0081. カルド&ディアモンテ
すみません予約が夜になってました……
視点:カルド
「んまぁっ! 大当たりじゃないのよぉ〜♡」
ディアモンテの声が、やけに反響する。
広間、というよりも、天井の高い“空洞”だ。
石造りの壁はところどころ黒く焦げた跡がある。
床には砕けた石片と古代機巧の欠片。
踏めば乾いた音が鳴り、
静寂の中でそれがやけに大きい。
俺たちが近づいた先には、確かに“何か”がいた。
巨大な影が、鎮座している。
いや、鎮座という言葉が似合うほど、
そこに“置かれている”。
古代機巧巨人。
名前だけは聞いていたが、
実物を見ると笑いも出ない。
城門ほどの背丈。肩は梁のように張り、
腕は樽を三つ積んだような太さだ。
装甲は黒光りし、関節の隙間に走る金属の筋が
妙に生物じみた気味悪さを醸している。
「確かに大きくて……硬くて……ご立派ねぇ♡
いやぁん! しかも黒光りしてるわぁ♡♡」
ディアモンテが、目を輝かせて言う。
こいつの口から出る言葉はいつだって不穏だ。
「ねぇねぇ、カルドちゃん♡
まずはアタシに戦わせてちょうだい?
お願いよぉ〜!」
腕に絡みつかれた。筋肉の塊が、
ぴたりと密着してくる。
最悪だ。重い。熱い。圧が強い。
「わかったから抱きつくな」
「つれない〜♡」
ふざけた口調のままディアモンテは前へ出る。
この状況で余裕があるのは、
素直に尊敬する。……尊敬したくないが。
「ゼノンちゃんが言うにはね、
すっごく逞しいって聴いてるわん。
アタシの踊る相手に相応しいかもって♡」
ディアモンテが、突然スカートを捲るように
ワンピースを脱ぎ捨てた。
「な、何してんだアンタは!!」
視線のやり場に困るとかそういう次元じゃない。
敵の前で脱ぐな。意味がわからない。
「大丈夫よ? 下履いてるもの♡」
赤褌一丁。
そして、筋肉。
俺も鍛えている。鍛えてきた。
だが、目の前のそれは別物だ。
“鍛えている”という言葉の範囲外。
筋肉の盛り上がりは鎧の板金の如く。
皮膚の下に鉄が詰まっているように見える。
生身のはずなのに、圧がある。威圧ではなく、
存在そのものが武器になっている。
「さ〜て、じゃあ……始めようかしら」
ディアモンテが歩み寄った瞬間。
巨人の目が、青白く点った。
「──敵性反応ヲ確認。プロトコルヲ開始スル」
金属の声が広間を満たし、巨人が動く。
空気が震えた。
石粉がふわりと舞い床の欠片が小さく跳ねる。
さっきまで“置物”だったものが、
確実に“兵器”へ変わった。
巨木のような右腕が持ち上がる。
そして、遠慮なく振り下ろされた。
あの質量。
直撃すれば、城門が壊れる。
人間なら粉になる。
だが。
「んっふぅ〜ん♡♡」
ディアモンテは片足を床へ踏み鳴らし、
左腕をすっと立てた。
構えというより、腕をそこに置いただけ。
次の瞬間、衝突音が来た。
『ガギンッ!!』
鉄の扉を斧で叩いたような音。
耳がじんと痺れる。
そこにいたのは、
微動だにしないディアモンテだった。
踏み鳴らした足が床に突き刺さっている。
床石を砕いて、身体を固定したのか。
そんなこと、人間がする動きじゃない。
「ディアモンテ!!」
叫びは遅い。
ディアモンテは笑っていた。
「危険レベルヲ訂正。脅威度ヲ……
準英傑レベルへ変更スル」
「準英傑だなんて光栄ねぇ♡」
巨人が拳を連打する。二撃、三撃、四撃。
拳が落ちるたび床が震え、壁が鳴る。
だがディアモンテは、
いつの間にか手すら使わず、
ただ、仁王立ちで受けていた。
……受けている。
“受けている”のに勝っているように見える。
「んふぅ〜♡
確かにアタシといい勝負だったわね。
昔、聞いた時のアタシ……なら!」
ディアモンテが、
振り下ろされる拳へ拳を合わせた。
拳と拳がぶつかる。
そして、結果が信じられない。
古代機巧巨人の腕が砕けた。
きゅうりで釘を叩いたみたいに砕け、
金属片が雨のように降り注ぐ。
夢かと見間違うような景色に、
俺の口から出たのは、感想ですらない。
「壊して良かったのか?」
「いいのよ♡
右手がなくても左手があるじゃない?
片腕なんてなくても研究とやらには
なーんにも影響ないわ♡」
そう言って、床から足を引き抜き軽く跳んだ。
そして、ひしゃげた右腕の付け根へ
踵落としを叩き込む。
豆腐に箸を落としたみたいに、右腕が落ちた。
音が軽いのが、逆に怖い。
「もう、今のアタシじゃ話にならないわ♡
十年前だったら熱ぅ〜い勝負出来たのに。
んもぅ、ザンネンねぇ♡」
「──破損甚大。修復プロト……」
「何言ってんのよぉ〜♡」
ディアモンテが胸部へ拳を突き入れた。
装甲が割れる。
中から四角い板のようなユニットを引き抜く。
巨人の動きが一瞬、鈍る。
「いや、だから壊していいのか?」
「ダメよ♡ でも綺麗に部品を取ったから。
アタシはいいの♡」
ディアモンテはそれを人差し指で
今日にくるくると回し、無邪気に笑う。
「さて、と。これが、アタシの力よ?
『愛裸武勇』
肌を露出すればするほど力が高まるの♡」
「気持ち悪い力だな」
「いけずねぇっ!」
内容は最悪だが、強さは本物だ。
俺の中で、冷静な計算が告げる。
今の俺では、この男に勝つ道はない。
勝負にならない。
例え盾を構えても、
拳で粉にされる未来しか見えない。
ディアモンテは、急に真面目な目をした。
いや、真面目に見えるだけで服は着てないが。
「とまぁ、そんなわけで。
こっからはカルドちゃん、アンタの出番よ♡
修復機能は潰しておいたわ。
あとは壊さずに相手をしてあげなさ〜い?」
ディアモンテがワイ字バランスを始める。
ふざけているようで、周囲へ目は向いている。
状況の把握が早い。
こいつは戦闘狂だが、馬鹿ではない。
「理解不能。対処不能。応援ヲ要請……」
金属の足音が増える。
通路の奥から、複数の反応。
兵士型と猟犬型だろう。
ディアモンテが楽しそうに舌を鳴らした。
「雑魚はアタシに任せなさーい♡」
ディアモンテが足を水平に振り抜く。
それだけで、兵士型が壁へ叩きつけられ、
猟犬型が空を飛ぶ。
丸太で薙いだみたいな軌道。
団扇で仰いだみたいな軽さ。
強い。強すぎる。
「強者個体以外ノ個体、殲滅ニ入ル……!」
巨人の視線が、俺へ向いた。
青白い光が、狙いを定める。
片腕を失っている。修復機能も切られた。
それでも、圧が消えない。殺意が消えない。
空気が、俺の肩へ乗るみたいに重い。
俺は盾を構え、深く息を吸った。
地に足をつけろ。腹に力を入れろ。
押されて靡くな。引かれて追うな。
大地を味方につけて、動かざる山となれ。
ジュラの言葉。
そして、ヴェルが名付けてもらった“型”。
不動明王・壁。
名前がどうであれ、やることは一つだ。
「……相手をしよう。俺の名はカルド。
不撓不屈のカルドだ」
俺がそう告げた瞬間、巨人が踏み込んだ。
床石が砕け、重量の波が押し寄せる。
俺は腹に力を入れ、足裏で地面を噛んだ。
マナが、土へ沈む感覚。
身体の輪郭が、重くなる。
自分が“そこに固定される”。
巨人の左拳が、叩き落ちてくる。
俺は盾を前へ。
受ける。
耐える。
ただ、耐える。
衝撃が来た。
腕が軋む。骨が鳴る。
だが、足は滑らない。
床が沈む。石が割れる。
それでも、俺は動かない。
守りきれ。
ディアモンテの笑い声が遠くで響く。
「いいわよカルドちゃん♡
その顔! その意地! そういうの好きよぉ♡」
好きとか言うな。
俺は歯を食いしばり、視線を上げた。
目の前の巨大な機械が、次の拳を振り上げる。
……戦いは、始まった。




