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0065.風の滑走、不動の山



 ……見慣れた天井だ。

 おはよう世界! と共に見る、いつもの景色。


 言うまでもない、納屋の天井である。

 木目の節の位置まで覚えた、んなことないか。

 まぁ、俺のホームグラウンドだ。


「きゅきゅ〜……」


 俺の意識が浮上したのに気づいたのか、

 すぐ横からぬるっと温もりが寄ってきて、

 キロロが顔を擦り付けてくる。


 鼻先が首元にくすぐったくて、

 思わず笑ってしまう。

 こいつは今日も安定の可愛さ。癒しドラゴン。


 で、なんで寝てたんだっけ?

 俺は確か……ゼノンさんに──


 そう、いじめられてたんだ!!


 岩。火炎弾。岩。火炎弾。あと岩。

 思い出した瞬間、全身の筋肉が

 「思い出すな」と抗議するみたいに軋んだ。


「……アノンに抗議せねばならない」


 声に出して俺は片手で額を押さえる。


 お前の親父は超絶鬼畜

 サディスティックバイオレンス魔神だ、と

 正式に申請する必要がある。


 ただ、得るものも確かにあった。


 記憶が正しければ

 ──風を纏うことを覚えた。


 思念だけで身体の進む先を選べる、

 あの不思議な感覚。


 それに、カルドも何か掴んでたようだった。


 ……あと、オカマが……オカマが?


「オカマがいたよね!?」


 上半身をガバッと起こしながら叫ぶ。

 最後の記憶は、筋肉フリフリガチムチオネエの

 ニッコニコ笑顔だったはずだ。

 脳が忘れたがっているのに鮮明に蘇る。


 待ってくれ。

 いつからこんな流れるように、

 個性的なメンバーが増えていくんだ??


 まとも枠だと思ってたセリアも、

 今では正式名称『撲殺天使』だ。


 カルド、シン、ラグアス。

 環境は辛くとも、平穏だった。


 あの「普通の友達」が懐かしい。

 今の人間関係、濃度が高すぎる。

 胃もたれする。


「頭が冴えてきたら、嫌なこと思い出したぞ?」


 ゼノンさんは確かに言った。

 『彼女は私ほど優しくないからね』と。


 あのオカマを指しているのだとしたら、

 平穏なんて未来には存在しない。


 というか、あれより厳しいって、

 奴隷時代よりハードなんだけど!?


 ぶつぶつと愚痴っていたからか、

 隣の寝床から布ずれの音がした。


 カルドも目を覚ましたらしい。

 いかん、友を救わねば。あと俺も救われたい。


「起きたばかりですまん。

 だが、カルド。落ち着いてよく聞いてくれ」


「……何があった」


 相変わらず声が渋い。

 でも今必要なのは渋さじゃない、機動力だ。


「逃げるぞ!」


 俺はこれまでの経緯。


 大雑把に言うと

 「ヤバいオカマが来ている可能性が高い」

 ということをカルドに説明した。


 気合と根性の塊カルドも、

 さすがにゼノンさんの修行以上の何か。

 となると思うところがあるらしい。

 返事は早かった。


「あぁ、逃げよう」


 即答だった。頼もしいのか情けないのか。

 判断に困るが、今は“同志”だ。


 幸い、空はまだ暗い。夜も深い時間帯だろう。


 空間把握で周囲を探る。

 近くの気配は俺とカルド、キロロ、まよねこ。


 ……まよねこ?


 視線を向けると、まよねこは

 マットの上で見事な大の字になっていた。


 顔は幸せそうで、

 時折「ぶひひ……ミキたそぉ……」

 みたいなことを寝言で言っている。

 安らかすぎる。


 ……置いていこう。


「キロロ、すまんがお前は目立つ。

 帰ってくるから、まよねこを見守っててくれ」


「きゅ〜? きゅきゅ♪」


 ダメだ、全然伝わってなさそうだ。

 『遊びに連れて行ってくれるの?』

 って顔だ。尻尾ブンブン振ってるし。


「……オレタチ、ニク カッテクル。

 キロロ、ルスバン」


「きゅっ!」


 キロロは胸を張るように立ち上がり、

 ミキの真似か、短い前足を

 ぴょこんと額の上にあげた。


 敬礼ポーズ。手は全然届いてないが、

 気持ちは受け取った。


「ヴェル、ぼやぼやしてる暇はないぞ」


「あぁ、行こう!」


 かくして、俺とカルドは闇夜に紛れ、

 納屋を飛び出した。


 冷たい夜気が肌を刺す。

 身体はまだ重いが、足は止めない。


     ◇


 ──近くのイズ森林に着いた。


 ここは獣はいるが、比較的魔物も少ない。

 最初の依頼で倒したイノシシも、

 おそらくこの森から来た。距離的に近い。


「空間把握で見る限り、誰も追ってきていない」


「そうか。なら、ひとまず落ち着くまでは

 ここで時間を稼ごう」


「だな」


 俺たちはそれぞれ、近くの木にもたれかかる。


 ざらついた幹の感触が背中に刺さるが、

 逆にそれが“生きてる実感”をくれた。


 怪我はゼノンさんに

 “生命力前借りヒール”で塞がれている。


 ただ、身体の奥底から吸い取られた

 何かのツケを今払っている感じだ。

 力が抜ける。骨の中までだるい。

 呼吸をするだけで体力が削られる。


 それでも、カルドとの沈黙は気まずくない。


 言葉を交わさなくても、

 隣にいるだけで「まだ大丈夫だな」と

 確認できる沈黙だ。


 しばらく、風と葉擦れと、

 遠くの獣の気配だけを聞きながら。

 俺たちはただ身体を休めた。


 どれくらい時間が経ったかはわからない。


 空はまだ暗く、東の地平線が、

 ほんのり白み始めたかどうか、という程度。


 そんな頃合いに、

 カルドがぽつりと口を開いた。


「……お前も、何かを掴んだんだろ?」


 ゼノンさんの修行のときのことだ。

 視線は合わせないまま、言葉だけが落ちてくる。


「あぁ。記憶になかったが、子供の頃、

 父親が見せてくれたものを思い出して、

 ……風を纏った」


 口に出してみると、

 “走馬灯”の光景が、少しだけ現実味を持つ。


「そうか。俺も似たようなものだ。

 俺は“不動の山”をイメージした」


「山?」


 カルドいわく──親父ことジュラさんが昔、

 魔獣の突進を片手で止めたことがあったと。


 腰を落とすでもなく、踏み込むでもなく、

 ただそこに“立っているだけ”で。


 どうやっているのか問い詰めたら、

 こう言われたと。


「しっかり地に足をつけて、腹に力を入れる。

 押されて靡くな、引かれて追うな。

 大地を味方につけて“動かざる山”となる。

 ……らしい」


「随分と抽象的だな……」


「だな。親父はいつも口数が少ないんだ」


 それでも、カルドはその“抽象的な教え”を、

 ずっと心のどこかに抱えてきたのだろう。

 ゼノンさんの岩を受け止めた瞬間、

 ようやく答え合わせができたのかもしれない。


「似た者親子だな」


「そうか? 俺はよく喋るぞ」


 何言ってんだコイツ、

 って顔を向けてくるカルド。

 いや、その目を俺が向けたいんだが。


 ……まぁ、今それを論争しても疲れるだけだ。


「とりあえず、いつまでも逃げられる

 とは思わないよな。

 ──地獄が再来する前に、完成させようぜ」


「違いない」


 少なくとも、さっきのあれで

 「はい終わり」になるような人じゃない。


 仮に俺らの勘違いで、

 オカマがゼノンさんの言う『彼女』

 じゃなかったとしても、

 あのS級は絶対にまた無茶を仕掛けてくる。


 だったら、先に“武器”を仕上げておくしかない。


 カルドはその場から立ち上がり、目を閉じた。


 森の地面に素足を食い込ませるように立ち、

 大地の息遣いを探るみたいに、

 静かに呼吸を整える。


 俺も負けじと立ち上がり、目を閉じる。


 あのとき、風は確かに俺に吹いていた。


 足元を撫で、背中を押し、

 胸の内側を通り抜けていった。


 記憶をたどる。


 ゲイルがやっていたときも、

 風は渦を巻いていた。


 ゼノンさんの周りを流れていた風も、

 どこか螺旋を描いていた気がする。


 いや、正確に言えば

 「どちらも」なのかもしれない。


 渦状に巻き上がる風と、

 蟻地獄へ吸い込まれるような下向きの流れ。

 そのどちらもが、俺を押し上げるような……

 そんなイメージ。


(風の“属性”と、風の“特性”のハイブリッド……)


 答えに近い何かが、舌の先に引っかかった。


 風の属性──物理的な流れとしての風。

 風の特性──循環。留まらず、巡り続ける性質。


 それらをまとめて、自分に纏わせてしまえば──


(それが……答え!!)


 その瞬間。

 ざわり、と足元から何かが立ち上がった。


 目を閉じているのに、風の流れが“見える”。


 足首を撫で、ふくらはぎを登り、

 腰を包み、背中へと抜けていく。


 その全てが、俺を“押すためだけ”に

 存在しているように感じた。


 右へ、と意識する。

 身体がスイ、と抵抗なく右に滑る。


 左だ、と念じる。

 今度は左へと切り返す。


 初動の重さも、地面を蹴る感触も、

 妙に薄い。けれど、確かに前へ進んでいる。


「……おお」


 知らないうちに声が漏れる。

 原理は全然わからない。

 が、凄いことだけは理解できる。


 俺がひとりで感動していると、

 不意にカルドの声が飛んできた。


「ヴェル、俺を押してくれないか?」


「押す? 前から押せばいいのか?」


「あぁ、全力で頼む」


 カルドは、さっきと同じように

 そこに立っているだけだ。


 腰を落としているわけでも、

 構えを取っているわけでもない。


 ……まぁいいか。やってみるしかない。


 俺は風を纏ったまま、

 カルドに向かって滑るように前進する。


「それがお前の新技か」


「だな。風の滑走(スイフトウォーク)って名付けるぜ!」


 口から勝手にカッコいい風の名前が出てきた。

 自分で言っててちょっと気恥ずかしいが、

 こういうのはノリが大事だ。


「それで俺を、突き飛ばしてくれ」


「全力で?」


「全力だ」


 腰を落とす必要もなく、

 ただ“行け”と思うだけで風が俺を前へ弾き出す。


 初動のタメも、切り返しの抵抗もない。

 推進力は風。抵抗は循環が殺してくれる。

 ノーモーションで自由自在。

 これ、かなり反則じゃないか?


 突然の衝突。

 へへ、びっくりしただろう、

 と言おうと思っていたのに──


「ぶへらっ!!」


 口から妙な声が出た。


 前世で、子供の頃。

 友達とよそ見して話しながら、

 自転車を漕いでいて、電信柱へ、

 真正面から突っ込んだことがある。


 あのとき感じた、“絶対に動かない壁”の感覚。

 ただあるだけで、ぶつかる者を拒絶する存在。


 今のカルドが、まさにそれだった。


「……っだぁ……」


 肺から空気が全部抜けたみたいになりながら、

 俺は地面にズルズルと崩れ落ちる。


「俺も、完成したようだな」


 にやりと笑って、地べたに

 這いつくばる俺を見下ろすカルド。

 “動かざる山”をイメージしていた男が、

 見事に“山”になってたのだ。


「めちゃくちゃいたひ……」


 調子に乗らなきゃよかった。本気で後悔した。


 こうして、俺とカルドの新技は、

 とりあえず“形”にはなった。


 だが、油断はできない。

 いつ地獄が再来するかわからない。


 俺たちはそれからも、交互に技を試し、

 風と大地と筋肉の機嫌を伺いつつ微調整。


 滑走の初速。

 切り返し時の意識の置き方。


 カルドの“山”状態は、

 どこまでの衝撃に耐えられるのか。


 試しては転がり、試してはめり込み、

 試しては呻き、試しては──



 気づけば、東の空はすっかり白んでいた。


 木々の間から差し込む朝日が、

 俺たちのボロボロの姿を、

 やたら清々しく照らしていたのであった。



 

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