0063.地獄の特訓
セリア、アノン、ミキの三人は
「女子会いってきまーす」とか言いながら
楽しそうに出ていった。
その背中を見送った数分後。
俺たちは今──地獄の真っ只中にいた。
◇
「アノンと同じパーティなんだ。
Cで満足してもらったら困る。
最低でもAランクになってもらわないと」
ゼノンさんは、いつもの穏やかな笑みを浮かべ
さらっとそんなことを言った。
「最低A? 上はSしかないんですが!?」
思いっきり突っ込んだが、スルーされる。
その一言のあとに続いたのは、
「じゃあ、軽く始めようか」という、
聞き捨てならない一言だった。
場所はゴードンじいさんの家の裏の空き地だ。
まよねこがキロロ用スペースを増築するとき
ついでに整地してくれた場所。
地面は固く踏み固められ、
ところどころに転がっていた石は
すでに片付けられている。
……なのに、今その空間には、
異様な数の“岩”が浮かんでいた。
「君は避けるのが上手いが、
それゆえか、捨て身というものが出来ない。
手札に“捨て身”を入れるのは悪いことじゃない」
ゼノンさんはそう言うと、指先を軽く弾いた。
ズドンッ!!
「ぎゃあああああ!!」
土魔術で生成した“岩”が、
全力の勢いで俺の腹にめり込んだ。
石じゃない。抱えきれないサイズの岩が、
容赦なく俺めがけて飛んでくる。
「ぐっ……っ!?」
視界が一瞬白くなり、
そのあと真っ黒に染まりかける。
肺の空気が全部押し出され、
まともに呼吸もできない。
「はい、“循環”」
すぐさま、ゼノンさんの法術が飛んでくる。
風の循環が、俺の体内のマナと生命力を
強引に回し、折れた骨をくっつけ、
内臓を無理やり正常値に戻していく。
痛みは、ちゃんと残したまま。
「……っっ……!」
回復したといえば回復したのだが、
痛覚まで消してくれるわけじゃない。
今の一発で、さっきまでの人生の中で
一番痛かった“奴隷時代の事故”を
軽々と塗り替えられた気がする。
逆にカルドは“回避”の練習
ゼノンさんが、すっと顔を横に向ける。
「君は回避だ。
攻撃は全て受けきれられると思ってるからね。
受けなくていいものまで受ける必要はない」
その穏やかな言葉と同時に、
カルドの周囲に火のマナが集まり始めた。
ゴウッ!
空間に浮かんだ火炎弾が、
一つ、二つ、三つ……と膨れあがる。
それらが、カルドめがけ一気に撃ち出された。
「っ……!」
カルドは大盾を構え……ない。
盾をあえてずらし、ぎりぎりの位置で
身体をひねり、火炎弾の軌道から外れていく。
炎が頬をかすめ、鎧の縁を焦がす。
慣れていない動きらしく、
踏み込みがぎこちない。
「受け止めるより避ける方が楽な時もあるんだ」
ゼノンさんは、楽しそうに火炎弾の速度と
軌道を変えながら、次々と撃ち込んでいく。
俺が岩にガツガツ打ち込まれている横で、
カルドはカルドで、延々と火の玉から、
逃げ回らされているという図である。
……これ、女子会との差が酷すぎないか?
「拙者は、“筋トレでもしてなさい。
身体は資本だから”と言われたでござるよぉ」
少し離れた場所では、
まよねこが腕立て伏せをしていた。
「デュフッ……!
き、筋肉の叫びが聞こえるでござる……!」
オタク特有の早口と言い回しで
何かブツブツ言いながらも、
こいつはこいつで真面目にやっている。
まだ余裕がある分、俺たちよりマシだろう。
「きゅいきゅい〜♪」
少し離れた空では、
キロロがのんきにトンボを追いかけていた。
黄金の翼をぱたぱたさせながら、
くるくると旋回している。
この地獄の修行風景に、
ひとつだけのどかな景色が混じっている。
「行くよ」
思考の隙間に、
容赦なく第二射が飛び込んできた。
ゴツン!!
「ぶっ……!」
今度は肩口。 鈍い衝撃が走り、
二の腕から先の感覚が一瞬消えた。
そのすぐあと、また循環。
バキバキと骨が元に戻る感覚と共に、
痛みだけが残る。
……鬼なんだけど。
アノン、お前の親父、鬼なんだけど!!
心の中でいくら叫ぼうが、岩は止まらない。
そんな地獄のような修行が、
一時間ほど延々と続いた。
岩に打たれては治され、
火炎弾から逃げ回るカルドを横目に、
また岩に打たれる。
まよねこの
「ぶひぃ……筋肉が悲鳴を……」という声と、
キロロの「きゅいきゅい〜♪」だけが
BGMのように響いていた。
ようやく、ゼノンさんの手が止まる。
「……っはぁ……は、はぁ……」
地面に膝をつき、肩で息をしながら
俺は空を仰いだ。
全身汗まみれで鎧の中がぐっしょりしている。
(やっと……休憩……)
そう思いかけた、その時。
「よし、準備運動はこれくらいにしようか」
穏やかな声が、あまりにも自然にそう告げた。
準備運動?
今のが?
なんてことだ!!!
◇
そこから始まったのは、“地獄の本番”だった。
「今の準備運動は、最低限の弱点を補うものだ。
今からすることは、君たちの長所を伸ばす。
一人でも存分に発揮できるようにね」
ゼノンさんはそう言うなり、
今度はまったく違うマナの流れを呼び出した。
俺の目の前で、火のマナが渦を巻く。
さっきカルドに撃っていた火炎弾とは
比べ物にならない、巨大な火の塊が、
ゆっくりと形を成していく。
「言うまでもなく、ヴェル君の長所は“速さ”。
そしてカルド君は“耐久”。
遠慮なく打ち込むからね。どうにかしなさい」
ゼノンさんは、笑顔でさらっと言った。
俺に向かっているのは、
カルドのときの数倍の速度と大きさの火炎弾。
カルドの方には、さっき俺に飛んできていた
岩の三倍はあるだろう巨岩が浮かんでいる。
「いくよ」
短い合図と共に、火炎弾が射出された。
速い。
避けようと反射的に身をひねったが、
間に合わない。
視界の端で炎が膨れ上がったかと思うと、
次の瞬間には背中を焼く轟音と衝撃が襲う。
「ぐあっ!!」
背中の皮膚が焼ける匂いが鼻をつく。
鎧越しでも、熱が骨の芯まで
突き抜けてくる感覚があった。
一方、カルドの方では──
ドガァン!!
「……ぐぁっ!」
巨岩が、大盾ごとカルドを押しつぶした。
あのカルドが声にならないうめき声を漏らす。
土煙が晴れた時には、
地面に大きなくぼみができ、
その中心にカルドが膝をついていた。
「ほら、次行くよ。立ちなさい」
ゼノンさんは、
まるで“ちょっと転んだ子供”に声をかける
みたいな口調で言う。
さっきの準備運動と違い、
連続で撃ち込んではこない。
一発撃って、こちらの反応を見る。
そして、また撃つもりのようだ。
「いくよ、二発目」
詠唱はない。 マナの動きだけで、
火炎弾が再び形を取り、飛び出した。
避けられない。 さっきよりも、
ほんの少しだけ軌道がいやらしくなっている。
「ぐっ……!!」
また背中に直撃。 皮膚が裂け、
肉が焼けるような痛みが全身を駆け巡る。
視界が揺れ、膝が崩れそうになる。
「ほら、倒れてないで起き上がりなさい」
淡々とした声。 優しいのに、容赦がない。
(……いや、これ……)
言いたくないが、これは無理だ。
無茶とか努力とか根性とか、
そういう言葉でどうにかできる領域じゃない。
「はぁ……そんなんじゃ、
アノンを守れないじゃないか」
ゼノンさんの一言が、胸に突き刺さる。
「無茶苦茶な!!」
思わず、声に出してしまった。
「そうだ。俺たちの実力は
自分が一番わかってる。
これは“無茶”じゃない、“無理”だ」
カルドですら、珍しく声を荒げた。
それでもなお、立ち上がろうとしている姿が、
逆に痛々しくて、見ているだけで辛い。
ゼノンさんは、そんな俺たちを見て、
少しだけ肩をすくめた。
「少しヒントをあげよう」
いつもの穏やかな声で。
「私の攻撃は、今の君たちが
“乗り越えられない強さ”にしてある」
「でしょうねぇ!!」
思わず素で返した。
わかっててやってたのか、この人。
「備運動で君たちの限界は見てあるからね。
裏を返して考えてほしい」
そう言って、ゼノンさんは
再び火と土のマナを手のひらに浮かせる。
「“これを乗り越えろ”と私は言ってるんだ。
無茶を言ってるとは思っている。
だが、“無理”は言ってないつもりだよ」
サラッと、とんでもないことを言う。
「さぁ、立ち上がりなさい。
どうやったら乗り越えられるか。
自分の力で考えるんだよ」
火炎弾と巨岩が、
再びゼノンさんの左右の手に浮かぶ。
(くそっ……好き勝手言いやがって……)
内心で悪態をつきながらも、足に力を込める。
立ち上がらない選択肢は、
最初から用意されていないのだ。
(無理に決まってる。
セリアのサポートがあれば、まだ……)
そこで、ふと脳裏に引っかかる言葉があった。
『今からすることは、君たちの長所を伸ばす。
一人でも存分に発揮できるようにね』
一人でも。
(……つまり、サポートなしでも
戦えるようになれってことか)
セリアの活性も、アノンの広範囲魔術も、
カルドの盾も何もなし。
自由の風の連携を切り離した、
個人としての戦闘能力。
いつもの俺はセリアの支援込みで
“速さ”を出している。
それを、剥ぎ取られた状態で出せと?
(そんなの……)
考えたところで、
ふいに、背筋に“圧”が走った。
はっと顔を上げたときには、すでに遅かった。
「いくよ」
ゼノンさんの声。
火炎弾が、視界を覆い尽くす勢いで
俺の眼前に迫っていた。
「あ──」
言い終わる前に、世界が炎で塗りつぶされた。
轟音。 焼ける匂い。
背中から腹へ、貫かれるような熱と衝撃。
「ぐあっ!!」
身体が宙に浮き、
そのまま後方へ投げ出される。
背中に硬い地面の感触。
肺の中身が再び全部吐き出され、
呼吸ができない。
視界の端で、カルドの方に、
巨岩が落ちるのが見えた気がした。
土煙の向こうで、
誰かがうめき声をあげているような気がする。
けれど、それを確かめる余裕はもうなかった。
熱い。 痛い。 重い。
世界の輪郭が、どろどろに溶けていく。
(……くそ……)
意識が、白く……いや、暗く。
遠く、遠くへ沈んでいった。




