0077.先に進もう
「さて、いこうか」
ゼノンさんが、静かに立ち上がった。
長い外套の裾が、遺跡の床をさらりと撫でる。
「このまま置いていくのか!?」
口が勝手に動いていた。
あの、無惨なままの亡骸たちを。このまま?
何事もなかったみたいに通り過ぎるのか!?
喉の奥が、さっきまでと別の意味で熱くなる。
せめて、埋葬ぐらい──そう思った瞬間、
アノンが俺とゼノンさんの間に割り込む。
「貴様が情に厚いのはわかっておるが、
それは間違いじゃ……」
「なんでだよ! 本気で言ってんのか!?」
思わず声が荒くなった。
アノンは一瞬だけ目を伏せてから、
ゆっくり言葉を並べる。
「……一つ、彼奴らを殺った者が
まだこの近くに居る可能性がある。
二つ、キリがない。
行く先々で処理をする暇があるなら、
根本を断ち、死者を増やさぬほうがよい。
……理屈では、その方が良いのじゃ」
最後の方の声は、
さっきの死体を見た時の様に細くなっていた。
いつも強がってるけど、
アノンもアノンなりにしんどいんだろう。
言ってることは正しい。
俺が今ここで意地を張ったところで、
状況は変わらない。
それどころか、俺たちまで戦力を落としたら、
あの人たちみたいな死体が増えるだけだ。
「アノン、怒鳴って悪かった」
素直に頭を下げると、
アノンはふんっと鼻を鳴らした。
「よい。貴様は素人じゃからの」
「お前だってそうじゃん」
「妾は父上とダンジョンに何回も潜っておるわ」
そういえば前にそんなこと言ってたな。
……さっき「ひぃっ」って
俺より先に悲鳴上げてたけどな。
「ヴェル君の心配も分かるがね」
ゼノンさんが手に持った石板を軽く掲げる。
「この支給された石板には、
依頼を受けた者の情報も登録されている。
……そしてマップに“遺体発見”の詳細も
この石板には書き込める。そしてそれを見て、
任務が終わり次第、ギルドが回収に入る。
彼らはきちんと埋葬されるよ」
「そっか……」
頭ではわかる。
だけど、視界の端に転がる腕や、
割れたプレートがちらつくたび、
胸の奥がひきつった。
そんな俺の横に、
温かい何かが飛びついてきた。
「ヴェルちゃんは本当にいい子ね♡」
「ちょっ! えっ? はぁっ!?」
ディアさんの大きな腕が、
ぎゅうっと俺の上半身をホールドしてくる。
いろんな意味で包容力がありすぎる。
「でもね、亡くなったあの子達に
私達がしてあげられるのは、
アノンちゃんの言ったとおりよ。
早く終わらせて、埋葬してあげましょうね♡」
「わかったから! 力強い!! 肋が!?」
ジタバタしてもビクともしない。
なんだこのパワー。
これでも“手加減してる”んだろうけどさ。
「ええい、いい加減離してやらぬか!!」
アノンがポコポコと
ディアさんの腰あたりを杖で叩き始めた。
全然効いてないけど、気持ちはありがたい。
「あらっ、もしかして……♡」
「む! つまらぬことを言うと、
父上に燃やしてもらうぞ!」
「それは困っちゃうわぁ♡」
ディアさんはようやく腕の力を緩めた。
現実は何ひとつ変わってない。
けれど、さっきまで喉の奥に溜まっていた
重いものが、少しだけ薄くなった気がした。
「よし。ならば、今度こそいこうか」
ゼノンさんが石板を操作しながら言う。
「ヴェル君、空間把握を途切れさせないように」
「はい!」
深呼吸を一つ。意識を周囲に広げる。
空間把握の“網”を通して、周囲の気配を探る。
今のところ、近くには誰も──何もいない。
問題なし。
俺たちは、再び遺跡の奥へと足を進めた。
◇
「この辺りからは、マップの詳細がない。
慎重に進むようにね」
ゼノンさんの声に、
俺たちは自然と足を緩める。
前衛:カルドとディアさん。
中衛:俺とセリア。
後衛:ゼノンさんとアノン。
典型的な“教科書通りの隊列”
──なんだけど、前衛の一人がS級オカマ。
そして、後衛の一人が千年郷。
って時点で教科書ビリビリだ。
そして、それは本当に“すぐ”だった。
「前に四つ! 人型が二体……後は犬か?」
空間把握にひっかかる影を読み取って、
俺は前方を指さす。
壁の向こうに、ガコン、ガコン、と
嫌な機械音が響き始めた。
「兵士と猟犬だね。
どちらも破壊許可対象だ」
ゼノンさんが即答する。
カルドは「出番だ」と言わんばかりに、
大盾を前に構えた。
「んふ〜♡」
ディアさんは首を左右に倒し、
骨をポキポキ鳴らす。
なんだろう。
戦う前の癖なのかもしれないけど、
毎回ホラーにしか見えない。
暗い通路の向こうから、四つの影が姿を現す。
一見して、人ではないのがわかる。
兵士型は、映画で見たようなことのある
ロボットみたいなやつだった。
石のようなマットな表面の金属で組まれた
手足が妙に長く、骨盤と胸が極太のチューブで
繋がったような独特な姿。
顔の位置には、無機質な目が二つだけ存在し
その中心で紅い光が揺れている。
猟犬型は、四足の金属フレームに
刃のついた顎。動きは獣そのものだ。
「来るぞ」
カルドが一歩前へ出た、その瞬間だった。
「爆炎旋風・核!!」
耳に馴染みのある、けれど少し違う響き。
グレイヴバード戦で聞いたアノンの大技だ。
「おまっ! こんな狭い通路でそんな大技!!」
慌てて叫んだが、目の前の光景は、
俺の知ってるそれと違っていた。
前のように、視界いっぱいを焼き尽くす
“広がる爆炎”じゃない。
鮮やかな紅が、ぎゅっと一点に
まとめられたように押し込められている。
火と風の魔力が渦を巻き、
兵士と猟犬の胸元あたりで“球体”として現れ、
膨れるように広がったと思えば
奴らを閉じ込めるような大きさで止まる。
そして、次の瞬間音もなく、内側から爆ぜた。
ボン、ともドカン、ともつかない、
圧のある衝撃だけが空気を震わせた。
炎も煙も、ほとんど漏れてこない。
球がほどけた後に残っていたのは──いや、
「欠片すら……ねぇ」
床に散らばった粉状の残骸だけだった。
俺の知っている爆炎旋風なら、
もっと派手で、もっと“広がる”。
今のはまるで、
“爆発を閉じ込め内側だけを消し飛ばした”
みたいな、そんな感じだった。
「す、すごい……」
セリアが両手で口を覆い、
目をまん丸にしている。
カルドとディアさんは、同時に肩を落とした。
「……出番がない」
「アタシの見せ場がぁ……」
二人とも不服そうだ。
前衛って、こういう時一番損だよな……。
そんな空気の中、
アノンのドヤ顔ボイスが背中に刺さる。
「ふふんっ! 妾の弱点の『広範囲すぎる』は、
これでなくなったのじゃ!!」
腰に手を当て、胸を張る(出てないけど)。
さっきまで俺の後ろで震えてた奴と
同一人物とは思えない。
「うんうん、流石だよアノン!
特訓の成果が出たね!」
ゼノンさんが、完全に“親の顔”でうなずく。
「なのじゃなのじゃ〜!」
親子でキャッキャしている。
……ここ、ダンジョンなんすけど。
ジト目で見ていた俺に気づいたのか、
アノンがコホンとわざとらしく咳払いした。
「これで、必殺技が出来たのは、
貴様らだけではないということじゃ!」
また平たい胸を(以下略)。
「あぁ、そういえば」
ディアさんが俺たちの方を見た。
「ヴェルちゃんの風の滑走に、
カルドちゃんの不動城塞神楽殿♡
アタシ好みの良い技よねぇ♡」
「名前言うと恥ずかしいからやめて」
真面目に褒められてるのに、
なんだか気恥ずかしい。
カルドも微妙な顔をしている。
……いや、お前がつけたんだろ
その厨二全開ネーム。
「……もしかして必殺技ないの、
私だけですか??」
ぽつり、と呟かれたセリアの声が、
背中に刺さった。
杖を両手で握りしめたまま、俯き加減に。
小さく、でもはっきりとしたトーンで。
……聞こえなかったことにしておこう。




