0076.冒険者の裏側
カツ……カツ……。
石を打つ足音だけが、
やけに大きく響いていた。
天井は高く、壁は無駄に綺麗で空気は冷たい。
さっきまで外で聞こえていた人の声も、
工事の音も、ここには一滴も落ちてこない。
遺跡ってのは、こう、もっとジメジメしてて
コウモリとか飛んでてくれた方が
まだ安心できたのかもしれない。
ここはやたら整然としてて、
逆に“生きてる建物”感がある。
何が出てきてもおかしくない。
むしろ何か出てこないと
損した気分になるレベルの雰囲気だ。
いや来なくていいけど。
沈黙が、耳の内側をじわじわこすってくる。
耐えきれず、俺は口を開いた。
「エンシェントギアシリーズって奴さ、
再生するって言ってたけど、
どうやって倒すんだ?
てか……壊したら駄目って説明だったのに、
入口からずっと壊されてなかったか??」
振り返らなくてもわかる。
通路のあちこちに転がる破片。
金属とも石ともつかない板状の部品や、
歯車みたいなものが散乱している。
あれが全部、古代機巧ってやつの
“残骸”なのだろう。
「一つ目の答えは“核”を封じることだよ」
前を歩くゼノンさんが、
肩越しに穏やかに言った。
「私であれば、土の保持で封殺できる。
ディアなら──已む無く“抜き取る”だろうね」
クスクス、といつもの柔らかい笑いが続く。
“抜き取る”って物騒な単語を挟んでるのに、
この人が言うと何故か日常会話みたいだ。
「じゃあ、アタシが二つ目♡」
ディアさんが嬉しそうに手を挙げる。
「“壊しちゃダメ”ってのは建前よ♡
もちろん大ボスともなると話は別だけれど、
研究に回せるくらいには残せば十分なの♡」
言いながら、足元の残骸をコツンと蹴る。
「続きは私から話そう」
ゼノンさんが、肩から提げていた
魔法版タブレットもとい石板を取り出した。
表面には複数の文字列が並び、
そのうち一つを指先で軽く叩く。
「ごまんといる兵士型なら、
数体“美品”があればいい。
大抵こういう時は仮設ギルドに引き渡し、
サンプルが十分な敵は“破壊許可”が出ている」
石板をこちらに向けてくれる。
確認出来た敵対ユニット──という項目で、
ズラッと六つほど名前が並んでいた。
その横に、小さく刻まれた文字。
破壊許可:有
破壊許可:有
破壊許可:有──
その中で、ただ一つだけ
“破壊禁止”の文言がある。
「古代機巧陸亀……」
セリアが小さく読み上げる。
「そう。“トータス”はいわゆる
強力なバリア機巧とキャノン機巧を搭載した
めったに見つからない希少種だからね。
この遺跡でも一体だけ見つかっているようだ。
相対した者は撤退したと書いてある。」
敵の情報は仮説ギルドに話すと
こうやって反映するらしい。
エンシェントトータスの場合、
他の遺跡でも見つかっているため、
情報がのこってるんだとか。
ゼノンさんはタブレットを俺達に見せた後、
自分専用っぽい石板をもう一枚取り出した。
「こっちは、私のオリジナルなんだけどね」
さささーっと、
指先で素早くページを送っていく。
こういうところだけ、妙に“現代人”っぽい。
「古代機巧はいくつも存在する。
ここではまだ見つかっていないだけで、
他にも多く眠っている可能性がある」
そう言って、画面をこちらに向けた。
いくつかある名前の中に
最近聞いた名前を見つけた。
「古代機巧巨人……」
「ディアモンテさんが言ってたものですよね?」
「そうよぉ、セリアちゃん♡」
ディアさんが嬉々として食いつく。
「ゼノンちゃんが言うにはね。
──大きくて、硬くて……立派なんだって♡
しかも、何度でも立ち上がって、
すっごく元気らしいのよぉ♡」
「言い方……」
俺が突っ込むより早く、
セリアが真っ赤になってうつむいた。
ディアさんが喋ると、
全部そっち系に聞こえる。才能だと思う。
いらない才能だけど。
「とにかく」
ゼノンさんが小さく咳払いして話を戻す。
「基本の量産型は壊してしまって構わない。
研究に回されるのはどうせ魔導局だからね。
問題ない損壊具合も、私が把握できる」
(相変わらず万能感すげぇな……)
この人、出来ないことってなんなんだろう。
……あ、アノンの前で自制することだけは
出来てないか。そこだけは人間味がある。
そんな他愛もないことを考えながら
歩いていた、その時だ。
「ひっ……!」
先頭付近にいたアノンが、短く悲鳴を上げた。
次の瞬間には、
ダダッとこちらに駆け戻ってきて、
俺の背中へ躊躇なく隠れる。
「お、おい。どうし──」
問いかけて、足が止まる。
視線の先、通路の真ん中。
そこに、数人分の“形”が、
崩れたまま転がっていた。
「そんな……」
セリアの声が小さく漏れる。
「こういう危険と、隣り合わせってことだな」
カルドが静かに言った。
声はいつも通り低いのに、
その握った拳の白さが、
彼なりの衝撃を物語っている。
ゼノンさんとディアさんは
“慣れている”のかもしれない。
二人は表情一つ変えずに、
遺体に近づいていった。
通路の真ん中には、五つの身体がある。
鎧は抉られ、服は裂け、
あちこちが不自然な方向に曲がっている。
普通に生きていれば決して見ないはずの
“内側”が、そこかしこから覗いていた。
顔が判別できない人もいる。
銃弾か何かを頭部に受けたような痕もあれば、
巨大な何かに押し潰されたような痕もある。
ついさっきまで“人”だったものが、
無惨に、“もの”へと変わった光景だった。
「どうしたら……こんな死に方を……」
自分でも聞き取れないくらいの声で、
思わず呟いてしまう。
喉がきゅっと細くなって、
うまく息ができない。
「ふむ。聞いたことのない名前だね」
ゼノンさんが、ひざをつき、
それぞれのプレートを確認している。
その声も、いつもよりわずかに低い気がした。
ディアさんが、俺たちの方へ振り返る。
「アナタたちは、そこにいなさい」
いつものふざけた調子じゃない。
けれど、声はやわらかかった。
なるべく俺たちをこの光景から
遠ざけようとしてくれているのがわかる。
「全員で五人、か」
ゼノンさんが、プレートをなぞりながら言う。
「ふたりはBランクのようだね。
残りはA……いや、一人は新しい。
昇格直後のAかもしれないね」
「五人とも、アタシも記憶にない名前ねぇ」
ディアさんは眉をひそめた。
「Aランクになったばかりで、
ちょっと背伸びしちゃったのかもしれないわ」
「よくあることだが……」
ゼノンさんは、そっと顔が無事だった遺体。
その遺体の目を閉じてやりながら続けた。
「いつ見ても、気分のいいものではないね」
俺たちは、ついこの前、
Cランクに上がったばかりだ。
銀のプレートを見せ合って、
子供みたいに喜び合って。
“Cからは一人前だ”“ここからが本番だ”って。
正直、浮かれていた。
そんな俺たちより上。
しかも、Bの更に上。
S級という例外を除けば、
実質“最高ランク”とも言えるAランク。
その領域に片足を突っ込んでいた人たちが、
ここで──こんな形で、終わっている。
寝て起きたらAランクでした。
なんてことはない。
この人達だって、鍛えて、苦労して、
考えて、壁を何度も乗り越えて、
ようやく、そこに立った人達だろう。
きっと、それは今の俺達以上に。
「……」
アノンは、俺の背中の陰で震えていた。
いつもの尊大な口調もなく、
袖をぎゅっと握っている。
セリアは顔を手で覆いながらも、
指の隙間から目を離せずにいる。
カルドは、何も言わない。
ただ、奥歯をきつく噛みしめていた。
冒険者。
俺たちが今まで知っていたのは、
“夢”と“希望”の方だけだった。
強くなって、上に行って、
でっかい依頼をこなして、いつかS級に。
──そんな、都合のいい側面だけ。
当然存在するはずの“裏”の部分。
死に方も、終わり方も、
誰も保証してくれない現実。
俺たちは今、それを目の前に突きつけられ──
その憧れの、当然存在する裏の部分を。
今、きちんと理解したのだった。




