0068.穏やかな朝食
修行を終えた俺たちは、
もはや“歩いている”と言っていいのか。
そんな怪しい足取りで、母屋へ向かっていた。
身体が重い。
骨の芯から疲れている感じだ。
ゼノンさんの岩と炎。
ディアモンテの拳と投げ飛ばし。
正直、今日はもう一生分殴られた気がする。
魔術しかまともに使えないアノン。
殴るしかできないディアさん。
回復できるやつが、誰もいない。
俺を含めた四人とも脳筋なのである。
「……腹、減ったな」
気づけば口から漏れていた。
「同感だ」
隣で歩くカルドも、声に覇気がない。
鎧が擦れる音だけが、やたらと耳につく。
飯も食ってない。
マナもすっからかん。
生命力は分割払いの真っ最中。
これでよく歩いてるよな、と
自分で自分を褒めてやりたい。
「ヴェルちゃ〜ん♡ カルドちゃ〜ん♡
もうちょっと胸張って歩きなさいよぉ〜♡」
後ろからディアモンテの声が飛んでくる。
振り返る元気がないので、
空間把握で位置だけ確認する。
案の定、フリフリのワンピースが
ひらひら揺れながら楽しそうに付いてきてる。
「全くじゃ。 妾の弟子であるからには、
その程度で音を上げてもらっては困るのう」
その横で、いつものようにアノンが、
やたら元気にふんぞり返っている。
お前の弟子になった覚えはない。
「……悪いけど、今はちょっと、
そっとしておいてほしい……」
ぼそっと呟いたつもりだったが、
カルドにも聞こえたらしい。
「俺もだ」
小さく同意の声が返ってきた。
同志だな、こいつ。
そんなこんなで、
ほとんど惰性で足を前に出し続け、
どうにかじいさん家の門が見えてきた頃。
「ヴェルさん! カルドさん!」
ぱたぱた、と軽い足音が駆け寄ってくる。
エプロン姿のセリアがこちらへ走っていた。
自分でも驚くくらい、ホッとする。
「お、俺は大丈夫……」
そう言おうとした瞬間、
足から力が抜けかけた。
「全然大丈夫じゃないじゃないですか!」
セリアはため息まじりに言いながら、
俺の腕を肩に回して支えてくれた。
ふわっと、いい匂いがした。
石鹸と、少し甘い何かが混じったような、
落ち着く香り。
……ちょっと、好きになりそう。
そう思った瞬間、
西の森で、狼の群れを撲殺するセリアの姿が
脳裏にフラッシュバックした。
──すぐ正気に戻れた。
ありがとう、狼。
「カルドさんはこっちです。
……もう、そんなになるまで無茶させられて」
セリアは片方の肩をカルドにも貸し、
半分引きずるように俺たちを玄関まで運ぶ。
力は俺たちよりずっと弱いはずなのに、
妙に頼もしい。
◇
リビングに足を踏み入れた瞬間、
思考が一瞬で吹っ飛んだ。
「……なんだ、これ」
テーブルの上が、もう別世界だった。
真っ白な皿。
上にちょこんとのった色鮮やかな料理。
肉や魚だけじゃなく、
野菜まで芸術作品みたいに並んでいる。
ソースで描かれた模様。香草の匂い。
きれいに整えられた前菜、スープ、
メインっぽいものまでフルコース。
高級フレンチなんて食べたことがないが、
これは多分それだ! 知らんけど!!
「ついでだからね」
聞き慣れた穏やかな声。
キッチンから出てきたのは、
エプロンをつけたゼノンさんだった。
似合っているのがまた腹立たしい。
「君たちのご飯を用意しようかと話していたら、
アノンがね、“父上の料理が食べたいのじゃ!”
とせがむから。つい、張り切ってしまったよ」
恥ずかしそうに笑うゼノンさん。
俺の知ってる“世界最強クラスのS級”は
料理もS級だったのである。凄すぎる。
「んまぁ! ゼノンちゃん♡
相変わらず完璧超人なのねぇ♡」
ディアモンテが、腰に手を当ててのけぞる。
「アタシと付き合わない?」
「ははは、せいぜい“ど突き合い”くらいだね」
あっさり振った。
ディアモンテはなぜか嬉しそうに
頬へ手を当てる。
「それも、アリねぇ……♡」
……聞かなかったことにしよう。
テーブルの席には、すでに何人か座っていた。
ごぼうをひょこひょこ振りながら、
足をぶらぶらさせているミキ。
「ゴハン、マダー?
ごぼうも、オカワリほしいヨ」
ごぼうは料理じゃなくて
武器枠だと思ってたんだけどな。
そして、その隣ではじいさんが
よだれを垂らしそうな勢いで、
まじまじと料理を見つめていた。
「ホッホッホ……天にも昇る光景じゃのう。
竜ステーキの次に楽しみじゃ。じゅるり」
完全に獲物を前にした、
肉食獣の目です、じいさん。
さらにその隣で──
「で、デュフフ……!
こ、この筋肉痛という現象はですね、
ゼノン殿の放つ重圧により応えた、
拙者の貧弱な肉体が悲鳴をあげたという
努力の行く末による結果でありまして……!
筋線維一本一本が、もっとミキたそのために
もっと、もっと鍛えろと訴えかけている。
そんな、いわば尊い苦しみと申しますか……!
しかしながら、この痛みは拙者にとっては
むしろご褒美、いや、試練、いや、使命。
逃れられぬイベントと言うべきで──」
まよねこが、早口オタク特有の長文で
筋肉痛のレポートをしていた。
誰も頼んでないのに。
「大変だったな」
と短く返しておいた。
絶対俺たちの方が大変だったけど。
セリアに椅子まで運んでもらい、
俺とカルドもようやく席につく。
座った瞬間、身体から、どっと力が抜けた。
「はい、お水です。ゆっくり飲んでくださいね」
セリアがグラスをそっと差し出してくる。
冷たい水が喉を通っていく感覚が、
やけに贅沢に感じた。
「……助かる」
「ありがとう」
隣でカルドも礼を言う。
セリアは少し照れたように笑って席に戻った。
◇
「では、揃ったようじゃし──」
じいさんが手を合わせる。
「いただきますじゃ!」
「いただきます!」
全員の声が重なった。
ゼノンさんが作った料理は、
見た目通り、いや見た目以上にうまかった。
柔らかい肉。
口の中でほろっと崩れる魚。
シャキシャキした野菜に、香ばしいソース。
一口食べるたびに、
疲れた身体に味が染みていく。
「う、うまぁ……」
思わず素で漏れた。
「ヴェルさん、顔がとろけてますよ」
「セリアの料理も好きだけどな。
これは……その、反則というか」
なんて言えば伝わるだろう。
「父上の料理は世界一じゃからな!」
アノンが胸を張る。
……やっぱり胸はないけど。
「アノンちゃんのおかげで、
アタシも食べられたわぁ〜♡」
ディアモンテは、うきうきしながら
肉料理とサラダを同時進行で平らげている。
食べ方まで豪快だ。
セリアは、目を輝かせながら
一品一品を大事そうに味わっている。
「すごい……。味の重ね方が、
私のとは全然違います……。
火の入れ方も、香りの引き出し方も……」
完全に“料理研究モード”に入っている。
これはこれで、ちょっと怖い。
「セリアちゃんの料理も楽しみにしてるからね」
ゼノンさんが優しく笑いかけると、
セリアは「は、はいっ!」と背筋を伸ばした。
親子でじゃれ合うアノンとゼノンさんは、
いつもの調子だ。
「父上! 妾の分のケーキは多めじゃろうな!?」
「もちろん。アノンの分は、
みんなの倍にしてあるよ」
「さすが父上じゃ!
世界で一番出来た父じゃ!!」
「うんうん、アノンは世界で一番
可愛い娘だよ〜」
見てるこっちがむず痒くなるくらい
いつも通りの親バカ全開だ。
一方、ミキはというと──
「ミキ、オカワリほしいヨ」
「もう四皿目ですぞ!?」
まよねこが青ざめている。
「こ、これ以上ミキたそに食べさせてしまうと、
い、いやしかし、ミキたそが嬉しそうに
モグモグしている姿は、尊い、尊すぎる……!
あぁ、これはもはや破産エンドも辞さない
覚悟を決めるべきなのでは……!」
「おかわり、ヨロシク頼むヨ」
ごぼうをぴょこぴょこ振りながら、
ミキが淡々と追い討ちをかける。
主人より食欲が前に出ている。
「ホッホッホ。若いのう、若いのう」
じいさんは、そんなカオスを前に、
ひたすら幸せそうに肉を頬張っていた。
俺とカルドは、そんな賑やかな食卓を
眺めながら、ふと目が合った。
同じことを考えているのが、何となく分かる。
奴隷だった頃。
坑道で、ただ石を運んでいた頃。
こんな“うるさい食卓”が、
自分の未来に待っているなんて。
そんなことは想像もしなかった。
「……随分、賑やかになったな」
俺が呟くと、カルドは小さく頷いた。
「あぁ」
それだけなのに、妙に通じ合った気がする。
ふたりで、ふっと笑った。
「──食われる前に食うぞ!」
俺がフォークを構える。
「だな」
カルドもナイフを構えた。
隣ではアノンが
「妾のケーキに手を出したら許さんからな!」
と宣言し、
セリアが
「みんなの分ありますから」となだめ、
ディアモンテが
「遠慮せずガツガツ食べなさいなぁ〜♡」
と笑い、
ミキが「ごぼうケーキほしいヨ」と真顔で。
まよねこが
「ごぼうケーキの需要など存在するはずが──」
とブツブツ始め、
じいさんが「ホッホッホ、ケーキは別腹じゃ」
とご機嫌で。
俺たちも、その温かい渦の中に、
自然と巻き込まれていく。
こうして、“自由の風”の、
新しい一日が終わっていった。




