0083.ヴェル&セリア
視点:ヴェル
しかし……。
一体、ここはどのあたりなんだろうか。
支給された石板はゼノンさんが持っている。
地図も、共有すべき情報も、全部そっちだ。
俺とセリアは、入口から伸びてるはずの道を、
ただ歩いているだけになる。
通路は似たような石材で統一され、
曲がり角ごとに同じ高さの柱が立っている。
床も壁も天井も、目を凝らすと刻印が走り
一定の間隔で、光の粒が浮いては消えている。
明かりというより、施設そのものの呼吸だ。
空気が湿っているのに、土臭さが薄い。
密閉された、大きな箱の中にいる感覚がする。
「……セリア。ここ、迷路っていうよりさ」
「はい?」
「“迷わせるための道”って感じがする」
俺が言うと、セリアは少しだけ肩をすくめた。
顔が硬い。気を張っているのがわかる。
無理もない。
空間把握を広げる。
通路の先、曲がり角の向こう、上と下。
近くには何もいない。
少なくとも“生き物”の気配はない。
でも、それが安心にはならない。
生き物じゃない敵がいるともう知っている。
幾度か兵士型や猟犬型が出て来た。
出てくるタイミングがいやらしい。
視界の悪い曲がり角、あるいは柱の陰。
けど、俺にはそれが通じない。
空間把握で、来る“前”にわかる。
だから、戦闘は簡単になった。
「右から二体、左から一体。
……セリア、左お願い」
「はいっ!」
セリアは小さく頷いて、杖を構える。
撲殺天使の“撲殺”の方が出た、
この遺跡ではやたらと手際がいい。
相手が機械だからだろう。
人相手に振り下ろすのと、
壊れ物を壊すのは、たぶん心の温度が違う。
俺は風の滑走で一気に距離を詰め、
ナイフに風を薄く纏わせる。
抵抗が消える感覚。
刃の入りは滑らかに繋ぎ目に吸い込まれる。
兵士型が剣を振るう。
それより少し早く、俺は横へ滑る。
空間把握があるから、背中の柱にも、
もちろん、床の段差にも当たらない。
簡易的な風穿一閃。
溜めは短い。狙うのは“核”っぽい中心部。
キン、と硬い音。
中の回路が悲鳴を上げるような、嫌な震え。
兵士型が膝をつき、倒れる。
そのまま、再生する前に、もう一体へ。
セリア側でも、鈍い音が二回。
撲殺天使モードっ!とかいう、
やっつけ感の掛け声と一緒に、
グシャリと音を立てて、猟犬型が壁にめり込む。
「……大丈夫です!」
「ナイス」
訳もない。
そう言い切りたい気持ちはある。
実際、今の二体ならそうだ。
……不意をつかれれば危ういかもしれないが、
俺にはそれが通じない。
その自負はある。あるけど、同時に、思う。
もし俺が空間把握を持っていなかったら。
もしセリアが俺の声に反応できなかったら。
もし、あのAランクパーティみたいに、
何も見えないまま撃ち抜かれていたら。
背筋に冷たいものが走る。
俺たちも、ああなっていたのかもしれない。
そんなことを考えていたら、
セリアが声をかけてきた。
「ねぇ、ヴェルさん」
「ん?」
セリアは歩きながら、少しだけ視線を逸らす。
あの海みたいな瞳が妙に明るい。
「そういえば、ヴェルさんは……、
どうして冒険者になったんですか?」
「あー、話したことなかったっけ」
答えは簡単だ。
簡単で、面倒で、ややこしい。
《火山の中! 海の底! 空の果て!》
《十の未踏ダンジョンよ!》
《ヴェン、あなたも冒険者になりますわよ!!》
きっかけは間違いなく、リリーのあの言葉だ。
あの声が、俺の胸の奥をひっくり返した。
ワクワクが、世界の広さを教えた。
そのワクワクが、奴隷への道へ続き、
奴隷への道が、結局、今だ。
今の冒険者の道へと繋がっていた。
「神域。十の未踏ダンジョンに憧れて、だ」
「十の未踏ダンジョン……?
おじいちゃんからも聞いたことないです。
なんですか? それは」
「いわく、火山の中。いわく、海の底。
いわく、空の果て。誰も踏破していない、
あるかもわからないダンジョンらしい」
「えぇっ! な、なんですかそれ……!
すごくかっこいいじゃないですか!!」
「だろ?」
セリアの目が、子供みたいに光る。
普段の控えめさに騙されがちだが、
こいつは根っからの冒険者だ。
怖がりなのに、好奇心が勝つ。
優しいのに、血が熱い。
だから厨二の匂いを嗅ぐと、こうなる。
「まぁ、酒場とかでも聞いてみたけど、
知ってる奴はいないんだよなぁ。
ゼノンさんなら知ってるかもしれないけど。
でもまあ、そんなこと聞くと……なぁ。
ほら、修行が上増しされそうだから」
「確かに。ゼノンさんの修行って鬼ですから」
セリアは座学から始まったくせに、
いまや普通に殴り合い組だ。
撲殺天使として肉弾戦もする以上必要だ、
と、あらゆる魔法攻撃をぶつけられている。
アノンがセリアに甘いから、
俺たちほど苛烈じゃない……はずなのに、
まぁ、見てるだけで十分地獄だ。
セリアは少し笑った。
それから、ふっと息を吸う。
そして、足を止めた。
「でも、今。私はすっごく幸せです」
「ん?」
セリアは俺の目を見て続ける。
真っ直ぐで、逃げ場のない目だ。
こういう時のセリアは強い。
「あの時、私をパーティーに入れてくれて。
その……、ありがとうございます。
私を冒険者にしてくれて、本当に……」
言葉が、通路の湿った空気に溶ける。
俺は少しだけ、喉の奥が詰まった。
「お礼はじいさんに言えばいいよ。
それに、セリアが来てくれたのは
俺達にとってもありがたくて
……宝になってるからさ」
「ふふっ。私達、一生仲間ですからねっ!」
……かわいい。
撲殺天使の“天使”が前面に出てる。
やっぱりカルドルートは
納得がいかないかもしれない。
いや、カルドが悪いんじゃない。
セリアがかわいすぎるのが悪い。うん。
「英傑の再来と呼ばれたおじいちゃん達より、
すごいパーティーになりましょうね!」
セリアはルンルンで歩き出す。
通路の暗さが少しだけ薄くなった気がする。
気のせいでもいい。
「英傑の再来……か。
俺、風の英雄ストームの子孫だけど
あまり四英傑のこと知らないんだよなぁ。
五歳までしかいなかったし」
「ええっ! あ、でもそうですよね……。
良かったら私が話します!
おじいちゃんからの受け売りですけど!!」
セリアが嬉しそうに、言葉を並べる。
それは童話みたいで、神話みたいで、
でもこの世界では“歴史”だ。
かつて、千年に続く栄華を誇った
千年都市エリュシオン。
増長した民に怒った神々が天使を遣わし、
一夜にして滅ぼした。
そんか神々の中でも人の味方につき、
四人の女神が加護を与えた。
それが、かつて人々を救った四英傑。
彼らは天使を追い返し、神々と契約を結び、
信仰を条件に戦いを終わらせた。
そして四人の女神を主神として名を冠した国を
四英傑はそれぞれ作った。
剣聖と呼ばれた、
ストーム卿の『風の国ウインディ』
覇王と呼ばれた、
ガイア王の『土の国タイターン』
聖女と呼ばれた、
マール姫の『水の国アクアリア』
魔王と呼ばれた、
女帝フラムの『火の国フレイナス』
こうして人々は、女神と四英傑を讃え、
平和を享受しているという。
セリアは言い終えると、
少し誇らしげに胸を張った。
その顔が、どこか“守りたい”って
気持ちを呼び起こすのが厄介だ。
「だから、ヴェルさんって本当に本当に!
すっごい人なんですよ!!
あのストーム卿の子孫だなんて!」
「まぁ、自覚は全然ないけどな。
どう考えても姉さんの方が強いし……」
姉さん。ウィリィ。
そして、リリー。
おそらく、数年前に姿を消した二人。
俺だって転生した上で、
五歳までとはいえ、あの家で育った。
心配じゃないわけがない。
酒場で集めた情報によれば、
俺がいなくなったのにも関わらず、
ストーム家から“俺がいなくなった”
という情報は出ていない。
代わりに「病で表には出てこない」
ということになっていた。
政略の匂いがする。仕方ない。
父さんは騎士団長になった。
だが、次期騎士団長候補だった姉さんは、
騎士団に入っていないらしい。
騎士団の入隊年齢は十五。
それを迎えたのに、いない。
そして、お転婆で有名だったリリーも、
その時期から話を聞かなくなった。
大人になったのだ、と世間は言う。
でも、俺は思う。
王家は隠しているだけで
姉さんとリリーは出ていったんじゃないか。
確証はない。ただの推測だ。
「……まぁ、まよねこたちもいるし、
この依頼が終わったら風の国に顔を出すかなぁ」
「そ、そうですね!」
セリアの声が一瞬、揺れる。
顔が少し暗い。取り繕ってるが、バレバレだ。
英雄の血筋が冒険者なんて、
許されないかもしれない。
このパーティは解散になるかもしれない。
だから俺は帰るのを躊躇う。
ストーム家には感謝がある。
でも、いまの俺には、
もっと大切なものがある。
セリアとアノン。とくにカルド。
あいつらを、失いたくない。
自然と話は途切れた。俺とセリアは無言。
それぞれ警戒しながら長い遺跡の道を歩く。
カツ……カツ……と、
二人分の足音だけが響いた。
空間把握の中、
遠くで何かが“動いた”気配がした。
生き物じゃない。ということは……そうだろう。
俺はセリアに目配せし、
セリアは答えるように杖をグッと握る。
「大丈夫だ。俺たちなら」
「はいっ!」
感覚が捉えた大きな何かへ向かい、
俺たちは歩みを進めていった。




