0092.パッとしたなら使ってもいい!
「と、いうわけで丁度いい。
リズ、明日の探索はヴェルくん達を
同行させてくれないかい?」
ゼノンさんのその提案は、
夜の冷たい空気の中でやけに軽く投げられた。
(唐突すぎるだろ……!)
相談なし。確認なし。
俺の人生、いつからこんな“決定済みの台本”に
巻き込まれるようになったんだ?
目の前では、ディアさんが露骨に眉をひそめる。
「やーよ、ゼノンちゃん。
この子が人間嫌いなの知ってるでしょ?」
(いいぞディアさん! もっと言って!)
俺の心の中の小さな俺が、全力で拍手していた。
人間嫌い? 物騒すぎる単語だが、
今はその言葉に救われたい。
リーゼロッテさん本人は、
白黒のゴスロリのまま無表情。
代わりに隣の木人形が、
カラコロと足音を鳴らして口を開いた。
「ヤだ。子供ノ相手は筋肉オカまニ任せタら良イ。
リズの近クに居たラ、切り刻ムよ?」
その瞬間、人形の背中から
肋骨みたいに刃がドバッと飛び出した。
もう嫌なんだけど。S級怖い。
この世界のS級、物騒なのが標準装備なのか?
ゼノンさんは、当たり前だが、
そんな刃物を見てもまるで動じない。
「もちろん、タダでとは言わないよ?」
にこ、と微笑んで続ける。
「……私のフルコースを。
と言ったらどうだろうか?」
リズさんが、ピクッと震えた。
いや、まさかまさか。
ゼノンさんの料理は確かにうまい。
うまいけど、S級が“揺れる”ほどか?
だが、木人形の刃が引っ込み、
代わりに人形が小躍りし始めた。
カラコロ、カラコロ、嬉しそうに音を鳴らし、
心なしか本体もニヤつきを噛み締めている。
「請け負ッタ。撤回ハさせナイ」
(マジで!?)
俺は変な声が出そうになったのを飲み込んだ。
「良かったよ。それじゃあこれ……」
ゼノンさんが差し出したのは、
手書きの“フルコース券”だった。
まるで肩叩き券みたいな紙切れ。五枚綴り。
端っこに、ちっちゃく「ぜのん」って書いてある。
……かわいすぎない?
千年郷が作る券がこれ?
「アノンの為に作ったんだけどね。
世の中何があるかわからないものだ」
(俺が一番思ってるよ!!)
S級が十人ちょいしかいない世界で、
なんで俺の周りに集まってるんだよ。
主人公じゃねぇんだから。俺、脇役顔だぞ。
そう叫びたいのに、
ゼノンさんの前だと口が閉じる。
どうせ言っても笑われるだけだ。
木人形がぬっと近づいてきた。
「ナら、風の小僧。ヴェルと言っタナ?
ヴェル坊と呼ブかラ、呼ばレたラ返事。イい?」
「わ、わかりましたリズさん!!」
反射で敬語になった。
次の瞬間、人形が一瞬で詰めてきて、
でかい鋏みたいな刃を俺の喉元に突きつけた。
「お前如キがリズ、と呼ぶナ。リーゼロッテだ。
さンヲつけロヨ、デコ助野郎」
(AKIRA!?)
なんでこの世界で、その語彙が出るんだ。
しかも自然に。
そしてゼノンさんの方を向いて、
心なしかドヤ顔で言うリーゼロッテさん。
「使イ方、アッてた?」
ゼノンさんがクスクスと笑う。
「ふふっ、呼び捨てされてから言うんだよ。
惜しかったね」
「ソうカ。難しイモのだナ」
……あぁ、この人が犯人だったか。
アノンの奇妙な語録といい、納得すぎる。
「ついデだ。前回、教えテくれタ
奇妙な冒険ノ話の続キも聞かセロ。
魂ヲ勝手に賭ケられタ花京ナントカは
どうなっタのか。死んダか?」
「良いだろう。今日は私のテントにおいで」
ゼノンさん達は、
まるで散歩の帰りみたいなテンションで
とてとてと歩き出した。
「もぉっ! せっかくゼノンちゃんと
二人きりで熱い夜を過ごせると思ったのに。
あんまりだわっ! ぷりぷり!」
ぷりぷり怒りながらディアさんも付いていく。
口で言っちゃうんだ……。
てか、俺のフォローは!?
放置? ここで解散?
俺、今、刃物突きつけられたんだけど?
S級に振り回された俺は、どっと疲れた。
今なら寝れるかもしれない。
いや、明日が不安で眠れないに一万ゴルド。
そして、カルドの魂もかけよう。
◇
寝れなかった。
俺の相棒の魂は無事である。良かったな。
まずセリアが起きて、カルドが起きて、
ぐぅすか寝てるアノンをセリアが起こして、
俺たちの二日目が始まった。
やつれた俺を見て、
カルドが無言で水を差し出してくれた。
優しい。勝手に魂を賭けてすまんな。
顔を洗い、保存食を腹に押し込み、
荷物を整えたところで、俺は打ち明けた。
「というわけで、だ。
今日のS級探索についていくことになった。
ヴェルくん達、って言ってたから多分全員」
リーゼロッテさんの特徴も、
できる限り説明した。
無表情の幼女。動く人形。丸鋸。
デコ助野郎。料理券で釣れる。
セリアは笑顔が固まり、
カルドでさえ眉間にしわが寄った。
「喜ぶべきことなんでしょうけど……。
ちょっと……その、お腹いっぱいですね……」
「同感だ」
親バカスパルタ大賢者。
視界大渋滞筋肉オカマ。
バイオレンス幼女。
まともなS級は居ないのだろうか。
アイリス然り。
「父上のすることには意味がある。
考えたところで凡人じゃ推し量れぬ!」
と言いながらアノンは妙に上機嫌だ。
お前、本当に……はぁ。
準備を終えて広場に向かうと、
昨日より明らかに人が増えていた。
たぶん、今日ようやく現地入りした
連中がいるのだろう。
「ふむ。何も知らず依頼を受けて、
今頃ここにたどり着いた奴らじゃろうな」
アノンがしたり顔で言う。
珍しく真っ当なことを言ってる。
広場の中心付近へ着くと、
まだゼノンさん達は居ない。
代わりに、目立つ集団がいた。
モヒカン。ゴム◯ムの実みたいな髪の奴。
金髪でスーツを着た兄貴っぽい奴。
真っ黒な服にフードを被った奴。
なんとなくどこかで見たことあるような集団。
「にしても、パッとした奴はいないっすね兄貴!」
モヒカンが金髪の男に言う。
一見優美な金髪の“兄貴”は、
そのままモヒカンを殴った。
「テッシィ〜。そんなんだからお前はよォ、
いつまでもマンモーニなんだぜッ!」
「げひぃ! 痛いよアマドリブルの兄貴!!」
……なんだコイツら。
どこの暗殺チームだよ。既視感の原因はそれか。
名前もノリも、セリフも全部が濃い。
「いいか、オレやオレたちの仲間は
“パッとしない”なんて言葉はつかわねぇ。
その言葉を思い浮かべた時にはッ!
実際に相手を殺っちまって、
もう既に消えてるからだ!」
いや暴君すぎるだろ。
「パッとした! なら使ってもいいッ!」
「ハッ! 言葉でなく心で理解できたぜ兄貴ッ!」
絶対理解してねぇし、意味わかんねぇぞ。
てか、それだと返り討ちにあってるよな?
言うなら『パッとしなかった!』じゃないの?
そうこうしていると、
広場の入口側がざわついた。
ディアさんとリーゼロッテさんがやってきた。
今日も喧嘩してる。
「こんなおチビと歩くなんて嫌な一日ねェ」
「こッチの台詞。汗臭イ。くたばレ」
「黙りなさいよ、アタシの身長縮んじゃうから」
「黙ルのハ化け物ノ方。
決着付けテあゲても良イよ?」
本当に仲良いのだろうか……。
と思った瞬間、
テッシとか言うモヒカンがずんずん前に出た。
「オイッ! そこの小娘とオカマッ!
ここは遊び場じゃねぇんだッ!!
チビと化け物はお家に帰って、
ママのミルクでも飲んでな!
このマンモーニがッ!」
おいおいおい、死ぬわアイツ。
そう思ったのも束の間。
一瞬で距離が詰まった。
リーゼロッテさんの人形が
胸元に大きな針みたいな刃を突きつけ、
ディアさんは指先を額に添える。
デコピンの構えだ。
怖い。どっちも即死ルート。
「お前如キが、ディアを語るナ」
「アンタがこの子を貶すのはダメよ?」
完全に一触即発。
そこに金髪の兄貴が飛び込んできた。
「てめっ、テッシ! 馬鹿野郎がッ!!
S級のディアモンテとリーゼロッテだぞ!?
……俺の弟分が失礼したッ!
アンタ達からしたら端かもしれねぇが、
俺の首でどうにかおさめてくれないか?」
テッシを蹴り飛ばしてから、
深々と頭を下げる兄貴。
いいよ、アンタ良い兄貴だよ……。
「んふぅ♡ アンタ良い男じゃない?
この子に謝ったら私は別にそれで良いわよ♡」
「化ケ物と言っタ事を訂正するなラどうデモいイ。
オ前の首なんテ興味もなイ」
リーゼロッテさん、怖い人だけど。
いい人かもしれない。
……俺、やっぱりちょろい。
「ね? 仲、良いだろう?」
背後から、いつの間にかゼノンさん。
この人、マジでいつも背後にいる。
こうして賑やかな朝となった。
これから俺たちはまた遺跡に入る。
二日目の探索が、始まるのだ。




