0057.サンドバッグになる男
本日、投稿をし始めて2週間を迎えます。
ですので1章の終わりまで投稿します!
次は20:40に投稿します!
次の日。
昇格試験の話を聞きつけて、
「ついていく」と言い出したゼノンさんが
当然のように同行し、俺たちは揃って
クロムのギルドへ向かった。
朝のギルドはそこそこ賑やかで、
受付前には今日の依頼を物色している
冒険者たちが列を作っている。
俺たちが扉をくぐると、
何人かが「噂の奴らだ」とでも言いたげに
視線を寄越した。
その視線の先には、のほほんとした顔で
アノンの肩を抱いて歩く、
世界トップクラスのS級冒険者がいるわけで。
そりゃ見るよな。俺だって逆の立場なら見る。
「かー! 昨日アンタが来たって聞いて、
絶対こうなると思ってたぜ」
受付近くで書類を捌いていたガレスさんが、
あからさまに面倒くさそうな顔をして
出てきた。溜め息が見えるレベルだ。
「やぁ、ガレス。久しいね」
「ゼノンの旦那もお元気そうで」
口ではそう言いながらも、
「さっぱり嬉しくねぇぞ」という
顔をしている。この二人、距離感がおかしい。
「何しに来たか聞かないのかい?」
「試験を邪魔しに来たんだろ?
アンタは一度言い出したら聞かねぇから、
聞くだけ無駄なんだよ」
「話が早くてなによりだ」
ゼノンさんは楽しそうに笑う。
対するガレスさんは、
頭痛が酷くなった人みたいな顔だ。
(この二人、知り合いなの?)
そういえばアノンのことも前から
「嬢ちゃん」って呼んでたし、
変な馴れ馴れしさがあった。
「ゼノンさんとガレスさんって、
どういう仲なんだ?」
小声でアノンに聞くと、
アノンは「ふふん」と鼻を鳴らして答えた。
「あやつが駆け出しの頃、
良く通っておったギルドが父上のところじゃ。
そこでギルドマスターが父上でな。
その頃からの付き合いで、
特定の冒険者に入れ込まぬ父上が、当時、
唯一可愛がっておったのがガレスなんじゃ」
なるほど、師弟みたいなものか。
そりゃ、あの物言いの強さも許されるわけだ。
「で、旦那はどうしたいんだ?」
ガレスさんが諦めた顔で問いかける。
「今の僕はギルドマスターでもないからね。
昇級に口出しする権利はない。
ゆえに……サンドバッグに立候補しよう」
「サンドバッグ??」
思わず声が重なる。
俺とカルドとセリアとアノン。四重奏だ。
「私は手を出さず、この子達の全力を
私が受け切る。それを見て、ガレス君。
君が判断するんだ。どこぞの馬の骨の判断なら
異議を申し立てるかもしれないが、
君なら任せられる。信じられるよ」
そう言って、ゼノンさんは
いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
優しい顔で言うことじゃねぇよ、それ。
「たかだかCの審査だろう?
攻撃力を見るなら、それが一番早い。
どうかな?」
ガレスさんは、額に手を当てて、
ぐいぐいと押しながら深く溜め息を吐いた。
「NO。はないんだろ?」
「うん。良くわかってるね」
「なら、ヴェル達。諦めてついてこい」
観念したらしい。
特例中の特例の昇格試験が決まったようだ。
◇
案内されたのは、クロムから歩いて
一キロほど離れた平原だった。
岩は少なく、見晴らしのいい草地。
ぽつぽつと背丈の高い木が数本立っている。
隠れるには心もとないし、攻撃を受けたら
真っ先に吹き飛びそうな樹ばかりだ。
「ここで思う存分やってこい。
大丈夫だ。何やっても、あの人には傷一つ
つけられないだろうから」
ガレスさんは、俺たちの肩を順番にポンポンと叩いた。
「聞いたことあるかもしれんが、
旦那の後釜を狙う者は多い。
四大国の相談役、魔導局の局長、
禁書庫の管理人、それ以外にも重要な施設の
何かしらに複数噛んでる」
さらっと、とんでもない肩書きを並べる。
「やっかみも色々ある。
だが、あの人がそれらを担ったままだ。
──変わらない理由は簡単だ。
千年郷ゼノンを“超えられる”者がいない。
“並べる”者すらいない」
その言葉に、アノンの話を思い出す。
『もう後進もまともに育てられぬのなら、
役を降りるときではないか』──とな
アノンを出汁にして、
引きずり下ろそうとする連中がいること。
それでも、何一つ役職を手放していないこと。
その理由が、はっきりとわかる。
「お前たちの全力を、あの人なら
受け止めてくれる。気張ってこい!」
ガレスさんは、最後にもう一度
俺たちの背中を押した。
その掌は、熱かった。
◇
俺たちが歩み出る先で、
S級 千年郷ゼノンが待っていた。
変わらず穏やかな笑みで、
まるで散歩に来たといった風情で立っている。
だが、その姿に不思議な“揺らぎ”も“隙”もない。
「私の方は準備が出来ている。
好きなタイミングでかかっておいで」
ただ立っているだけなのに、
攻め込むイメージが湧かない。
……わかっていたことだ。
初めて会った時。
じいさんの家の戸を開け、
俺を見つけて柔らかく笑ったあの瞬間から。
いや、おそらくその前からだろう。
アノンを甘やかし、
キロロを撫で、話していた昨晩のあいだも。
この人は、一瞬だって“無防備”ではなかった。
常に迎撃を想定し続ける、達人の領域。
それを「当たり前」のように続けているのが、
このS級なのだ。
俺は剣を抜き、構えた。
自然と、カルドとセリアも
並ぶように前へ出る。
アノンは、その後ろで杖を握りしめていた。
わかるくらい、手が震えている。
(緊張、だよな)
当然だ。
大好きな父に。
ひいては、世界中に名前を売っている
S級の前で。
自分の力を示すチャンスであり、同時に──
「やっぱり才能がない」と
野次馬に言われるかもしれない最大のピンチ。
アノンにとって、
ここは大げさでもなんでもなく“分水嶺”だ。
だから、俺はあえて、口を開いた。
「ぷぷっ。紅蓮さんってもしかして
ビビってんの〜?」
煽ってやった。全力で。
「貴様ッ! 誰が紅蓮ちゃまだ!
凡人のくせに頭に乗るな!」
顔を真っ赤にして怒り、
ポコポコと杖で俺の脇腹を殴ってくる。
普通に痛い。
でも、いい。狙いどおりだ。
「──流石ゼノンの娘だ」
そう言うとアノンの動きがピタッと止まった。
「……っ」
表情が一瞬だけ、揺れる。
誇らしさと、照れと、拗ねと、嬉しさと。
色んな感情がごちゃ混ぜになった顔。
「知らしめるチャンスが来たな」
俺は、わざと大きめに周りへ視線を流した。
遠巻きに、そこそこの人数の人影が見える。
クロムの町の冒険者や、農民、子供たち。
グレイヴバード討伐で少し名前が売れた
俺たちの昇格試験に興味津々の野次馬たちだ。
「S級が関わる」となれば、
集まらないわけがない。
アノンは、ようやくそれに気付いたらしい。
「……う」
肩がわずかに震え、視線があちこち揺れる。
「やるぜ、ゼノンの娘を見せつけてやろう」
俺がそう言うと、アノンは震えながらも
鼻を鳴らして前を向いた。
「ふんっ。言われるまでもない。
足を引っ張ったら許さんからな!」
まだ緊張は完全には消えていないだろう。
それでも、目つきが変わった。
「行くぜ! 自由の風!」
「おう!」
「はいっ!」
「うむっ!」
俺の号令に、三人がそれぞれの声で応じる。
その背後で、風がそっと頬を撫でた気がした。
相手は世界の頂点の一人。
S級 千年郷ゼノン。
どうなるかなんて、わからない。
ガレスさんの言う通り、
傷一つつけられないかもしれない。
それでも、いや、だからこそ──
最初から、全力だ。
C級昇格試験──開始!!




