0069.次のステージへ
──さて、そろそろ良いだろう。
君たち、依頼を受けに行くよ。
朝一番。
ストレッチも終わってないタイミングで、
それは唐突に告げられた。
ゼノンさんの宣言である。
ひと月は経っただろうか。
相も変わらず、俺たちの生活リズムはこうだ。
朝、ディアさんの地獄特訓。
昼、ゼノンさんの魔法講義&実技。
夕方は、各自自主練か、街へ買い物だ。
しかしギルドからCランクの依頼は……来ない。
けど、無駄に過ごしていたわけじゃない。
日に日に俺たちの動きは良くなっていった。
カルドと俺の連携。
セリアの入り方。
アノンの魔術の合わせ方。
ちょっとした視線や息遣いで、
次に誰がどう動くか分かる瞬間も増えてきた。
一番の変化は、
セリアが特訓に混ざったことだ。
「私も、自由の風ですから!」
そう言った時のセリアの目は、
冗談ひとつない、本気の覚悟を帯びていた。
「これで断っちゃ女が廃れるわねぇ」
ディアさんは、
そう言って白い歯を見せて笑った。
「うふっ、アナタみたいな子、大好きよ♡」
口調は軽いが、その後の扱いは、
俺たちとまったく同じだった。
殴るときは殴る。
投げ飛ばすときは投げ飛ばす。
受け損ねれば容赦なく尻餅をつく。
誤解されそうだが、
正直、俺はそれが嬉しかった。
ディアさんも、きちんとセリアを
俺たちの“仲間”として
見てくれているんだと思えたからだ。
……ただのオカマゴリラじゃないんだな、と。
……口が悪くなってきたのは、
特訓が地獄のせいだ。たぶん。
◇
朝の殴り合い地獄を終えたあと、
汗と埃を洗い流し、少し腹に物を入れたら、
次はゼノンさんの魔法講義タイムだ。
アノンとセリアは言うまでもなく、
俺とカルドも全員参加。
風の滑走も、不動なんたらも、
結局は“マナの流し方”が肝だからだ。
「風属性を“付与する”時と、
“乗る”時の違いは何だい?」
「えっと……対象か、自分の身体か、ですか?」
「半分正解だね。
セリアちゃん、残り半分、分かるかな?」
「……対象に流すか、
空間の流れに混ぜるか、ですか?」
「そう、その通り」
アノンの“感覚で覚えろ”式の説明と違って、
ゼノンさんの話は理論立てていて、
すごく頭に入りやすい。
図を描き、例えを出し、
マナの流れを“視覚化”させながら話してくれる。
同じことをやっているはずなのに、
理解度が段違いだ。
これが“教え方の差”ってやつだろう。
「カルド君。君の不動の構えは
“受けるため”だけじゃない。
反撃への起点にもなるんだよ」
「反撃……?」
「力を流すだけではなく、
“一度留めてから返す”イメージだね。
山にぶつかった強い風が、
斜面を滑って上空へ舞い上がるように」
そう言いながら、ゼノンさんは小石を
軽く弾き、カルドの胸元へ飛ばす。
カルドは反射的に構え、石を胸板で受け止め
──その反動で、前足が一歩だけ自然と出た。
「……こうか」
「そう、それ。
今の一歩が“攻めへの切り替え”になり得る。
覚えておくといい」
そんな毎日を繰り返し、
「まあだいぶ慣れてきたな」と
俺たち自身が思い始めたタイミングで。
──冒頭の爆弾発言である。
◇
「いつまでもCランクでは困るからね」
食卓で紅茶を飲みながら、
ゼノンさんはさらっと言った。
「無いなら仕事を引っ張ってくればいい。
私がやると言えば、
世界中から仕事が来るからね」
そりゃそうだろうなぁ、としか言えない。
世界のてっぺんにいる人の言うことはでかい。
「というわけで君たちが受けるのはコレだ」
テーブルの上に、一枚の書類が置かれた。
分厚い羊皮紙。端にはギルドの正式な封蝋。
そこに踊る文字。
A級依頼
新たに出現した古代遺跡の調査と対処
報酬:一千万ゴルド
「「「え、A級!?」」」
俺とセリアとアノンの声が綺麗に揃った。
カルドはと言えば、いつも通り寡黙なまま、
目だけが大きく見開かれている。
銀プレート取りたてホヤホヤの俺たちCランク。
いきなりA級。
たたでさえ飛び級でEからCになったのに、
Cの依頼を一つも受けないままAランク依頼。
おかしいにもほどがある。
だが、ゼノンさんは
そんなのお構いなしと返事をする。
「あぁ」
ゼノンさんは紅茶を一口含み、
当たり前のように頷いた。ニコニコである。
「私がパーティに入って受ければ通る。
心配しなくていい。私一人でもこなせる。
なのに、彼女もいるんだ」
そう言って、視線を横に滑らせる。
そこには、ソファに片肘をかけて座り、
足を組んでこちらを見ているディアさん。
「んふっ♡」
親指を立ててウインクしてきた。
元気だなこの人。
「というわけで、私とディアをパーティに
入れるために……ギルドへ向かおう」
当然の顔で言われても、
心の整理が追いつかない。
A級依頼。
報酬一千万ゴルド。
桁の感覚がバグる。
じいさんのドラゴンステーキの話が、
急に現実味を帯びてきた。
「ちょ、ちょっと待ってほしいのじゃ!」
先に声を上げたのはアノンだった。
「妾たち、まだCになったばかりじゃぞ!?
A級など、普通はBランクでも
手が届かぬ領域じゃ!」
「だからこそ、だよ」
ゼノンさんは椅子から立ち上がり、
窓の外を指さした。
クロムの街。
小さな家々と、遠くに見える鉱山の影。
「この街に、Cランクの依頼が
回ってくるのをただ待つだけでは、
君たちの時間が勿体ない。
才能も、足も、今は前を向いている。
止めるには惜しすぎる」
穏やかな声なのに、
言っていることは無茶振りだ。
「それに──」
ゼノンさんは、俺たち四人を順番に見た。
「君たちなら、私の後ろで“守られているだけ”で
終わるつもりはないだろう?」
図星だった。
Cランクのまま足踏みしている間も、
どこかでずっと燻っていた感情。
ゼノンの娘、紅蓮の大魔導師。
撲殺天使。
不撓不屈。
風雲児。
二つ名だけ立派に先行していくのが、
正直、ちょっとむず痒かった。
「……行くしか、ないか」
気づけば口が勝手にそう言っていた。
「ヴェルさん……」
セリアが不安そうな顔をする。
けど、その目の奥には、
恐怖だけじゃない何かが見えた。
「行こう。どうせ逃げても
ゼノンさんたちはどこまでも追いかけてくる」
半分冗談、半分本気で言うと、
カルドがふっと笑う。
「あぁ」
短く、それだけ。
「ふんっ。まぁ良かろう。父上がついておる
まぁ、失敗などありえんか」
アノンは相変わらずの自信家ぶりだが、
膝の上にはそっと握りしめた手が見えた。
「決まりだね」
ゼノンさんは満足そうに頷き、
ローブの裾を軽く整える。
「では、行こうか。ギルドへ」
まだ心の整理はついていない。
けれど、足はもう立ち上がっていた。
◇
クロムのギルドへ向かう道。
俺たち四人に加え、S級が二人。
道行く人々の視線が、まあ、刺さる刺さる。
「あれ、ゼノン様じゃない?」
「隣にいるの、金剛鬼の……」
「え、あの子たち、一緒に歩いてない?」
ひそひそ声が風に乗って届く。
「ヴェルさん……目立ってますね……」
「見ないふりしよう。
現実から目を逸らす訓練だ」
「それ、良い訓練ではないと思います……」
セリアのツッコミが正しい。
前を歩くディアさんは、
そういう視線を浴び慣れているのか、
むしろ楽しそうに腰を揺らし歩いている。
「見て見てぇ?
今日は可愛い坊やたちと一緒なのよぉ〜♡」
余計に注目を集めている気がする。
ギルドの建物が見えてきた。
木製の看板。
鉄で補強された大きな扉。
何度も出入りしたはずなのに、
今日はやけに巨大に見える。
「……行くか」
「あぁ」
深呼吸を一つ。
俺たちは、S級二人を引き連れて、
クロムのギルドの扉を押し開けた。




