0062.モブキャラヨ
ほどなくして、テーブルの上は
色とりどりのケーキで埋め尽くされた。
赤く輝く苺がちょこんと乗った
美味しそうなショートケーキ。
しっとりとした焼き目のついた
匂いの香るベイクドチーズ。
光を受けてきらきらと反射する
季節のフルーツタルト。
濃厚なチョコレートタルト、
層の美しいミルフィーユ、
生クリームの雲をまとったシフォンケーキ。
ささやかなテーブルが、
小さなケーキバイキングへと変貌したのだ。
「……夢みたいです……」
セリアは両手を合わせ、
祈るように目を閉じた。
「火の女神様、土の女神様、
水の女神様、風の女神様。
……皆さまのお恵みに感謝していただきます」
「いただくのじゃ!」
「いただくヨ!」
三者三様の声が重なり、
女子会の本番が始まった。
セリアはショートケーキを一口食べるごとに、
「ふわふわです……」「苺が甘いです……」
「生クリームが軽いです……」と呟く。
アノンはチョコレートタルトをかじりながら、
「このビターさがたまらんのじゃ……!」
「ミルフィーユの層は芸術じゃな」と語る。
ミキは、フォークを器用に操りながら、
一口ごとに短く感想を述べる。
「甘い。幸せ。脳が喜んでるヨ」
「それは良かったです」
「チーズケーキは、ねっとり。
だが、しつこくない。
無限に食べられる気がするヨ」
「無限はやめてください、太ります」
「ミキは太らないヨ。システムが管理してるヨ」
「羨ましいにも程があるのじゃ!」
三人はケーキを頬張り、紅茶を啜り、
ときには最近の依頼の話や、
キロロの可愛さについて語り合った。
セリアは
「最近、おじいちゃんがキロロに“お手”を
教えようとしてるんですよ」
と微笑ましい話をし、
アノンは
「妾を乗せるときだけキロロが全力で
振り落としに来るのは何故なのじゃ」
と不満を漏らし、
ミキは
「キロロと一緒に空を飛ぶと、風のデータが
たくさん取れるヨ。楽しいヨ」
と謎の分析をしていた。
そんな、穏やかで楽しい時間だったのだ。
◇
その空気が変わったのは、
三人がちょうどケーキを食べ終え、
紅茶のおかわりを受け取った頃である。
カラン、と扉の鈴が鳴った。
店に入ってきたのは、
服装こそきちんとしているものの、
明らかに柄の悪い男女四人組だった。
男二人、女二人。 派手な装飾のついた服に、
やたらと高そうなアクセサリー。
そこだけ妙に下品な金の匂いがする。
「おい、ブルーベリーチョコタルト」
先頭の男が、カウンターに近づくなり、
乱暴な口調で声を投げるが、
ドワーフ店主は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありませんぅ。そちらのケーキは本日
完売してしまいまして……」
「はぁ?」
男の眉間に深いしわが刻まれる。
「今なんつった? わざわざ来てやったのに、
食わせねえってのか?」
「す、すみませんぅ……。
本日の分の材料も使い切ってしまって……」
震える声でそう告げる店主。
その様子を見てセリアの眉がぴくりと動いた。
(……言い方が、ちょっと)
セリアは胸のあたりに
もやもやとした不愉快さを覚えたが、
まだ口を挟むには早いと判断して黙っていた。
ところが、その男は
そこから一気にエンジンを吹かした。
「ふざけんなよ。金は出してやる。
って言ってんだぞ? 出せよ、オイ」
「ですから、本日の分は全て……」
「だったら今から作れよ!」
ガン、とカウンターを叩く音が響く。
店内の空気が、一瞬で冷えた。
別の女の方も、面白がるように口を挟む。
「お金持ちのお客様に
そんな態度ってどうなのかしらねぇ?
普通、そっちを優先するもんじゃないの?」
「そうだそうだ、サービスがなってねぇよなぁ」
取り巻きたちも口々に店主を責め始める。
セリアの中で、怒りの針が
じわじわと振れ始めた。
「セリア、顔に出ておるのじゃ」
アノンが小声で囁く。
それを聞き、ミキが隣でさらりと言った。
「触らぬ祟りに神は無しヨ」
「逆じゃろ!?
“触らぬ神に祟りなし”じゃろ!?」
三人のささやき声は、
まだ周囲には届いていない。
しかし、カウンター前の騒ぎは
一向に収まる気配がなかった。
「だから、本当に材料が──」
「うるせぇんだよチビ。こっちは客だぞ?
客が“作れ”って言ってんだ。
なら、材料買ってきて作れよ!」
吐き捨てるような男の声。
その物言いにセリアの指先がぴくりと震えた。
(……もう、我慢できません)
セリアが椅子から立ち上がろうと……、
──その瞬間だった。
「そこまでになさっておきなさいなぁ」
落ち着いた、しかしどこか艶のある声が、
店の奥から響いた。
現れたのは、筋骨隆々の男である。
背は高く、鍛え抜かれた肩と腕。
髪はオールバックに固められていた。
──が。
纏っている服は、ふりふりのフリルが
ふんだんにあしらわれたワンピースである。
淡いピンクと白のコントラスト。
スカート部分は広がり、
レースが丁寧に縫い込まれている。
だが、その上から隠しきれない筋肉の厚みが、
逆に異様なインパクトを生み出していた。
濃いアイシャドー、パッチリとしたまつげ。
鮮やかなリップがその雄々しくゴツゴツした
顔と相成り摩訶不思議と言う外無い。
そう、いわゆるオネエなのだ。
オネエは、ひょいと店の奥から出てきて、
客たちと店主の間に割り込んだ。
「アタシがたくさん買っちゃったのよぉ。
ねぇ、ママ?」
「いや、お客様のせいでは……」
店主はびくびくとしながらも
オネエのせいではないと、
巻き込まないようにと気を使うが、
オネエは大丈夫とばかりに続ける。
「いいのいいの、アタシが原因なんだから♡
アタシが全部食べたくなっちゃって。
どうしても我慢できなくて、
ついつい、いっぱい頼んじゃったのよぉ」
オネエはそう言って、にこりと笑った。
「アタシのせいだから良かったらねぇ、
まだ手を付けてないケーキがあるのよ。
それ、アタシからプレゼントしてあげるわ。
お代も、もちろんアタシ持ちでね♡」
そう言って、綺麗に盛り付けられた
ケーキの皿を取り、男たちの前へ差し出した。
一瞬、周囲の空気が和む。
だが、問題の男は、
そこで引き下がるような相手ではなかった。
「は? なんだテメェ」
男は皿を乱暴に掴み、
そのままオネエの顔めがけて投げつけた。
「きめぇんだよ、オカマ野郎が!!」
皿はオネエの頬をかすめ、
ケーキが床に派手に散らばる。
店内に、短い悲鳴がいくつも上がった。
取り巻きの男女が笑い声を上げる。
「うわ、べったべた」
「似合ってるじゃん、生クリーム」
「言い返しもできないの、ダッサ」
オネエは、一瞬だけ目を閉じた。
そして、静かに笑ったのだ。
「……そう。余計なお世話だったわね」
そう呟いて、踵を返そうとする。
その背中に、なおも男たちの声が追いすがる。
「きもっ」
「オカマのくせに気取ってんじゃねぇよ」
「見た目と違って繊細なのよ、きっと〜」
その言葉に、セリアの中で
何かがぷつりと切れた。
「……!」
椅子が音を立てて引かれる。
アノンが慌てて腕を掴んだ。
「やめておけセリア! !」
「いいえ、見過ごせません!」
セリアは、アノンの手を軽く振りほどいた。
そして、すたすたと男たちの前へ歩み出る。
「いい加減にしてください、あなた達!」
セリアの声が店内に響いた。
ミキも慌てて後を追う。
「……オマエ達、モブフラグ立ってるヨ。
逃げたほうがいいヨ!」
ミキの謎の警告は、当然ながら無視された。
「はぁ? なんだテメェ」
暴言男は、こちらへ一歩踏み出すと、
セリアの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
セリアは、反射的に法術を使う。
活性を自らに施し、
その手を制してやろうとしたのだ。
──だが、その瞬間。
「あら、アナタの可愛いお手々を
汚すことはないわよぉ」
ふわりと割り込む影があった。
確かに奥に行った先ほどのオネエである。
ニコッとセリアに微笑んだ彼女は、いや彼は、
その大きな手で男の手首を掴み取り、
そのままぎゅうぅっと握り込んだ。
「アンタたち、アタシに息巻くのは良いわぁ。
趣味の範囲で受け止めてあげる」
オネエはゆっくりと顔を寄せ、
笑みを深くする。
「でもねぇ。この子たちに手を出すのは、
違うんじゃな〜い?」
ミシミシミシ……。
嫌な音が、男の手首から響いた。
「いっ……!?」
男の顔色が変わる。
半泣きの表情で、必死にもがく。
「な、なんだよテメェ……離せって……!」
「乙女に手を掴まれて、
そんな邪険にしなくてもいいじゃない?
ウフッ♡」
にこにこと笑いながら指先に更に力を乗せる。
男の膝ががくりと折れた。
その様子を見て手を離すオネエ。
「て、てめぇ! 覚えてろよ!!」
ついに悲鳴混じりのテンプレ台詞を吐き、
男は仲間を引き連れて店の外へと逃げ出した。
扉が乱暴に閉まり、鈴が甲高い音を立てる。
「やっぱりモブだったヨ」
ミキが、ごぼうで扉の方を
シッシッと払いながら呟いた。
「いちいちダサい男なんて、
覚えていられないわぁ♡」
オネエは自分の腕についた
ケーキのクリームに気づき、指で拭い取り、
ぺろりと舐めた。
その仕草は妙に色っぽく、
同時に豪快でもある。
セリアは、ほっとしたように胸に手を当てた。
「あ……ありがとうございます。私……」
「いいのよぉ。アナタみたいな可愛い子が
怒ってくれるの、すっごく嬉しかったわ♡」
オネエはウインクをひとつ飛ばす。
そのやり取りを、
いつの間にか席を立っていたアノンが、
紅茶を手にしたまま眺めていた。
「相変わらずの馬鹿力じゃの、ディアモンテ」
アノンがそう呟いた瞬間、
オネエがぴたりと動きを止めた。
「あらぁ? その声、
聞き覚えがあると思ったら……」
オネエ──ディアモンテがゆっくりと振り返る。
「アノンちゃんじゃないのぉ!」
「気づいておったくせに白々しいやつじゃ。
何故こんな所におるのじゃ」
アノンはふん、とそっぽを向きつつも、
紅茶を一口すする。 その様子は、
どこか気安い旧知の相手に対するものだ。
ディアモンテは、くすりと笑った。
「アナタのパパに呼ばれたからよぉ♡」
その一言で、セリアとミキの目が丸くなる。
アノンは面倒くさそうに
溜め息をつきながら二人の方へと向き直った。
「……あぁ、セリア、ミキ。
紹介しておくのじゃ」
いつもの尊大な調子で言いながらも、
その声には僅かな誇らしさが滲んでいる。
「こやつはディアモンテ。
S級、金剛鬼のディアモンテじゃ」
ディアモンテは優雅に裾をつまみ、
ふわりとお辞儀をした。
「よろしくするわネぇ、
セリアちゃん、ミキちゃん♡」
ふりふりワンピースの筋肉オネエ。
その正体は、世界最高峰のひとり。
──二人目のS級、現る。




