0058.ボス戦:千年郷 ゼノン
火蓋を切ったのは──セリアだ。
「火の女神よ!」
澄んだ声が平原に響いた瞬間、
俺の身体の内側にじんわりと熱い奔流が走る。
活性だ。
「活性の力よ!」
続けざまに、セリア固有の
“癒やしから派生した”もう一段階上の
活性が重なる。筋肉のきしみが消え、
視界が一段クリアになる。
心臓の鼓動が一つ一つはっきりと数えられる。
そして、動いたのもセリアだ。
俺たちに法術を振り撒いた後、
自分自身にも強化を乗せたセリアは、
今や自由の風で随一のスピードを誇る
“撲殺天使”、もとい“殴れる僧侶”。
白いローブの裾を翻し、杖を構え、
一直線にゼノンさんへ駆ける。
(野次馬、ざわついてるな)
平原の外縁から、
「えっ?」
「あれゴードンさんとこの?」
「前衛なの!?」
と驚き半分の声が飛んでくる。
わかる。俺も初見ならそう思う。
ぱっと見、癒やし担当の後衛だ。
中身は違うけど。
セリアの杖術は、じいさんに仕込まれた
身体の使い方がベースにある。
無駄のない踏み込み、腰の乗った打撃、
引きと戻しの鋭さ。
その一撃一撃が、
畳みかけるようにゼノンさんへ降り注ぐ。
が。
一本も当たらない。
ゼノンさんは、穏やかな顔のまま、
ほんの少し足首をひねり、身体を傾け、
杖をひょいと動かすだけで、
“そこに通るはずだった軌道”から外していく。
攻撃が当たらないというより、
“最初からそこには存在していない”ような
錯覚すら覚える。
(やっぱ“別格”だな)
「セリア、引け!」
「はいっ!」
俺の声にセリアは躊躇なく真後ろへ飛び退く。
「一掃する炎槍!」
セリアが退いた場所へ、
詠唱を終えていたアノンの魔術が滑り込む。
ぱんっ、と空気が弾ける音。
ゼノンさんを中心に炎の槍が幾十も産まれ、
円環を描いて取り巻いていく。
次の瞬間、その槍たちは針山の針のように
一斉に内側へ殺到した。
全方位から襲いかかる炎の槍の雨。
逃げ場など、どこにもない──はずだった。
「……!」
そこへ、カルドが駆けた。
大盾を構えたまま、地を蹴る音が重く響く。
ゼノンさん目掛けて一直線に突っ込み、
右足を深く踏み込みながら、そのまま回転。
遠心力と勢いを乗せた大盾の薙ぎ払いが、
火炎の渦の中へ突き刺さる。
ガキン!!!
鉄と鉄がぶつかるような、耳を刺す金属音。
見えたのは、半透明の球状の“膜”だ。
炎の槍も、カルドの大盾も、
その膜の表面でことごとく“弾かれて”いる。
(バリア、だな)
冒険者歴二週間の新米だけど、
俺には“前世の財産”という卑怯なチートがある。
──漫画とラノベ。
こっちに来てからも、暇さえあれば
この世界の魔法理論をアノンに聞き、
戦い方をじいさんやカルドに聞き、
三人に付き合ってもらいながら、
“妄想戦術会議”を繰り返してきた。
おかげで、俺たち自由の風は、
実戦経験こそ浅いが、戦術理解度はそれなりだ
セリアは陽動。
アノンは目眩まし。
カルドは押し込みのダメ押し。
そして、本命は──俺だ。
法術のマナを込め続けた魔法ナイフ。
毎晩、みんなに付き合ってもらい、
限界まで貯めた時の挙動を確認し、
どこまでなら制御できるかを見極めた
“今の俺の必殺技”。
風穿一閃。
何者をも穿つ、一極集中の貫通。
俺は狙いを定め、呼吸を一つだけ整え
──投げた。
投げたのと、届いたのが
“ほぼ同時”に感じるほどの速度。
空間把握があるからこそわかる、
あり得ない軌跡。
速すぎて一拍にしか聞こえない、
二つの音がバリアをまるまる貫通したことを
明白に示している。
そして、晴れていく炎と煙の幕の向こうに、
ゼノンさんの姿が浮かび上がった。
その頬には、赤い一筋の線。
(……入った)
小さい。
傷と言っていいのかすら怪しいレベル。
それでも、“世界の頂点”に刻んだ
初めての一太刀だ。胸が熱くなる。
「……面白いね」
ゼノンさんは、指先で頬の血を拭い、
興味深そうにそれを眺めた。
ひとりごとのように呟く声は穏やかなのに、
その瞳の奥に、ぞくりとする光が宿っていく。
(あ、この顔──知ってる)
ワクワクした子供のような、
何か面白いおもちゃを見つけた時の目。
あれにそっくりだ。
アノンに。
「撤回させてほしい。サンドバッグは止めだ。
もっと──試してみたい!」
そう言った瞬間。
気づけば、俺の“目の前”にいた。
「っ!?」
杖がぶぉん、と唸りを上げて横薙ぎに迫る。
振り上げる動作も、踏み込みも何も見えない。
ただ、もうそこに軌道があった。
反射的に“目で見る”のではなく、
“空間として把握”していたからこそ、
ギリギリで間に合う。
半歩だけ下がり、上体をのけぞらせる。
鼻先すれすれで杖が通り過ぎ、
頬に風の冷たさだけが残った。
突然の接近に、二の手が遅れる。
間合いも、タイミングも、
完全にゼノンさんのペースだ。
「やぁっ!」
そこに、セリアが飛び込んできた。
背中方向から横へ払うように、杖の一撃。
だが、ゼノンさんは振り返りもせず、
一歩だけ踏み込みをずらす。
すかっ、と空を切る杖。
同時に、持ち替えた杖の頭が、
セリアの鳩尾へ寸分違わず突き込まれた。
「────っ!!」
声にならない息が漏れ、
セリアの身体が弾かれたように吹き飛ぶ。
その軌道上へ、カルドが滑り込み、
セリアを抱きとめた。
地面に転がることだけは阻止される。
(助かったけど……今の一手で、
完全にこっちの手牌が減った)
俺は、その間も、ナイフに
マナを込め続けながら迫る攻撃を
いなすことに集中する。
左足を引き、かがみ、跳ねるように右後方へ。
踏み込みと同時に腰を落とし死角に潜り込み、
右足を軸に左足を大きく回して距離を作る。
ゼノンさんの杖は、
追いすがるように空間を裂く。
一撃一撃は致命傷にはしてこないが、
かすっただけで戦闘不能にされそうな
重みがあることは言うまでもない。
(反撃には回れねぇ……!)
欲しいのは、ほんの刹那の“隙”だけ。
セリアは、今の一撃で一時的に動けない。
アノンの魔法は範囲が広すぎる。
今撃たれたら、巻き込まれるのは俺だ。
だが、俺にはまだ“相棒”がいる。
「うぉぉぉぉぉ!!」
カルドの雄叫びが、平原を震わせた。
セリアを地面にそっとおろすと同時に、
カルドは大盾を構えて突進を開始していた。
正面からの全力タックル。
当然、ゼノンさんに
それが見えていないわけがない。
俺への攻撃の手を止めることなく、
ゼノンさんは左手だけをカルドへ向ける。
詠唱は、ない。
瞬間、カルドの前に巨大な炎弾が“産まれた”。
「カルド!」
大盾を構えたままなら、防げるだろうか。
そう判断しかけたその瞬間。
──カルドは“大盾を捨てた”。
燃え上がる塊に、
正面から身体ごと突っ込んだ。
「っ……!」
鎧が焼ける匂いが、一気に押し寄せてくる。
金属が熱で軋み、皮膚の焼ける嫌な臭いが、
俺の鼻を刺す。
それでも、カルドは一歩も止まらない。
炎弾を押し切り、
そのままゼノンさんの身体へ飛びついた。
流石のゼノンさんもそれは読めなかったのか、
戸惑い、いや、面白いという顔をしていた。
「やれ! ヴェル!!」
カルドの叫び。
応えない理由なんて、どこにもない。
「──行くぞっ!」
風斬一閃。
最大限にマナを貯め、最大限に
“斬る”ためだけに循環させた風の刃。
ナイフであるがゆえに射程は極端に短い。
だが、その刃は“触れたものの抵抗を無にする”。
カルドに羽交い締めにされ、
逃げ場を封じられたゼノンさんは、
咄嗟に杖でそれを受けようとする。
──無駄だ。
ナイフが杖に触れた瞬間、
木の軋む音すらなく、ゼノンさんの杖は、
あっけなく断ち切られた。
なおも勢いを失わない刃が、
そのままゼノンさんの身体を薙ぎ払う──
はず、だった。
「……っ!?」
空を切った。
残ったのは、地面に転がった杖の残骸と、
腕の中で虚空を抱きしめている格好のカルド。
空間把握の範囲内で、
“ぬるり”と位置がずれた感覚があった。
ゼノンさんは、数メートル離れた場所へ
“移動している”。
踏み込みの痕跡も、全くない。
(──転移魔法か)
世界の頂点にいると言われるS級。
頭ではわかっていたが、やはり規格外すぎる。
だが。
(だからって、諦めるにはまだ早い)
セリアは、自分に治癒をかけながら、
フラつきつつも立ち上がろうとしている。
カルドは、全身火傷のはずなのに、
もう次の一手を探す目をしていた。
アノンは、俺たちを巻き込まないように
詠唱の構築パターンを変えながら、
次の魔術を練り直している。
まだ、誰も折れていない。
ここから、どう食らいつくか。
──そう考えていた、その時。
「合格、だよね? ガレス」
「「「「えっ?」」」」
俺たちの間抜けな声が、綺麗にハモった。
まだ構えを解いていない俺たちをよそに、
ゼノンさんはまるで散歩後の感想を述べる
みたいな顔で振り返っていた。
頬に入った一筋の傷と、
断たれた杖の残骸を軽く持ち上げてみせる。
「私に一撃を与え、杖も壊されたんだ。
防御において、手抜きなんてしてないのは
見て分かるだろう?」
ガレスさんは、顔をひきつらせたまま、
汗を一筋垂らしている。
「……あぁ、勿論だ。EどころかCランクですら
こんな事できる奴ァいねえだろうさ」
そう言ったあと、
頭をポリポリとかきながら、ため息を一つ。
「しかし、アンタの悪い癖だぜ。
面白そうだからってのはわかる。俺も思った。
だが、勝手に無茶させないでやってくれよ。
……おい、僧侶の嬢ちゃん。
カルドを治癒してやってくれ」
「あ、はいっ!」
セリアは、慌ててカルドの元へ駆け寄る。
焦げた鎧の隙間から見える皮膚に
両手をかざし、癒やしの光を流し込んでいく。
「ったく、その好奇心が、
アンタをアンタたらしめるんだろうがよ。
若人をもっと大切にしろ」
ガレスさんはゼノンさんに文句を言いつつ、
こちらへ歩いてくると、、
俺の肩をぽん、ぽんと叩いた。
「合格だ。こんなの見せられて
“贔屓だ”なんて言う奴はいねえ。
ギルドに来い。銀プレートをくれてやる」
銀。
銅色だったプレートが、次の色になる。
俺はカルド、セリア、アノンと目を合わせた。
三人とも、満面の笑みだ。
達成感と安堵と、
信じられない気持ちが入り混じった顔。
たぶん、俺の顔も似たようなもんだろう。
ガレスさんは、少し姿勢を正すと、
野次馬たちにも聞こえるよう声を張り上げた。
「クロムのギルドマスター ガレスの名において、
──ヴェル、カルド、セリア、アノン!
四名のCランク昇格を、ここに認める!!」
その宣言が終わるのと同時に、
平原の外縁で見ていた人々から、
どっと歓声が上がる。
「うおおおお!」
「やりやがった!」
「マジですげぇよ!!」
あちこちから叫び声や口笛が飛び交い、
名前を呼ぶ声まで聞こえる。
胸の奥が、じわりと熱くなった。
「やったな……!」
思わず、そう呟く。
カルドは「当然の結果だ」と言いながらも、
口元が緩んでいる。
セリアは、ローブの袖で目元をこすりながら、
「よかった……」と何度も繰り返している。
アノンは、涙目で空を仰ぎ──
「見たか、父上!
妾はやれば出来る子なのじゃああああ!!」
と、いつもの調子で叫び、
ゼノンさんに飛びついていた。
ゼノンさんは、その頭を優しく撫でながら、
「うんうん、アノンは天才だね」と頷く。
その光景を見て、なんとなく、
胸の中のモヤモヤも晴れていく。
俺たちは、やり遂げたんだ。
Cランク昇格試験
千年郷 ゼノンに力を示せ。
──完遂。
次話は22:40!




