0059.二つ名
「はっはっは。それにしても君たち強いね」
陽気な笑い声と共に、
ゼノンさんがゆっくりと歩み寄ってくる。
風はほとんどないはずなのに、
この人が歩くだけで空気が揺らぐ気がする。
俺のビビりが過剰反応してるだけだろう。
たぶん。きっと。そうであってくれ。
ゼノンさんは地面に座り込んだカルドの前で
その足を止める。
カルドは上半身だけ起こした状態で、
半分鎧を外されている。
残っている鎧もあちこち焦げて、
鉄の焼けた匂いが鼻についた。
火傷は……正直、エグい。
セリアの治癒術で
だいぶマシになったとはいえ、
皮膚の赤黒い部分がまだ残っているし、
動くたびにカルドの肩がわずかに震える。
無表情を装ってても痛いものは痛いんだろう。
「風の女神よ」
ゼノンさんが片手を、
そっとカルドの身体へかざした。
呟きは小さい。だが、耳の奥に
直接触れるような響き方をする。
次の瞬間、
カルドの全身を柔らかな風が包み込んだ。
風といっても、涼しいとか
そういう感覚じゃない。
皮膚のすぐ下を撫でられているみたいな、
くすぐったいような。
それでいて、芯の痛みだけを
ふっと消し去っていくような。
そんな不思議な感覚だ。
みるみるうちに、火傷の跡が引いていく。
赤黒かった皮膚が、本来の色へと戻っていき、
硬くなっていた部分が柔らかく馴染んでいく。
セリアがコツコツ積み上げた癒やしを、
ゼノンさんが最後に押し上げたという感じだ。
「知っての通り、これは生命力の前借りだからね
今日はきちんと休みなさい」
穏やかな声。
説教でも命令でもない、
ただ心配しているだけの大人の声だ。
「……あぁ」
いつもなら「問題ない」と
言い張りそうなカルドが、素直に頷いた。
それだけ、ゼノンさんの言葉には重みがある。
「魔術師じゃなかったのか?」
思わず口から出た俺の言葉に、
真っ先に反応したのはやっぱりアノンだ。
「愚か者め。父上は魔術は勿論、
法術も極めている。
貴様が誰よりも父上の杖術を見たであろう?」
「……まぁ、そうだけどさ」
思い返してみれば、確かにそうだ。
バリアを張ったり、炎弾を撃ったり、
最後に転移らしきことをやったり。
でも、戦闘そのものの大半は、杖で殴るという
活性をフル活用した肉体言語だった。
「マジですげえな、ゼノンさんは」
それしか出てこない。
魔法を主体とするはずの戦い方をする人が、
ほとんど肉弾戦で必死だった俺たちを
ボコボコにしたのだ。笑えない。
「てか、さっきの……転移って何!?
魔術って四元素が基本じゃないの?」
転移魔法。
俺としてはそれが一番気になっていた。
あれが使えるというのならば、
マジで俺も魔法の練習を本気出してやる。
死に物狂いでやる。
全力で土下座してでもやる。
弟子入りするレベルのメリットだ。
それに対して何のことないよと
穏やかな顔でゼノンさんは答えた。
「あぁ、単純な原理だよ。
あれはね、転移ではなく“時を止めてる”んだ。
土で時空を保持し、
火で私の周りの時空だけ活性させて、
風で時空が裂けないようマナを循環させる。
そして水で移動時の時空のズレを調和させる。
ね? 原理は簡単だろう?」
「……は?」
口から勝手に音が漏れた。
脳が理解を拒否している感覚って、
こういうやつなんだろう。
土で時空を保持。
火で時空を活性。
風で時空を循環。
水で時空の調和。
……つまり、“時空”を媒介にした付与術を
四色同時で別途運用しているわけだ。
原理は簡単だろう?じゃねえよ。
隣でガレスさんが、やれやれと肩をすくめた。
「ヴェル、旦那の言う事は真に受けるな。
化け物なんだよこの人」
「えぇ、身に染みました」
付与術を使ってるからこそわかる。
俺がやってるのは、
せいぜいナイフ一本という見える対象に
風属性を乗せているだけだ。
時空なんて認識もできない
巨大で繊細なものに、
属性を四つ同時に乗せるなんて、
発想からしておかしい。
「化物だなんてひどい。
ガレスは相変わらず口が悪いなぁ」
ゼノンさんは、少しだけ頬を膨らませて
拗ねたような顔をした。
……アノンにそっくりだな、本当に。
「父上は化け物ではなく、唯一神なのじゃ!!」
宗教が爆誕しかけている。
千年郷改め千年教が始まりそうだ。
「唯一神はさすがにやめろ……」と言う前に、
ゼノンさんが嬉しそうにアノンを抱き寄せた。
「アノンは大げさだなぁ」
とか言いながら、頬ずりしている。
どう見ても否定していない。
親バカの図を横目に、
俺たちはぐったりしながらも
クロムのギルドへと戻った。
◇
ギルドに到着すると、
ガレスさんはまたポンポンと肩を叩き、
キリッとした顔になって言った。
「ちょっとここで待ってろ」
そう告げると、奥へ消えていく。
さっきまでガッハッハと笑っていたのに、
急に仕事モードだ。切り替え早すぎだろ。
数分も経たないうちに、
ガレスさんは戻ってきた。
その手には、四つのプレート。
コトリ、とカウンターの上に並べられた
それを見て、俺は息を飲んだ。
銀。
「……」
そこにはそれぞれ俺たちの名前。
そして、大きく刻まれた『C』の文字。
「今日からお前たちはCランク。
随分と早いが、もう一人前を名乗っていい」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥から何かがせり上がってきた。
熱い衝動なのか、感動なのか、
よくわからない。
名前のわからないその感情が、
ただただ込み上げてきて、
喉の奥が熱く震えた。
奴隷だった。
地獄みたいな坑道で石を運んでた。
いつ終わるかわからない作業に、
何度も何度も心を折られかけた。
でも今、俺の両手には銀のプレートがある。
“冒険者”として、ギルドに認められた証がある。
「……」
照れくさい。
だが、それでも俺は、そのプレートを両手で
包み込むようにして持ち上げた。
光の具合を変えながら、
何度も何度も刻まれた文字を眺める。
ヴェル
ランク:C。
たったそれだけの文字に心が踊る。
「次の金プレートに値するBからは
昇格試験の内容はガラリと変わる。
Cランクともなると依頼内容も簡単じゃない。
即日で終わらないことも増える」
ガレスさんの言葉が、
ゆっくりと頭に染み込んでいく。
「ここからは焦らず、一歩ずつ積み上げていけ。
期待してるぞ、自由の風!」
ガレスさんのその激励に、
俺たちは自然と背筋を伸ばしていた。
「おう!」「はいっ!」
「無論じゃ!」「……あぁ」
四人の声が重なった。
それぞれの声色は違うけれど、
向いている先は同じだ。
こうして、俺たちはCランクになった。
◇
……余談だが。
普通ならBランクあたりから付くらしい
“二つ名”というものがある。
大きな武勲を立てたり、
印象的な戦い方をすれば、
周りが勝手に呼び始めるやつだ。
俺たちはまだCだし、さすがに早いだろう
と思っていたのだが──甘かった。
昇格試験が昇格試験なのである。
しかも、よりにもよって、
千年郷ゼノンを相手にした模擬戦。
噂が立たない方がおかしい。
ある日、ギルドでガレスさんが教えてくれた。
「まずは嬢ちゃん。
言うまでもなく『紅蓮の大魔導師』。
今までは自称だったが、晴れて公認だな」
ガレスさんはニヤニヤしている。
「当然じゃ! 世界がやっと妾に
追いついてきたというわけじゃな!」
アノンは満面のドヤ顔である。
……まぁ、似合ってるから何も言えない。
そしてセリア。
「セリアはだな……『撲殺天使』だとよ」
「……え?」
セリアが固まった。
「こ、これはその……。
わ、私そんなに乱暴じゃないですよね……?」
先日、西の森にて杖一つで
狼の群れを沈黙させた人が何か言っている。
俺とカルドは目を逸らした。
多分、俺とカルドが食堂で話した軽口が
原因だからだ。バレたら俺たちが詰められる。
「ちなみに、最近ギルドの一部にファンクラブ
っぽいのが出来てるらしいぞ。
“守られたい男の会”とか何とか」
「やめてください本当に!!!」
耳まで真っ赤にして叫ぶセリアは、
いつもの癒やし系の顔に戻っていたが、
俺には先日の狼たちの断末魔が
フラッシュバックしていた。
……西の森の狼社会では、
きっともっと洒落にならない二つ名で
語り継がれているに違いない。
相棒のカルドは『不撓不屈』。
豪快な大盾さばきもそうだが、
やっぱり一番話題になってるのは、
ゼノンさんの炎弾へ大盾を捨てて
自ら突っ込んだあの一瞬らしい。
「気迫みなぎるその行動と、
寡黙な性格が噛み合ってな。
最近、カルドのこと“兄貴”って呼んでるやつが
増えてるって話だぞ」
「……やめろ」
カルドは顔をそむけたが、
耳が少し赤くなってるのを俺は見逃さない。
……そして俺の二つ名は、というと。
『風雲児』
ゼノンさんの猛攻を避けきり、
見えない一撃で傷を刻み、
最後には杖を壊した男として。
「諸外国にも話が回ってるらしいぞ。
『新世代を担う者』だの、
『千年郷の後継候補』だの、
皆好き勝手言ってやがる」
ガレスさんは肩をすくめた。
「……風雲児、か」
口に出してみる。少し、むず痒い。
格好いいと言えば格好いいが、
実態を知ってる身としては、座りが悪い。
あれはあくまでも“試験として”、
ゼノンさんが全力を出さずにいたからこそ。
たまたまラッキーパンチが入っただけだ。
ゼノンさんのネームバリューが高すぎて、
結果が過大評価されている。
俺なんて、未だにマナを体内に取り込むのも
まともにできない、“凡人”側の人間だ。
……でも、まぁ。
「風雲児、ヴェルさん」
セリアが、くすっと笑いながら
そう呼んでみせた。
「悪くないじゃないか」
カルドが小さく呟き、
「ふんっ! 凡人のくせに、
名前だけは立派じゃな!」
アノンがいつもの調子で噛みついてくる。
「うるせぇよ、紅蓮の大魔導師|(公認)」
そう返したら、何故か少しだけ
誇らしそうな顔をしていた。
こうして、俺たち『自由の風』の名は、
クロムを超え、土の国に。
そして、少しずつだが、
世界に響き始めていくらしい。
──もっとも、この時の俺たちは
そんなことをまるで知らない。
Cランク昇格の喜びを胸に、
お祭り娘アノン主導の祝宴で、
夜遅くまで騒ぎ倒していたのだった。
第一章 駆け出し冒険者 -fin-
一章終わりである59話(183,309文字)に
お付き合いいただきありがとうございました!
二章も一章と同じ位のボリュームがございます。
そして私はそろそろ三章を書き終えるところです!
安心してお読みいただければと存じます(^^)
また、評価のタイミングに困ってた方々!
このタイミングで入れていただければ幸いです……。
次のタイミングは数十話後なので。わら
ブックマークでもポイントになりますので、
どうかそれだけでも!何卒何卒!!
では、明日からは、
第二章『二つの風』編をお楽しみ下さい!
ミツキイザナ




