0056.千年郷ゼノン
「始めまして。私の名はゼノン。
君たちの事は娘の手紙で存じ上げている。
いつも可愛い娘がお世話になって……
本当に感謝しているよ」
気品のある丁寧な口調。
柔らかい笑み、落ち着いた声色。
S級だと言うのに傲慢さがまるでない。
……アノンの父とは、とても思えない。
「違うのじゃよ父上。
世話をしてやってるのは妾の方じゃ!」
アノンは当然の顔で、いつもどおり胸を張る。
ない胸を、これでもかと張る。
「ゼノン様、お久しぶりでございますじゃ」
ゴードンじいさんが車椅子の上から
軽く頭を下げる。
「久しいね、ゴードン。
互いに老けたものだよ」
「何をおっしゃいますやら。
ゼノン様は大しておかわりありませんぞい?」
「ふふ、こう見えても最近
枕元に抜け毛が増えててね……」
抜け毛の話をするS級。
それを真顔で受け止める元A級。
……やっぱりアノンの父とは思えない。
いい意味で。
「そんな話はどうでもいいのじゃ! 父上!
妾は明日C級の昇格試験に受けるのじゃ!!」
話題を強制転換する紅蓮さん。
ゼノンさんは、そこでようやく娘に
視線を戻して驚くようにいった。
「C級? 先週Eに上がったって
言ってなかったかい?」
「妾は優秀じゃから飛び級なのじゃ!」
「うんうん! アノンが世界一だよ〜!
むぎゅー!」
再び全力ハグ。
ギュゥゥと抱きしめてアノンの髪を撫で回す。
……なるほど。
全肯定、激甘やかし、増長コース。
フルコンボだな。アノンがつけ上がるわけだ。
「それにしても、アノンを試験するなんて……
どこぞの馬の骨でなければいいが」
ゼノンさんは、顎に手を当てて考え込む。
「節穴だったとしたら……。
その身体にも同じサイズの穴が
空くことになるだろうからね?」
「むふふ、父上の魔法で木っ端微塵じゃな!
灰が残れば御の字ともいえるがの!」
「ふふふ、アノンを見誤る節穴なんて
灰も残るわけ無いじゃないか!」
「むふふふふ!」
「ふふふふふ!」
親子そろって楽しそうに
人を消し飛ばす話をする。
笑いながら物騒なことを言わないでほしい。
……俺たちはついていけずにドン引きである。
そんな俺たちの視線に気づいたのか、
ゼノンさんは少しだけ咳払いをして
表情を整えた。
「あ、これはすまない。
最愛の娘を前にしてしまうと、
つい我を忘れてしまうんだよ。
良かったら名を伺ってもよろしいかな?」
そう言いつつも、アノンを抱きしめる腕は
一ミリも緩んでいない。
アノンもアノンで、されるがままだ。
とりあえず、自己紹介だ。
「俺はヴェルといいます」
「あぁ、君がアノンに泣きついて
弟子になったという子だね」
「ん? 何の話だ?」
思わず素で返してしまう。
誰だよそんな設定盛ったの。
「カルドだ。よろしく頼む」
「おぉ、君がアノンの椅子になりたいって
いつも懇願してくるという話に出てくる
筋肉ゴリラと呼ばれてる子か。ありがとうね」
「筋肉ゴリラ?」
カルドが小さく呟いた。
静かな声なのに、やたら重い。
「私はセリアです。よろしくお願いします」
「君がセリアちゃんか。
アノンに毎日色気を教わってる
勉強熱心な子と聞いてるよ」
「色気?」
セリアは怪訝そうな顔をした。
俺とカルドは、ゆっくりとアノンの方を向く。
そこには、珍しく「やばい」と
書いてある顔をしたアノンがいた。
「「「ちょっとアノンに話があるのですが」」」
俺たち三人の声が、見事に揃う。
「あーっと! そうじゃそうじゃ!
キロロを父上に紹介せねば〜!!」
アノンは慌てて話題をすり替え、
そのまま全力ダッシュで外へ飛び出していく。
……あいつ、あとで絶対詰めてやる。
心のメモ帳に「アノン吊るし上げ」と
太字で書いておく俺。
俺たちが無言で頷き合っていると、
ゼノンさんがアノンの背中を見送りながら、
ふっと表情を和らげた。
「悪いね。うちの娘に付き合わせて。
あの子は私に良く思われたいと、
少々、いや結構な話を盛る癖がある。
私の育て方が悪いのだが……
何しろ可愛くて、つい」
自覚はあるらしい。
あるけど直す気はなさそうでもある。
「私の前で強がるアノンに付き合ってほしい。
私はその嘘をちゃんとわかってるから。
……娘をパーティに迎えてくれてありがとう」
そう言って、ゼノンさんはすっと腰を折り、
深々と頭を下げてきた。
S級冒険者だというのに、深々と。
アノンと違ってこの人は自分が偉いとは
微塵にも思ってないみたいだ。
「い、いや。まぁ俺たちも助かってますし」
「えぇ、素直じゃないところもあるけど
可愛らしい私の親友です」
「今ではアノンも自由の風の一員だ」
俺とセリアとカルドは、虚偽なくそう答えた。
会うまでは正直、ちょっと身構えてた。
S級千年郷ゼノン。
アノンの父。
どんなやべー奴が来るんだろうって。
……実際やべー奴だったけど、
方向性は思ってたのと違った。
「会うまでは不安だったが、何も問題なかった。
あんなに幸せそうなアノンは久々だよ」
ゼノンさんは、さっきも見せた
父親の顔で微笑んだ。
前、アノンが言っていたことを思い出す。
『父上が妾を愛しておるのは、本当じゃ。
血が繋がっておろうがなかろうが、
どうでも良いと思えるほどに、のう』
あの言葉に、今なら俺も力強く頷ける。
アノンは、間違いなく愛されている。
そんなことを考えていたら、
外から「キュイ〜」とキロロの鳴き声が
聞こえてきた。
「父上! 此奴が妾の騎竜のキロロじゃ!!」
アノンの誇らしげな声が続く。
「手紙にあった雛竜だね」
ゼノンさんが立ち上がり、
窓を開けて外を覗き込んだ。
「きゅいきゅい?」
キロロが首をかしげながらこちらを見る。
「確かに雛竜だね。まだ因子もないようだね」
「因子? って何の話ですか?」
俺が尋ねると、ゼノンさんは少しだけ
真面目な顔つきになった。
「これはあくまで私の研究に基づいた考えだ。
話半分で聞いてほしいのだが」
そう前置きしてから、続ける。
「ファイアードラゴン。
アイスドラゴン。
シードラゴン。
サンダードラゴン。
アースドラゴン。
外にも様々なドラゴンが世界にはいる。
が、そのすべては同種だと私は考えている。
形や性質が違えど、生まれた時はすべて
同じ生物種であるのだと」
窓から身を乗り出し、ゼノンさんは
キロロの頭を、くしゃりと優しく撫でる。
「同じ雛竜だったはずがどうして異なるのか。
ドラゴンというのは、環境適応力が最も優れた
種族なんだと仮説をたてたんだ。
環境により、状況により、そして想いにより、
成長方針を変える。
火山に根ざせばファイアードラゴンに。
凍土で暮らせばアイスドラゴンに。
海を愛せばシードラゴンに。
大地を駆けたければアースドラゴンに」
そこまで言って、ゼノンさんは少し
目を細めて笑った。
「ドラゴンというのは、なりたい未来を叶える
無限大の可能性を秘めた生き物なのさ」
「きゅ〜?」
自分の話だとは分かるが、
内容までは分からない、といった顔で
キロロが首を傾げる。
「そして、その方針を心に秘めたものを、
私は“因子”と呼ぶことにした。
そして、この子はまだ決めかねている。
自分がどうありたいか、まだ未熟だしね。
これは推測でしかない。雛竜の観測なんて、
この私でも出来たことがないんだ」
そう言って、今度は俺たちの方を見て微笑み、
最後にゴードンじいさんへ視線を向ける。
「というわけで、
私もここに住ませてもらうよ。
勿論、宿代は払う」
「「「「えっ?」」」」
……こうして、ただ事ではない人が、
拠点にまたひとり増えてしまったのだった。




