0087.アノン&ゼノン
視点:アノン
「ふむ。この辺りは報告に上がってないようだね。
アノン、気をつけて進むんだよ」
「勿論なのじゃ!」
父上の声はいつも通り穏やかで、
それが逆に妾の背筋を伸ばす。
父上が“気をつけて”と言う時は、
たいてい本当に厄介な何かが近い。
みんなと分断され、父上と二人で歩き始めて、
そろそろ一時間ほどだろうか。
遺跡の空気は冷たく、湿り気を含み、
金属と油の匂いが時折混じる。
石の通路には古い刻印が走り、
薄い光が点々と浮いては消えている。
まるで遺跡そのものが息をしているようじゃ。
遭遇する敵は大半が木っ端だった。
兵士型は鈍い足音を鳴らして近づいてくるが、
父上の視線が向く前に妾が燃やす。
猟犬型は牙を鳴らして突っ込んでくるが、
杖の一振りで吹き飛ぶ。
稀に飛行型が飛び出してくることもあるが、
妾の火球で空中花火になって終わりじゃ。
……正直、拍子抜けするほど順調だった。
だが、妾の胸の奥には、
ずっと針のような懸念が刺さっておった。
(あのAランクのパーティ……)
通路に転がっていた無惨な遺体。
穴の空いた胴。潰れた顔。判別できぬ装備。
不意を打たれたとはいえ、
あれほど一方的にやられるものなのかのう。
そんなことを考えておったら、
父上にはお見通しだったようじゃ。
「そうだね。アノンの考えてる通り。
この遺跡には“何か”が居る」
父上は歩みを止めず、
しかし声だけは少しだけ低くした。
「確認された陸亀。
そして、居るかはわからないが巨人。
しかし、あれらは基本的に巨大で、
通路で戦うために作られてはいない」
「じゃよなぁ……。とはいえ、じゃ。
こんな木っ端がやれるとは思えぬ」
妾は杖を軽く回し、周囲の気配を探る。
木っ端の敵なら、
遺体はもっと散らばっていて然るべきだ。
あの死に方は“兵士型や猟犬型”ではない。
「心当たりはないこともないよ」
父上は指先で空気を撫でるようにして言った。
「大蛇は通路でも戦える。
尾で打てば潰された顔にも合点がいく。
それに、大蛇は陸亀や巨人に並ぶ
“非量産型”だ。対策が積んである兵器だよ」
「対策……?」
妾の声が自然と硬くなる。
“対策が積んである”という言い回しは
嫌な予感しかしない。
「例えば巨人。あれは対魔法使い兵器で、
強力な対魔の吸収バリアが貼ってある。
戦うなら徹底的に物理で戦わねばならない。
再生機巧を積んだ鋼鉄の強大な力を相手にね」
「うげぇ……嫌な相手じゃのぅ。
父上はどうやって戦ったのじゃ?」
妾は思わず顔をしかめる。
魔術師に“物理で殴れ”など拷問に等しい。
「ん? それに気づくまでやや時間を要してね」
父上はさらりと言った。
「わかってからは天井を地表まで破壊し、
思う存分土魔法で打ち上げて、
落下ダメージで再起不能にしたよ」
「……」
妾は一瞬、言葉を失った。
“天井を地表まで破壊”で意味が分からぬ。
遺跡をぶち抜いて空まで開通させた。
ということかの?
「もう少し飛ばしたら……うん。
宇宙まで行っちゃってたからね。
そうなると『巨人は考えるのをやめた』
になっちゃうところだったよ。ははははは」
「さ、流石父上なのじゃ!!
妾に出来ないことを平然とやってのける!
そこにシビれる、憧れるのじゃぁ!」
妾は勢いよく胸を張った。
父上はやはり最高じゃ!
「そして、陸亀の方は守り特化でね」
父上は話を続ける。
「物魔共に強固なバリア機巧が積んである。
その分攻撃は手薄だがね」
陸亀。
こちらの遺跡にもいると言われていた。
「それも、父上は倒したことあるのかの?」
「うん。陸亀の場合は出力やコストの都合上、
吸収じゃないからね。
時を止めて、ひたすら殴ったら砕けたのさ」
「せ、セリフは……!?」
妾は思わず身を乗り出した。
父上の必殺の決め台詞は重要じゃ。
人生に必要な栄養分じゃ。
「アノアノアノアノアノアノアノアノ
……アノーン!!そして時は動き出す。だよ?」
「照れるのじゃ〜!///」
妾は頬を両手で押さえた。
何度聞いても最高じゃ!
父上はいつだって妾を全肯定してくれる。
妾の世界は父上で出来ておる。
「ただ、大蛇は少し厄介でね。
当時の私は倒せなかったのだよ」
「ち、父上でも!?」
喉がひゅっと鳴った。
父上が倒せぬ敵が存在する。
それはつまり、妾が出会ったら、
即死確定ということでは?
「大蛇の機巧は他のとは違ってね。
アレに睨まれてる間は……、
身体がジョジョに石化していくんだよ」
「なぜカタカナなのじゃ!?」
ツッコミたいところはそこではない。
石化。普通に物騒すぎる。
「石化なんて……」
「おそらく、睨むその瞳から
石化する何かを照射していると考えている。
ただ、あの頃の私ではそれを防ぐ術を
思いつかなかった。……だから退却したんだ」
父上が退却。
その言葉に、胸がずしりと重くなる。
父上が引くほどの敵。
それがこの遺跡にいる可能性がある。
「今の父上ならどうなのじゃ?」
妾は、思わず聞いてしまった。
父上の答えが欲しかった。安心が欲しかった。
父上は顎に手を当て、
「んー」と本気で悩む顔をする。
その悩み方が、怖い。
父上が悩む時点で大問題じゃ。
「そうだね。二十三通りの勝ち方しかないかな。
でも、大体どんな状況でもなんとかなる」
「赤子を殺すより楽な作業じゃな!?」
妾は勢いで言って、少しだけ反省した。
言葉が物騒すぎる。だが父上は笑ってくれた。
「ハハハ。このゼノン、容赦せん! だね!」
父上は本当に最高なのじゃ!
その娘である妾もしっかりせねばならぬ。
父上の隣で恥を晒すわけにはいかん。
妾達は異世界の奇妙な冒険語録を使いながら、
妾と父上は遺跡内を歩み続け、
着実にマッピングを進めていった。
通路の分岐を見つければ印を残し、
広間を見つければ壁面の刻印を確認し、
罠らしき魔法陣があれば迂回ルートを記録する。
父上の石板に触れるたび、
地図が淡く光り、線が増える。
妾はその“増えていく線”が少し嬉しかった。
今、妾は父上と同じ仕事をしている。
父上の横で、役に立っている。
未開拓部分の三分の一を妾たちで埋めた頃──
父上がニコッと笑った。
「ふふっ。どうやらヴェルくんとセリアくんは
上手くやったようだね。
陸亀の討伐報告が上がっているよ」
「ほ、本当か!?」
妾の声が弾む。
胸の奥に刺さっていた針が、
少しだけ抜ける感覚がした。
「発見場所から入り口までのルートも出てる。
彼らは問題ないようだね。
カルドくんもディアがいるから問題ないだろう」
「ぬふふ〜! 自由の風は安泰じゃのう!」
流石、妾たちの下僕じゃ!
帰ったら少しばかり褒めてやらんこともないの!
「アノンは自由の風を随分気に入ってるようだね?」
父上が、わざとらしく首をかしげる。
その目は、全部分かっている目だ。
「ま、まぁまぁの! 使えんこともない奴らじゃ!
セリアは妾の……その……親友じゃしな?」
言ってから、頬が熱くなる。
親友。
口にするだけで照れるのが悔しい。
「ふふっ。本当に良かった」
父上は優しく言って、妾の頭を撫でた。
「巨万の富よりも、無類の強さよりも。
それらより得難いのは……友人。
真に心を預けられる友人だよ」
「そ、そうじゃの。
意地悪な凡人も、大きな凡人も。
まぁまぁいい奴じゃしの。まぁまぁの!!」
強がって言うと、父上は少しだけ笑った。
その笑い方が、昔と同じで、胸が温かくなる。
「そうだね。彼らは……得難い人だよ」
その言葉の直後。
父上の空気が、変わった。
妾にも分かった。
通路の先から、違う“圧”が漂ってきたのじゃ。
「アノン」
「わかっておるのじゃ。この先じゃの?」
妾は杖を握り直し、呼吸を整える。
父上が一歩先へ進み、妾は半歩後ろにつく。
曲がり角を越えた先――
そこにいたのは、緩慢な動きの大蛇。
鋼鉄の鱗が連なり、スローモーションで
胴体が床を擦って嫌な音を立てている。
間違いない。古代機巧大蛇。
そして、その蛇の傍らに。
紫色のオーブを纏った女が立っていた。
目元は涼しく、口元には不敵な笑み。
その笑みは、慈愛とは対極の“知恵”の刃だ。
女は妾たちに気づくと、
ローブを翻し、芝居がかった声で言った。
「おやおや、これはこれは。
かの大賢者、ゼノンじゃあありませんか。
お初にお目にかかるね?」
「私としては会いたくない相手だったよ」
父上の声が低くなる。
「アメシストだね?」
「いかにも」
虹の都。七彩の使徒のひとり。
アメシストは、不敵な笑みで答えおったのだ。




