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【祝1ヶ月&1万PV!】空気を読めない男、空気を読んで最強に至る ~10年間の暗黒奴隷生活。空間を数え続けた俺は、物理的な”空気”を読み切って成り上がる~  作者: ミツキイザナ
第二章 二つの風

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0074.慈愛の緑



 「ど、どうも」


 とりあえず俺は、

 条件反射みたいに会釈して挨拶を返した。


 ゼノンさんとディアさんの空気が

 あからさまに険しかったし、

 出来れば深入りしたくない相手。

 ってことくらいは、さすがの俺にもわかる。


 ……けど、してしまった挨拶。

 それが引き金だったらしい。


「ふふっ、挨拶は愛の始まり。

 貴方には愛があります。ヴェル様」


 エメラルドは、胸の前でそっと両手を組んだ。


 慈愛の微笑み、みたいな顔をしてるのに、

 目の奥がぜんっぜん笑ってない。


「貴方には、アイリス様のもとで

 私と共に“愛”を学べる素質があります。

 従って、貴方の愛を深めるために──」


(やばい、なんか始まった──!!)


 前世を思い出す。


 ピンポーンと鳴った玄関を開けたら

 ニコニコした人がいて、

 気づいたら二時間くらい話を聞かされてた。


 あの悪夢の再来である。

 この人、絶対ああいう系だ。


 どうしようかと

 一瞬で思考のギアを上げた、その時──


「何を勝手なことを言っておるのじゃ」


 横から、アノンがずい、と前に出た。

 ローブを揺らして、顎をツンと上げる。


「此奴は妾の下僕。

 貴様らのような狂人どもと

 関わりを持たすつもりはない」


(おぉぅ……)


 いや、待て。

 いつ正式に“下僕”になった?という疑問と、

 “狂人”に向かって「狂人」なんて

 直球で言うなよっていうツッコミが、

 頭の中で盛大に衝突する。


 そして案の定──


「……狂人?」


 エメラルドの微笑みが、

 ぴきり、と音を立ててひび割れた気がした。


「私はともかく、アイリス様も“狂人”と?」


 声のトーンは穏やかなままなのに、

 周囲の空気がぐわっと重くなる。

 空気の密度が上がったみたいに、

 肺に入る息が急に苦しい。


「アノン様。貴方は

 今、“狂人ども”とおっしゃいました。

 私の敬愛するアイリス様を……

 狂人呼ばわりするなんて!」


 エメラルドの瞳が、ぞわりと揺れた。

 感情が溢れ出す、というより、“濁った液体”が

 じわじわ増えていくような、不吉な変化。


「愛に誓って。愛をもって。

 愛に従って。愛を──!」


 膨れ上がる“狂気”が、

 目に見えそうなほど空間を歪ませている。

 内側を冷たい針で刺されてる様な不快感だ。


(うわ、やっぱヤバい人だった!!)


 そう思った瞬間──


「そこまでだよ、慈愛の君」


 柔らかいはずの声が、

 今は刃みたいに鋭く響いた。

 同時に、風がうねる。


 ぶわっ、と目に見えない何かが

 エメラルドを殴りつける。


 空気の塊に何度も叩きつけられているような

 鈍い音が、連続して響いた。


「百歩譲ってヴェル君は良いとしても──」


(いや、譲らないで!?)


「アノンにその矛先を向けるなら、

 容赦しないよ」


 ゼノンさんの周囲で風が渦巻き、

 目に見えない拳になって、

 エメラルドの体をボゴボゴッ!!

 と打ち据えていく。


 その中には、どう聞いても

 “骨が折れた音”が混じっていた。


「「えええええっ!!」」


 俺とセリアの悲鳴が、ぴったり重なる。


 忠告とか、穏便なやつじゃない。

 普通にぶっ飛ばした。問答無用開幕パンチだ。


「大丈夫よぉ。

 慈愛の緑には傷一つ残らないから♡」


 ディアさんが、腰に手を当てながら、

 笑ってのほほんと言う。


「いや、でも今ので多分、骨が──残らない?」


 “つかない”じゃない。“残らない”だ。


 つまり──

 壊れても、元に戻るってことか?


 ゆらり、とエメラルドが上半身を持ち上げた。

 さっきまで床に叩きつけられていた体を、

 何事もなかったかのように立ち上がらせる。


「あぁ……痛みによる愛……♡」


 口元を押さえ、恍惚とした表情で

 身をふるふると震わせている。


「ですが、その愛も──アイリス様の愛で。

 そう、全てがすべて上塗りされていく……」


(ダメだこの人、ヤバい人“じゃない”。

 物凄くヤバい人だ……!!)


「愛が私を作り、愛が私を動かし、

 愛が私を染め、愛が私を許して、

 私から──新たな愛が生まれるッ!」


 ぐしゃりと歪んでいた腕の骨が、

 内側から押し戻されて真っ直ぐになっていく。


 わずか前まで頬を伝っていた血が、

 まるで時間が巻き戻ったみたいに

 傷に吸い込まれ、跡形もなく消えた。


 完全に“元通り”だ。


「こんな素晴らしい愛を……。

 貴方がたも、賜りたくはありませんか?」


 さっきよりも深い笑みを浮かべて、

 エメラルドが一歩近づいてくる。


(結構です!!)


 と言いたい言葉も出ない恐怖。

 もう怖すぎて、足が勝手に一歩下がった。


 セリアも顔を引きつらせている。

 アノンに関しては「う、うぬぅ……」と

 唸りながらカルドの背中に半分隠れていた。

 あのアノンが引くレベルって、どんだけだよ。


「ディア、殴り飛ばしておいてくれるかい?」


「了解よ♡」


 ディアさんが一歩前に出る。

 腰を落とし、拳を下から斜め前へ

 ──アッパー軌道の構え。


「じゃ、ちょっと散歩してらっしゃいな♡」


 床を砕くほどの踏み込みと共に、

 拳がエメラルドの鳩尾へ突き上げられた。


 ドガァンッ!!


 衝撃で地面がびりびり震える。

 エメラルドの体が『くの字』に折れ、

 そのままロケットみたいに……。

 天へ向かって飛び上がった。


 きりもみ回転しながら、

 空の点になるまで舞い上がり──

 そのまま森の奥の方へ。


 流れ星みたいに落下していった。


 ……たぶん、また元通りになるんだろう。

 それが余計に怖い。


「さぁ、行こうか」


 ゼノンさんは、

 いつも通りの穏やかな笑みに戻って言った。

 もう完全に“終わったこと”として扱っている。


 俺たちも、口を挟むタイミングを見失って、

 ただ、うなずくしかない。


 カルドは何も言わなかったが、

 目は「関わりたくねぇ……」と

 雄弁に語っていた。


 こうして俺たちは、

 半ば逃げるようにして拠点を後にし──



 古代遺跡の暗い入り口へと、

 足を踏み入れたのだった。



 

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