表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/71

0064.風になれ



 それは、俺が二才くらいのころだ。

 あぁ、勿論こっちの世界での話。


 まだ、まともに歩き回ることも出来ず、

 母さん……アウラの腕の中で、

 当時七歳だった姉ウィリィに

 剣を教えている父さんを眺めていた。


 暖かい膝。木の床の匂い。庭に差し込む光。

 小さな俺の目線の高さで、

 その全部が妙に鮮やかに浮かび上がる。


「これは……走馬灯か?」


 思わず独り言みたいな感想が口をつく。


 そういえば前世で死んだときは

 走馬灯なんてなかったな、なんて。

 呑気なことまで頭をよぎっていた。


 けど、再現された世界は

 そんな感想なんてお構いなしに進んでいく。


「やぁ! やぁーっ!」


「いいぞウィリィ! ほら、当ててみろ!」


「てやーっ!!」


 小さな体で、ウィリィが必死に

 木剣を振るっていた。


 金色の髪が跳ねて、汗がきらりと飛ぶ。

 その姿を、幼い俺は、ぽかんと見てるだけだ。


 盗賊に捕まったあの日も、

 ウィリィは自主的に特訓していたっけ。

 そう考えると、この頃から本当に

 “剣バカ”一直線だったんだなと思う。


 それもそのはずだ。

 七歳にして、その剣筋はもう

 “美しい”と呼べるレベルだった。


 ストーム家期待の剣士。才能の塊。

 

 けれど、そんな綺麗な剣筋でも、

 ゲイル・ストームにはかすりもしない。


 父さんは、一歩も動いていない。


 だが、当たり前みたいな顔で、

 ウィリィの攻撃を全てをかわしていく。


「はぁ……っ……!」


 やがて、ウィリィは息を切らし、

 その場にポスンと尻をついた。

 頬が膨れて、目には涙がうっすら滲んでいる。

 完全に拗ね顔だ。


「父さんヤダ! 意地悪!」


 七歳なんて、前世で言えば

 小学一年生くらいだ。そりゃこうもなる。


「諦めるなウィリィ!」


「ヤダ! 一生当たんないもん!」


「そうだな、今のままなら無理だ。わははは!」


「父さんなんてキライ!」


 ガーン! って顔をするゲイル。

 いや、言い方よ父さん。

 そりゃあそう言われるだろ。


「よく聞いてくれウィリィ。風を纏うんだ」


「風?」


「あぁ、風だ。風には“循環”の力がある。

 ウィリィが『風』になって、

 この世界を駆け巡るんだ」


「なれるわけ無いじゃん! 父さんのバカ!

 ……ハッ! もしかして頭良くないの!?」


 二回目のガーン。

 肩をがっくり落とす父さん。


 ……ゲイルって、

 こんなに情けない一面あったっけ。

 記憶の中の父さん、

 もっとキリッとしてたんだけどな。


「ま、まぁ見てなさいウィリィ」


 そう言って、父さんは静かに目を閉じた。


 ふ、と風が吹く。


 庭の木々の葉が揺れる程度の弱い風。

 それが、父さんの周りで

 渦を巻くように集まり始める。


 そして、文字通りゲイルは“風を纏った”。


「よく見てるんだよ、ウィリィ」


 父さんはその場から一歩も足を動かさないまま

 ──滑るように前へ出た。


 足が地面から離れているような動き方。

 ホバーしてる、って感じだ。

 前世の言葉で言うなら。


 前後。左右。斜め。

 父さんの身体が風に押し流されるように動く。


 その速さは、徐々に、徐々に加速していく。


 やがて、俺の幼い目には追えなくなり、

 ゲイルの姿は“動く線”にしか見えなくなった。


「父さん、すごい……」


 ウィリィがぽつりと呟くと、

 父さんはピタッと静止した。


 嬉しそうに口元を緩める。

 ……チョロい。娘に褒められると即これだ。


「父さん! アタシも風になる!!」


「あぁ! 風になれ、ウィリィ!!」


 そこまで聞いたところで、

 ふっと理解が繋がった。


 そうか。

 ゼノンさんが言いたかったのは──


 そこで、身体に鋭い痛みが走った。


     ◇


 暗い。

 赤黒い真っ暗な世界。


 いや、違う。これは瞼の裏だ。


 熱い空気と、焦げ臭い匂いが鼻をつく。

 肺に入る空気が重くて、喉の奥がひりつく。


 ゆっくりと、目を開ける。

 視界の端で、黒く焦げた草が揺れている。


 土はところどころ抉られ、

 さっきまで俺が転がっていたであろう跡が

 生々しく残っていた。


「目が覚めたようだね、ヴェル君」


 すぐ近くで、柔らかな声がした。


「……ゼノンさん」


 かすれた声で名を呼ぶ。

 舌が上手く回らない。全身がだるい。

 けど──まだ、死んでいない。


「目が覚めたなら、始めようか」


 まだ続けるのか。


 思わず心の中で盛大に突っ込む。

 けど、ゼノンさんの表情はいつもどおり

 穏やかで、一ミリも悪びれた様子がない。


 ……風を纏い、風になる。


 父さんの言葉。

 ウィリィの背中。

 庭を駆け抜けていた“線”の感触。


 そんなことが、この世界で出来るのなら。

 あの火炎弾は、きっと“避けられる”。


「いくよ」


 ぞっとするくらい静かな声が、合図になった。


 死刑宣告にも似た一言。

 次当たったら、本当に冗談抜きで

 死ぬかもしれない。


(呼べ、風を)


(纏え、自由を)


 俺は風。

 何者にも囚われない、自由の風。


 どうやったのかは、正直わからない。

 だが、ハッキリわかることが一つだけあった。


 今、風は俺に“吹いている”。


 俺の足元を、さらりと撫でるような流れ。

 背中を押すような、

 胸の中を通り抜けるような、奇妙な感覚。


 近づいてくる熱気。唸る火炎弾。


 足は正直、まともに動かない。

 疲労が、痛みが、「無理だ」と

 はっきり告げてくる。


(でも……動け!!)


 自分で自分の背中を蹴飛ばすみたいに、

 心の中で怒鳴る。


 次の瞬間、身体が勝手に跳ねた。

 思考よりも早く、

 風に腰をさらわれたみたいに、左へ滑る。


 ドンッ──!


 肩口すれすれを、

 巨大な火炎弾が通り抜けていった。


 熱が頬を焼き、背中に残っていた痛みと混ざり

 思わず歯を食いしばる。


 俺は、火炎弾の残り火を背後に感じながら、

 荒い呼吸で前を見据えた。


「……合格だ、ヴェル君」


 ゼノンさんの声が、

 いつもより少しだけ弾んで聞こえた。


 俺は──火炎弾を“避けていた”。


     ◇


「うぉぉぉぉぉぉ!!!」


 少し離れた場所から、カルドの咆哮が響く。


「カルド!?」


 思わずそちらに顔を向ける。


 大盾は、数メートル先に突き刺さっていた。


 さっき吹き飛ばされたのだろう。

 柄の部分が土に半分埋もれている。


 その手前で、カルドが“素手”で

 ──いや、鎧一枚の身で巨岩を受け止めていた。


 肩で押し返すように、両腕を突き上げる姿勢。


 足は大地にめり込み、

 地面に蜘蛛の巣状のひびが走っている。


 本来なら、そのまま押し潰されても、

 おかしくない威力だ。


 でも、巨岩はカルドを押し込むこともなく、

 ほんの一瞬、カルドが耐えたあと

 ──ガラガラ、と音を立てて崩れ落ちた。


 砕けた岩の破片が、

 雨のようにカルドの周囲に降り注ぐ。


「君も。よくやったね、カルド君」


 ゼノンさんの声に、

 カルドは肩で息をしながら小さく顔を上げる。


 何が起きたのか、

 自分でもまだ整理できていないような顔だ。


「……親父だ」


「ふむ?」


 ゼノンさんが、興味深そうに片眉を上げる。


「死んだ親父が教えてくれた。

 『大地に足をつけ、腹に力を入れろ』

 ……って」


 カルドは、ゆっくりと視線を落とし、

 自分の足元を見る。


 深く大地に食い込んだ足跡。

 踏ん張った爪先。

 腹から吐き出された、絞り出すみたいな息。


「ふふっ、そうか。いい父親だったのだね」


「ジュラ、だ。本当の親は知らん。

 だが、ジュラが俺を育ててくれた。

 ……アンタと親父は仲間だったんだろ」


 短く、けれどはっきりとした声。

 その言葉には、迷いがない。


「……そうか。ジュラ……久しい名だ」


 ゼノンさんは、少しだけ目を細めた。


「彼はぶっきらぼうだったが、

 芯の通った素晴らしい若者だった」


 遠くを見るような視線。

 “古い記憶”を辿る目だ。


 そして、ゼノンさんは

 俺たち二人を見回し、ふっと笑った。


「合格だ、二人共。ゆっくり休むといい。

 ……彼女は私ほど優しくないからね」


「彼女?」


 誰のことだ? と思った瞬間、

 空間把握の感覚が、複数の気配を拾った。


 家の方角から、軽い足音が三つ。


 そして、やたらと重心の低い、

 けれど妙にしなやかな足取りがひとつ。


(セリアたちだな……だが、一人多くないか?)


 気になって、俺は顔をそちらに向ける。


 視界の先で、セリアが笑って歩いてくる。

 その隣には、機械的な笑みを浮かべたミキ。

 その隣で、やけにテンションが高そうな

 アノンが何かまくし立てている。


 そして──


 その三人と並ぶ、筋骨隆々の大柄な人影。


 オールバックの黒髪。

 フリルとレースだらけの派手なワンピース。

 ばっちり濃いメイク。


 歩き方だけ妙に艶っぽい、

 大きな“オカマ”が、セリアたちと

 仲良く話していた。


 ……視界が、二度見を要求してきた。


(……あぁ、安寧はいずこ)



 そんな絶望を滲ませた感想を抱きつつ、

 俺はその場に仰向けに倒れ込み、

 燃えかけた空を見上げたのだった。



 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ