0084.零値点回帰
ごめんなさい!
前話の四英傑の二つ名を
天帝→剣聖 守神→覇王 に訂正しました!
変更できてなかった……
視点:ヴェル
俺達は、そこそこ広い広間に辿り着いた。
天井は高く、壁面には古い紋様が走り、
床の石は磨かれたみたいに妙に滑らかだ。
灯りは薄いのに、空気だけは張りつめていて、
息を吐く音すら響きそうな静けさがある。
中央にいるのは──でかい機械の亀。
甲羅は黒鉄の塊みたいで、
表面に円形の刻印がいくつも並んでいる。
脚は四本とも太く、胴体の下に、
収まりきらないほどの質量感を感じさせた。
生き物の形をした兵器ってだけで嫌なのに、
こいつは一段階格が違う圧を放っている。
「これってもしかして……」
セリアが、杖を握り直しながら呟く。
声が小さい。けれど、震えてはいない。
そこがセリアだ。
「あぁ。古代機巧陸亀だろうな」
「確か、強力なバリア機巧と
キャノン機巧って言ってましたね。
……あっ!」
セリアの声が跳ねた。
理由は単純だった。
……奴が動き出した。
何かが起動するような低い唸り。
ボディがふわりと持ち上がり、
四つの脚が立ち上がる。
その脚には、輪のような線が走り
床の刻印と共鳴するみたいに明滅した。
首が伸びる。
うん、亀だ。
形だけ見れば妙に親しみがある。
炎タイプのかめポケモンを思い出す。
(いや、呑気に思い出してる場合じゃねぇ)
亀の口が大きく開いた。
奥から、鉄の筒がせり出してくる。
「セリア! 避けろッ!!」
放たれたのは光線。いわゆるビーム。
キャノン機巧じゃないのかよ!
とツッコミが喉まで上がったが、その暇もない。
俺もセリアも横へ跳んだ。
だが、奴は首を振った。
照射が途切れないまま、
光の束が曲がってくる。
狙いは──セリアだ。
「セリア!!」
「大丈夫です!!」
そう返ってきた声は落ち着いていた。
けど、現実は落ち着いてない。
セリアが、避けられていない。
「セリア!!!!」
古代機巧陸亀は、
まるでセリアを跡形もなくしてやる
と言わんばかりに、長々と照射を続ける。
眩しくて直視できない。
白い光が空気を焼き、熱の柱が通路を塞ぐ。
俺の空間把握も役に立たない。
強大な熱量でノイズだらけになった。
距離も角度もわかるのに、読めない!
(救いに行け……!)
だが、足が出ない。
今の俺に何ができる?
風の滑走で飛び込んだところで、
あの光線を止められない。
大きな風魔法でも使えたら、
押し出して助けられたかもしれない。
けど俺は、まだ“矛の使い方”しか知らない。
風は刃に出来ても、壁には出来ない。
「セリ……ア……」
情けない声が漏れる。
クソッ、クソクソッ!!
なんだこれ!!
俺、何もできやしないじゃないか!!
空間把握? 避けられないものは避けられない!
助けられないものは助けられない!!
無敵でもなんでもない!
ちょっと人より理解できるだけの能力だ!
なんでこんなので調子に乗ったんだ!!
焦りが喉を焼く。
足元が冷える。
心臓だけがうるさい。
やがて、ビームの出力が落ちてきたのか、
光が細くなっていく。
その瞬間──俺の感覚が、戻った。
熱量が減ったせいだ。
空間把握が、ようやく“そこ”を捉える。
……セリアの身体は、
元の大きさのまま存在している。
「……え?」
言葉にならない息が漏れた。
「大丈夫ですよ、ヴェルさん」
光の向こうから、穏やかな声が聞こえる。
次の瞬間、光が途切れた。
そこにいたのは、無傷のセリアだった。
焦げも、煤も、焼けた匂いすら纏っていない。
いつもの白いローブの裾が、
ふわりと優しく揺れているだけ。
「ふふっ。内緒にしててごめんなさい」
セリアは少しだけ照れたように笑った。
「本当はあったんです。必殺技。
皆のように派手じゃないけれど……」
俺は、何も言えない。
息の仕方すら忘れていた。
「グレイヴバードと戦った時、
無我夢中で出来てた技を……
ゼノンさんに手伝ってもらって、
先日、完成させたんです」
セリアがこつこつと近づいてくる。
その足取りが、やけに頼もしい。
途端、古代機巧陸亀が
“腹を立てた”みたいに音を鳴らした。
甲羅の前方が開き、左右に筒が二本せり出す。
次に吐き出されたのは──火炎放射だ。
「おい! 次が来る!!」
「私に任せてください」
セリアは杖を前に突き出した。
迫る炎。圧倒的な火力。
距離があるのに、熱が肌を刺すはずなのに。
(……来ない?)
熱が、消えている。
炎の先端が、セリアの前で霧散していく。
まるで“燃える現象”そのものがほどけて、
周囲に溶け込んで消えていくみたいに。
「零値点回帰」
セリアの声は、自信に満ちて、
それでいて優しかった。
消えていく炎の向こうで、
彼女の瞳は澄んでいる。
「原理はヴェルさんのに似ています。
ただ、風の循環じゃなくて、私のは水の調和」
調和。
全てを均し、整える法則。
「全てのマナを、熱量を、現象を……
周りと同調させて、かき消して、無に帰す。
これが、私の必殺技ですっ!」
火炎放射が止んだ。
セリアが杖をバッと振り下ろすと、
残っていた熱の名残すら消え、
広間の空気が一気に静まり返った。
呆ける俺に、セリアが手を伸ばす。
「守りは私に任せてください」
その声は柔らかいのに、芯が強い。
「……攻めは、ヴェルさんしか出来ませんから」
俺はセリアの手を取った。
情けなくも、瞬間、諦めた。
セリアは死んだと思った。
……セリアを軽んじてた。
セリアは初めから、
ずっと俺たちより強い心を持っていたのに。
さっきのさっき、
「俺にはセリアが付いてる」って言ったくせに。
「情けないとこ見せてごめん。
……セリア、頼らせてくれ」
「ふふっ、勿論です!
物理以外は全て消して見せます!」
頼りになる、力強い声。
その言葉だけで、胸の奥の氷が割れていく。
「わかった。俺が矛になる。
セリアは盾を頼んだぞ!」
俺たちは、一人で戦う術を得た。
ゼノンさんやディアさんとの地獄で、
それは嫌というほど叩き込まれた。
でも。
俺たちは一人じゃない。
俺たちは……自由の風なんだ。
「いこう、セリア!」
「はい! 火の女神よ! 活性の力よ!!」
二つの活性が、俺の身体に流れ込む。
視界が澄み、足が軽くなり、心臓が強く打つ。
恐怖が消えたわけじゃない。
けど、恐怖の上に“覚悟”が乗った。
(気付かせてくれてありがとうよ、
古代機巧陸亀。お礼に、眠らせてやる)
対象:古代機巧陸亀
備考:古代の希少な大型兵器
条件:破壊禁止
──開幕。




