0082.古代機巧巨人
視点:カルド
幸か不幸か。
古代機巧巨人は“歩かない”造りらしい。
鋼鉄の脚は床と噛み合うように据え付けられ、
動けない代わりに上半身の出力だけで
世界を叩き潰す設計なのだろう。
立ち上がってからずっと拳の軌道がぶれない。
俺は盾を前へ出し、腹の奥に力を沈める。
不動明王・壁。
ヴェルが名付けたその言葉が今はありがたい。
地に足を縫い付け衝撃を“流さず”受け止める。
保持と活性で身体を固める感覚が、
ようやく骨の奥まで馴染んできた。
見た目は子供と巨人の喧嘩だ。
だが、俺の目の端で踊る赤褌の化け物が、
何よりの説得力だった。
俺は、ディアモンテの拳を
何度も何度も受け続けて来たんだ。
なら、古代機巧巨人の打撃程度で
俺が崩れるわけがない。崩れてはいけない。
「カルドちゃん! アンタは壊しちゃダメよ〜
片腕は残しとかなきゃだし、
核は抜き取れないんだから♡」
ディアモンテが、
通路側で雑魚を蹴散らしながら叫ぶ。
兵士型や猟犬型が寄ってきては、
あいつの一振りで壁に飾り直されていく。
俺は盾越しに巨人の拳を受けながら、
舌打ちしたい気分になる。
「じゃあどうしろって言うんだ」
苛立ちは増していく。
不動明王・壁は無限じゃない。
マナを燃やす以上、底はある。
アノン達みたいに器用に取り込めない俺は、
使うほどに削れていく感覚がわかる。
熱でなく、骨の内側から乾いていく感覚だ。
二十三、二十四……。
俺は無意識に打たれた拳の数を数えていた。
穴の中で数えていたのはヴェルだけじゃない。
やることがないと人間は勝手に“区切り”を作る。
ヴェルに憧れて真似した癖が、
時を超え、今になって役に立っているようだ。
三十七、三十八……。
情報が足りない。
核を抜けない、壊すな、片腕残せ。
条件だけ増えて、突破口がない。
ヴェルなら、ここで何かを見つけていた。
坑道でも、あいつは自然に班を動かしていた。
俺は指示される側に慣れすぎていたようだ。
……だが、今はいない。
頼り切るわけにはいかん。
四十九、五十……。
俺は自由の風。
不撓不屈のカルド。
ここで折れたら、俺は俺を許せない。
例え、不動明王が切れようと。
例え、この身が壊れかけようと。
俺が先に音を上げるわけにはいかない。
五十八、五十九……。
鏡は危ない。
衝撃を返せば、拳どころか腕まで歪む。
集も、タイミング次第で壊しすぎる。
なら、探る。守って、観察して、
この巨人の崩せる場所を探すしかない。
六十五、六十六……ん?
拳の速度が、落ちている。
僅かだが確かに。
振り下ろしの間が伸び、駆動音が掠れてきた。
……こいつも無限じゃないのか。
動力源が尽きるか、蓄積が熱で鈍るか。
どちらにせよ、長引けば“奴が”崩れる。
俺は盾の角度を変え、
壁を一瞬だけ解いた。足が重い。
自慢じゃないが俺の脚は速くない。
だが、いま必要なのは速さじゃない。
隙間に身体をねじ込む意志だ。
次の拳が落ちる瞬間、
もう一度だけ腹を締める。
不動明王・壁。
受け止め、衝撃の“形”を掴む。
拳が戻る。
そのわずかな間に、俺は鋼鉄の脚へ前進した。
「片方があれば……いいんだよな」
腕は片腕は残したから良いと言っていた。
なら、同じだ。まずは片脚を殺す。
歩けない設計なら、脚は“土台”だ。
土台が歪めば上は傾く。
核に手が届かなくても倒して無力化できる。
「不動城塞……集!」
名はまだしっくりきていない。
だが叫ばないと身体がついてこない。
盾を振り抜き、着弾の瞬間に全身を固める。
移動の勢い、腕力、重力、全部を一点へ。
鈍い音。
脚が“凹んだ”。
凹んだだけだ。
だが、凹むなら、折れる。
次の拳が落ちる。
俺は壁で受ける。七十。
手が痺れる。肩が焼ける。
だが、足は滑らない。
そして、拳がまた振り上げられる。
「不動城塞……集!」
凹みが深くなる。
鋼の表面が歪み、巻き付く鉄の帯が軋む。
繰り返す。殴られ、殴り、殴られ、殴る。
数はもう途中で消えた。
残るのは衝撃と呼吸。
そして、腹の奥に残った意地だけだ。
……やがて。
古代機巧巨人の上体が、僅かに揺れた。
そして、ひしゃげた脚が悲鳴を上げた。
奴のその巨体が傾く。
剥がれた鉄の隙間から見えたのは、木。
硬そうな樫の丸太に、鉄を巻き付けている。
軽さと硬さを両立させるための構造か。
木なら砕ける。
中に機巧がないなら壊しても違反にならない。
「不動城塞……集!」
もう一撃。
丸太が割れ、巨体がさらに沈む。
拳が落ちてくるが、俺の感覚は慣れた。
恐怖より、作業みたいな執念が勝つ。
残る脚へ。
同じことを繰り返す。
身体の力が抜けていく。視界が狭くなる。
喉が鉄の味を覚える。
それでも、俺は盾を振った。
「俺が、不撓不屈だ」
どれだけやったかわからない。
勝てたのか、すぐには判断できなかった。
ただ、気づけば。
古代機巧巨人が“倒れて”いた。
片腕は残っている。
胸部はディアモンテが抜き取ったまま。
機械の目は、虚しく点滅していた。
「んふふ〜♡
ナイスガッツね。カルドちゃん♡」
ディアモンテが、いつの間にかすぐ横にいた。
息一つ乱していない。
雑魚の残骸が遠くに転がっているのが見える。
俺は膝に手をつき、肩で呼吸しながら言った。
「ヴェルみたいにスマートにやれねえんだ。
待たせて悪かった」
そんな俺の言葉に、
ディアモンテが妙に柔らかく笑った。
「……何言ってるのよ。惚れ直したわ♡
泥臭かろうと関係ないじゃないの。
むしろ、アタシのタイプよ?
こういう漢らしい戦い方って……さ♡」
「……勘弁してくれ」
俺は、ヴェルみたいになりたい。
だが、なれないものに
縋り続けるわけにもいかん。
俺は俺のやり方で、並ぶ。
並んだと言い切るのはまだ早いが、
少なくとも“ここで倒れなかった”事実は、
これからの俺の足場になる。
「でも……。流石よ? 不撓不屈ちゃん♡」
「ただの諦めの悪い男ってだけだ」
俺は倒れた巨人を見下ろした。
焦げた石片の匂いが鼻につく。
道の向こうはまだ遺跡が続く。
どれだけ続こうと。
諦めることは、ない。
VS 古代機巧巨人
──勝者 不撓不屈 カルド。




