液の流れが整う。
足元の重さがわずかに消え、視界が澄む。
少しでも速く。
そして少しでも、マナを大剣に流せるように。
俺自身の循環のマナ。
セリアの循環。
重ねる。
重ねて、重ねて、重ねる。
その瞬間、世界が変わった。
……何だこれは?
遅くなった。
俺の速度が落ちたのか?
違う。違う。違う。
周りが、ゆっくりに見えているだけだ。
――循環か!?
重ねた循環が“思考の解析度”を上げたのか。
時間が伸びたように感じる。
風が、血が、神経が、一段階研ぎ澄まされる。
統制者の動きが“読める”。
攻撃の前の微かな姿勢。
バリアの厚みが揺れる瞬間。
関節が鳴るような駆動音。
今まで「でかい」「硬い」「強い」のやつが、
“構造体”として見え始めた。
さらに──
過敏になった感覚は、
奴の身体の中の“濃淡”まで拾っていた。
核そのものが見えるわけじゃない。透視じゃない。
でも、滲むように、濃い反応がある。
まるでサーモグラフィーみたいに。
心臓の周辺だけ、赤く見えるように。
(……だったら)
核がどこか分からなくてもいい。
あの“濃い場所”をこじ開ければいい。
こじ開けて、剥き出しにして見つければ良い。
俺は統制者の攻撃を風の滑走で避けながら、
ゆっくりと大剣へマナを込め始めた。
魔術としての風を。
渦を作り、刃を生むために。
クルクル……クルクル……。
鍋をかき混ぜるみたいに。
嵐の目を作るみたいに。
大剣の内部へ、マナを蓄積していく。
だが、言いようのない頭痛が襲ってきた。
過敏すぎる感覚。
“絶対感覚”みたいなものが脳を焼く。
見える情報が多すぎて、頭が悲鳴を上げる。
(……でも、痛いなんて言ってられない)
集中する。
大剣だけに。
この一撃だけに。
カルドが何か叫んでいる。
だが、聞こえない。
セリアが悲痛な顔をしている。
だが、モヤがかかっている。
アノンが背中で必死に喋っている。
だが、叩かれてる感覚すらもう鈍い。
俺の世界には、剣と、統制者と、
奴の赤い“濃度”だけがある。
しかし、さすがじいさんの大剣だ。
俺のナイフより、貯められる。
比べ物にならないほど、貯められる。
(これなら……やれる)
「アノン、奴の胸部だ!
そこを見てろ!!」
俺は先にナイフを投げつけた。
循環を乗せていない、ただの投擲。
カキンと弾かれ、床に転がる。
「わ、わかったのじゃ!!」
背中が震えている。
多分、返事をしてくれたのだろう。
俺の胸の奥の不安が少しだけ薄くなる。
「喰らえ、古代機巧統制者!!
繚乱旋風・重撃之嵐!!」
俺は大剣を振り抜いた。
風の刃が、球体の嵐になって飛ぶ。
切る、切る、切る。
鋼鉄を“掘り込む”ように、刃の嵐が突き進む。
統制者の胸部装甲が削れ、
ひしゃげ、剥がれ、露出する。
そこから覗くのは、硬質な回路と歯車、
そしてマナの濃い“核周辺”。
「あ、アレじゃ! 風のマナが濃いのじゃ!!
保〜持〜じゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
背から“のじゃロリ”の全力が漂った。
アノンの魔力が、俺の背中越しに走る。
対象を“保つ”のではない。
“遮断する”ための保持。
そして俺の視界にも見えた。
一つだけ“今、色が変わった球体”がある。
マナの光が、別の層へ沈むように変質した。
(……アレが核か)
緊急事態だと思ったのだろう。
奴は動きを止めた。
そこからの統制者の再生は速い。
破損を埋め、装甲を戻し、濃い場所を隠す。
俺は視線を逸らさない。
手元に投げナイフを再生成し、マナを込める。
残りの集中力を全部そこへ。
気が遠くなる。限界を迎えたのか、
痛みが戻ってくる。
耳が、世界の音を拾い始める。
アノンの叫びが聞こえはじめた。
セリアの声が聞こえはじめた。
カルドの足音が聞こえはじめた。
俺の呼吸が荒いのも今はわかる。
霞む視界。
遠のく意識。
治っていく装甲。
そして、治った直後の“核の位置”。
(まだだ……まだ……)
身体が先に悲鳴を上げた。
膝が落ちる感覚。
世界が斜めになる。
でも、目だけは逸らさない。
逸らしたら終わりだ。
頭痛。
身体の痛み。
全部、まとめて飲み込め。
「風穿……一閃……《ペネ…ト…レイト》ッ」
一切逸らさなかった“そこ”。
引っ張るのは風の手。
代々ストーム家に勝利を与えただろう風。
始まりはイノシシ。
次がグレイヴバード。
ゼノンさん。そして古代機巧陸亀
全ての戦いで、
俺はこの“始まりの技”と共にあった。
キィンッ、と高い音。
何かが砕けた音。
“核”が割れた音。
そして──統制者の動きが止まる。
巨大な機巧が、ぎこり、と一拍遅れて揺れ、
次の瞬間、崩れるように前へ倒れた。
「俺たちの……勝ち……だぜ……へへっ」
頭痛が、止んだ。
そして、無が始まった。
◇
視点:俯瞰
ヴェルの決死の一撃で、
古代機巧統制者は崩れ落ちた。
石床に巨体が大きな音と共に叩きつけられ、
衝撃が遺跡を震わせる。
「ヴェル!!!」
「ヴェルさん!!」
カルドとセリアが駆けつける。
アノンは背中から降りたまま、
呆然とその場で立ち尽くしていた。
顔から血の気が引いている。
「こやつ、目からも鼻からも血が出ておる!」
「私が治療します!!」
セリアが慌ててヴェルへ手を伸ばす。
だが、その手首が止められた。
木人形の手である。
「リーゼロッテさん!?
何で止めるんですか!!」
普段は聞かない声、セリアは怒鳴った。
それだけ必死なのだ。
だが、木人形は淡々と答える。
「ヴェル坊は循環ノ重ね過ギデ倒れタ。
そレ以上重ねルと確実に死ヌ」
セリアの指が震える。
治せない。治そうとすると、逆に殺す。
循環の副作用が、ここで牙を剥いた。
木人形はひょいとヴェルを担ぐ。
まるで軽い荷物のように、だが雑には扱わない。
「お前達モ、自分ノ心配をシろ」
カルドは平然としているように見えたが、
昨日の疲労を残したまま統制者の打撃を受け、
反射し、壁で支え続けた。
セリアは何度も零値点回帰を使い、
何度も全員分のバフをかけ直している。
アノンは長距離から高密度の保持を維持し、
マナの消費が重い連鎖する灼焔を撃った。
ヴェルほどではない。
だが、全員が限界に近い。
これで終わりなら。
倒れた統制者の横で息を整えて帰れるなら。
それなら別に、よかった。
だが、遺跡はそうはさせなかった。
「う、嘘っ……!」
セリアが息を呑む。
四方の壁が崩れ、
現れたのは数百を超える機巧の群れ。
猟犬型、兵士型。
銃兵型、飛行型。
量産型で木っ端。
だが数が違う。
“数百”という物量は、疲労した三人にとって、
見た瞬間に心を削る景色だ。
しかし、ここにはリーゼロッテがいる。
十万人を超える冒険者の中で、
ほんの十人ほどしかいない頂点。
S級、人形姫リーゼロッテ。
リーゼロッテは淡々と両腕を広げ、
木人形を次々と召喚する。
数十体。
物量に比べれば少ない。
だが、彼女は笑った。
「だいじょうぶ。リズがついてるから。
きみたちをぜったい、まもってあげる」
木人形ではなく、リーゼロッテ本人が言った。
そして、ニコッと笑みを見せた。
それは夜の焚き火みたいに、
短く暖かい安心だった。
――そこからは、作業。
レーザーは弾かれ、ミサイルは撃ち落とされ、
木人形の連携で、機巧は次々と屠られる。
十分もかからず、数百の機巧は全滅した。
呆気に取られる三人。
言うべき言葉が見つからない。
そこへ、木人形がドヤ顔で言った。
隣ではリーゼロッテが同じくドヤ顔だ。
「任務は遂行すル。部下モ守る。
両方やらなクちャあナらないッテのガ
S級ノつライとこロダナ」
そしてリーゼロッテは、
アノンへ向かっていつもの一言を投げる。
「使い方、あっテタ?」
「う、うむ……」
Aランク依頼
古代遺跡を探索せよ。
対処:古代機巧統制者
条件:非破壊での討伐
──完遂。




