0095.ボス戦:古代機巧統制者
開幕と同時に、俺は目を疑った。
景色を埋め尽くすほどのミサイルが、
こちらへ向かって飛んできたのだ。
天井から、壁から、床の刻印から。
どこに隠れていたんだと言いたくなるほどの数。
十数。
数十。
いや、百を超える。
金属の雨が、殺意の形をして降ってくる。
(終わった……?)
そう思った瞬間、背中から火が点いた。
“なす術はある”。
俺たちは、ここまでただの偶然で、
生き残ってきたわけじゃない。
「アノン!」
「わかっておるわ!」
俺の叫びに即応し、アノンが杖を掲げる。
その隙を、セリアが埋めた。
「火の女神よ! 活性の力よ!
土の女神よ! 保持の力よ!!」
活性で反応速度を、保持で耐性を。
二重の力が俺たちの身体を包む。
そして、真打。
アノン大先生の魔法である。
彼女は杖先をすっと向けた。
まるで指揮棒を振るみたいに、迷いがない。
「──連鎖する灼焔!」
ヒュォッ、と静かな音。
線を宙に引くように、橙の焔が走る。
一本の焔が先頭のミサイルへ触れた瞬間──
パァン、と爆ぜた。
だが爆ぜたのは炎ではない。
“連鎖”だ。
伸びた火線が次の弾へ。
触れた瞬間、また炸裂。
さらに伸び、また炸裂。
祖先から枝分かれしていく家系図みたいに、
火線が増殖し、空を塗り替えていく。
ミサイルの群れが、みるみる霧散していく。
あの数が、あっという間に“数”でなくなる。
それでも、爆風はくる。
破片も飛ぶ。
そこで俺たちが止まらない。
「零値点回帰!!」
セリアが前へ出て、杖を突き出す。
爆風の熱量が、波が、現象が、
――均されて、消えていく。
「繚乱旋風!」
俺は風の刃を撒き散らす。
飛んでくる破片を、
木の葉みたいに細切れにする。
切って切って切って、危険の芽を全部潰す。
……耐えた。
だが、相手は“統制者”だ。
この程度で止まるわけがない。
ミサイルが効かないと判断したのか、
巨体がゆっくりと腕を上げる。
強大な手で、虫を潰すように
俺たちへ振り下ろすつもりだ。
だが――それは悪手ってやつだぜ。
「不動明王……」
俺の相棒が前に出た。
いつもの無表情のまま、静かに呟く。
「鏡」
淡々と、片手を天へ伸ばした。
それは悪手に対する握手。
受けるでも、逃げるでもない。
“返す”ための受け。
手と手が触れた瞬間──
『ヒュッ──キンッ!!』
甲高い音。
次いで、こもった爆発音。
統制者の手が、内側から爆散するように砕けた。
金属の指が、火花を散らして飛び、床に転がる。
すごいことをしたというのに、
カルドの表情は一つも変わらない。
流石である。
「お、お主! 壊してはならぬと!!」
アノンが叫ぶ。
「片腕ならいいらしい。
ディアモンテが言っていた。
それに再生機巧が治す。
時間稼ぎでしかない」
カルドは淡々と言い切った。
確かに。
リーゼロッテさんも紅茶を啜りながら
平然としている。つまり、いいのだろう。
「よそ見している場合じゃありません!」
セリアの声が飛ぶ。
残った手の五指が光り、
俺の感覚が熱を拾った。
(ビーム……!)
「セリアの元に集まれ!」
俺の号令で一気に固まる。
セリアが零値点回帰で受け止め、
熱量を調和の力で無に帰す。
その間、俺はナイフにマナを込め続けた。
陸亀の時とは違う。
あいつは飛燕翼撃で腹を切れた。
だが統制者は違う。デカすぎる。高すぎる。
壁を走って登るようなことをしなきゃ、
核の位置を“上から”切っては探れない。
でも、やらなきゃ終わらない。
セリアのキャンセルも、アノンの魔術も、
カルドの鏡も。無限じゃない。
「まだ何も思いつかんのか凡人め!」
「無茶を言っちゃダメですよアノン!」
急かすアノン。宥めるセリア。
焦りは理解できる。
耐え続けるだけじゃ、いつか崩れる。
その時。
「ヴェル、お前に頼らせてもらう。
だから、俺たちを信じろ」
カルドが飛び出した。
セリアも俺の方を見て、ニコッと笑う。
その笑顔は“任せて”と言っていた。
セリアが走り出し、カルドに続く。
……アノンは残った。
「んぬぅ。べ、別にビビってるわけおらんぞ!?
後衛職じゃ! 仕方なかろう!!」
「何も言ってねぇよ」
俺は息を整えながら、アノンを見た。
この状況で一番必要なのは“解く鍵”だ。
「だが、アノンの知恵も貸してくれ」
「当たり前じゃ! 妾も自由の風なんじゃ!」
その横顔は、いつもの照れ顔じゃなかった。
本気の横顔だ。
「大蛇を無傷で捕獲したんだろ?
どうやったんだ?」
俺の問いに、アノンが一瞬、
気まずそうに目を泳がせた。
「ち、父上がやった……。妾じゃできぬ」
「それは別に構わん」
俺は首を振る。
「出来る出来ないは置いておいて、
どうやったか“原理”はわかるか?」
その言葉で、アノンの顔が
少しだけ救われたみたいに緩む。
「父上がしているのは
負の法術の『抑制』で相手を停止に近づけ、
『崩壊』で心臓部までの装甲を壊して、
核を保持で完全に遮断する方法じゃ」
「負の法術……初めて聞いたな」
俺は心の中で一つずつ噛み砕く。
抑制で機能を止める。
崩壊で装甲を開ける。
保持で核を封じる。
「アノンが出来ないのはどの部分だ?」
「ぜ、全部じゃな」
アノンが悔しそうに言う。
「そもそも負の法術は使える者は多くない。
保持も封印レベルで使うには長年の……
いや、すまぬ。言い訳じゃな……」
落ち込むアノンの頭に、俺は反射で手を置いた。
「言い訳じゃねえだろ。
出来ないことを出来ないって言うのは。
ありがとうな、教えてくれて」
手本にする人が完璧超人なのだ。
比べたら落ち込むに決まっている。
だがアノンは紛れもなく天才だ。
今だって、俺たちを守る魔術を撃ち続けられる。
「気安く頭を触るでない!」
と言いつつ、払いのけない。
が、調子に乗って撫で続けたら、
さすがに振り払われた。
アノンは髪を直しながら、ぷりぷりしている。
「ったく、いつまで撫でるのじゃ!
妾の髪の毛がグチャグチャじゃぞ……」
そういってボサボサになった髪は、
綺麗に少しずつ治って……、治って?
俺の視線が、はっと統制者へ戻る。
カルドが壊した腕は既に再生していた。
……が、また手をカルドが壊した。
壊す→治る→壊す→治る。
再生機巧。
研究目的。
破壊禁止の本当の意味。
――これだ!
「ありがとうよ、アノン!」
「な、何がじゃ!?」
俺達がやらなきゃいけないことを思い出せ。
なぜ、壊してはいけないのかを思い出せ。
『“壊しちゃダメ”ってのは建前よ♡
もちろん大ボスともなると話は別だけれど、
研究に回せるくらいには残せば十分なの♡』
ディアさんの言葉。
壊してはいけないんじゃない。
研究が出来ないのがダメなんだ。
つまり──壊しても『治れば』それでいい!
「アノン! 封印とまではいかなくても、
再生機巧のユニットだけを、
保持で“壊れないようにする”ことはできるか?」
「むぅ……自信はないが……やってみせる。
昨日、大蛇で再生の基盤は妾も見ておる!」
アノンの瞳が燃える。
「直接見えれば、妾がやってみせる!!」
決意の顔。
俺はそれを信じる。信じるしかない。
そして、信じたい。
「今から無茶をやる。俺に命を預けてくれるか?」
「んむ! それで活路が開くのなら仕方ない!
妾の命を背負ってみるが良い!」
「言ったな」
俺はアノンを担いだ。いや、背負った。
おんぶだ。完全におんぶ。
「な、な、なっ!? 何をするのじゃ!
背負えと言ったがこんな……!」
「風の滑走!!」
「はぐぅ!!」
俺は一気に加速した。
風が俺の足元を削り、
抵抗を消し、推進力をくれる。
アノンが『ぐぬぅ、はふぅ』と言いつつ
冬の猫みたいに縮こまって俺にしがみつく。
その温もりが、妙に現実味をくれる。
奴を倒す方程式は描いた。
待ってろ、古代機巧統制者。
お前を、自由の風が討伐してやる!!




