0054.初風ミキに看取られたい
報告はカルドがギルドに行き、
俺とセリア、まよねこ、ミキの四人(?)で、
じいさんの家に帰ることになった。
帰り道。土の国特有の乾いた風が、
草の匂いと鉱石の粉っぽさを運んでくる。
その中を、俺達はてくてく歩いていた。
「で、まよねこ。
その能力、もうちょい具体的に教えてくれよ」
そう振ると、まよねこは胸の前で
手をもじもじさせながら、
妙なテンションで語り始めた。
「デュフ……! あ、改めましてでござるが……
拙者の能力はですね“初風ミキに関するもの”を
具現化する力でござるよ……!
公式でも同人でも、拙者の脳内にある
ミキたその情報さえあれば、
ポスターもフィギュアも、
タペストリーや抱き枕!
何なら想像の産物でさえも
全部、現世にドロップ可能でござる……!」
「いや、どんな偏った能力だよ」
思わず突っ込むと、まよねこは、
どこか遠くを見つめる目になった。
「……拙者、もともとは、
引きこもりニートでござった」
唐突な告白だった。
「親がおりましてな。
拙者は、家に籠りソシャゲとアニメと動画と
ミキたそだけを糧に生きておったのでござる。
が……ある日。親がぽっくりと往生なされて。
デュフ……」
そこで、まよねこは苦笑いとも
自嘲ともつかない顔になる。
「家賃を払えず、家は追い出され、
当てもなく日雇いの現場仕事に……。
四十を越え、まともな社会経験もなく、
コミュ力もなく、腰も弱く……。
それでも、唯一持ち出すことのできた、
ミキたそのフィギュアを胸に、
拙者は現場に通ったのでござる。
“ミキたそが見ている……拙者はまだ戦える”
と自らに言い聞かせながら……デュフ」
「……」
横でセリアが、そっと表情を和らげる。
「五年間ほどでござるか。
拙者、根性だけはあったようで。
現場の兄者たちに罵倒されながらも、
日雇いから社員に昇格し、
何とか現場に食らいついておりました。
全部、ミキたそのためでござるよ。
新しいCDを買うため……、
新作フィギュアをお迎えするため……、
イベントBDを予約するため……!」
「あ、そこはブレねぇんだ」
「デュフフ……。
だが、不摂生とストレスは、
確実にHPを削っておりましてな。
ある日、仕事帰りに、道端でぱたりと倒れ、
そのまま……ゲームオーバーでござる」
さらっと言う割に、内容はだいぶ重い。
「死ぬ間際、拙者は思ったのでござる。
最期の瞬間たった一体のフィギュアではなく、
たくさんのミキたそに看取られたかった”と。
それが、恐らく拙者の“後悔”でござろうな」
まよねこは、そこでふっと笑った。
「気づいたら、この世界でござる。
ミキたそのことを思い浮かべれば、
周りにミキたそのグッズが増殖する。
最初は、天国かと思ったでござるよ。
この世は極楽浄土。
ここは“初風ミキパラダイス”……!!
デュフフフ……!」
「天国のハードル低くない?」
「ミキがいれば、どこだって天国ヨ」
ミキが横からきっぱりと言い切る。
ごぼうをぴょこぴょこ振りながら、
いつもの機械音声で。
「なにより、動いて話せるミキたそが
離れずに拙者の目の前にいる……。
拙者、世界で一番の幸せ者だと、
自負しておるのでござるよ。デュフ」
その横顔はまさに幸せそのものだった。
幸せと誇れるものがあることは
俺は素直に素敵だと思う。
「俺は初風ミキをあまり知らないけど、
TEMP OF BEEFと歌ってたLayは好きだよ」
と伝えた。あの曲は名曲だと思う。
「ファッ!? ヴェル氏!
わかってくれるでござるか!?
ボーカルの爽やかな声とミキたその共演!
交互にハモリがかわりそしてユニゾン!
Cメロにてミキたそがあえての下ハモ!
鳥肌ものですな! デュフフフ!」
更に連々と語っていたが
熱量に追いつけず聞き流した。
だが、嬉しそうでなんだかほっこりもする。
「それにしても……」と、セリアが口を開く。
「土木のお仕事って、大変なんですよね?
それを五年も続けたなんて、すごいです」
「デュフッ!? セ、セリア殿……!
そんな風に評価されたのは、生涯初でござる!
拙者、てっきり誰からも“ダメ人間”と
言われ続ける運命かと……」
「ダメなところも、あるとは思いますけど」
「ぐふっ!?」
言葉でクリティカルヒットしていくスタイル。
でもトーンが優しいから余計に刺さるやつだ。
「でも、誰かのために続けてきたことは、
……やっぱり尊いと思います。
動機がちょっと……偏ってますけど」
「デュフゥゥ……!!」
まよねこの目に、うっすら涙が浮かぶ。
褒められ慣れてない生き物特有の反応だ。
セリアは最初こそ警戒していたが、
まよねこの話を聞くにつれ、
目に見えて肩の力を抜いていった。
少なくとも「悪意のある奴」ではないと
判断できたのだろう。
ミキはミキで、
「まよねこは、キモいけど、
悪いヤツではないヨ。キモいけど」
と、容赦ない補足を入れる。
フォローなのかディスなのか分からん。
◇
そんなこんな話しながら歩いているうちに、
見慣れた家と畑が見えてきた。
ゴードンじいさんの家。俺達の拠点だ。
「ただいま戻りました〜」
先頭に立って声をかけると、
家の中からバタバタと足音。
一番に飛び出してきたのは案の定あいつだ。
「なんじゃなんじゃ、凡人共。
もう帰ってきたのか……ぬっ!?
なんじゃこの醜い豚は!!」
開口一番それかよ、アノン。
「妾の視界に入るだけで腹立たしいのじゃ。
何故、かようなやつを連れて来たのじゃ!!
さっさと捨ててこ──ぐぬっ!」
かぷり。
アノンに金色の口が綺麗に食いついた。
キロロである。
「ナイス噛みつき!」
思わず親指を立てる俺。
キロロは「キュイー」と誇らしげに鳴き、
アノンをぶら下げてぶんぶん揺らしている。
「は、はなさんかこの金色の暴君竜がぁぁ!!
妾はゼノンの一人娘じゃぞぉ!?
ぐぬぬぬ!!」
「ド、ドラゴンでござるかぁぁぁ!?
き、キュートな見た目なのに、
噛みつき性能がSSR級でござる、デュフ!」
まよねこのテンションも一気に爆上がりだ。
アノンの悲鳴と、まよねこの歓声と、
キロロの鳴き声が、妙なハーモニーを奏でる。
「……とりあえず、アノン、話聞け」
俺は、キロロの口から
ずるずる引きずり出されたアノンを横目に、
経緯と事情を説明した。
ヌス洞窟にいた逃亡オタク
その能力が「初風ミキ具現化」特化
洗脳&人体錬成疑惑で指名手配状態
このままだと別の冒険者や兵に
見つかる可能性が高いこと。
じいさんの家なら、
隠れるにも暮らすにも都合がいいこと。
「ふむふむ……なるほどのぅ。面白そうじゃ!」
事情を聞いたゴードンじいさんは、
むしろ目を輝かせた。
「よいぞよいぞ。ワシの家など、
賑やかなほど良いわい。
この歳になると、朝起きて静かじゃと
不安になるからのぅ。ホッホッホ!」
じいさんはニコニコしながら、
キロロの頭を撫でてやる。
キロロも「キュイ〜」と嬉しそうだ。
◇
その後、俺達は納屋へ案内した。
ここが、俺とカルドの住処であり、
キロロの寝床であり、
そして「まよねこ&ミキの秘密基地」も
兼ねる場所になる。
「ほほう……これは……デュフ……」
納屋を見るなり、まよねこの目が
別の意味で輝き出した。職人モードらしい。
「梁の位置、柱の太さ、床板の状態……。
ふむふむ、このままでは、キロロ殿の体重と、
我々の生活スペースで荷重バランスが
よろしくないでござるな……。
床を一部補強して、ドラゴン用スペースと
人間用スペースを分け……壁面収納を作り……
ミキたそのポスターギャラリーをぐふふ……」
「なんか一瞬、本職の匂いがしたな」
「デュフ。現場五年は伊達ではないのでござる。
図面も引けるでござるし日雇い時代のお陰で、
ある程度色んな経験もござるよ。デュフ!」
「まじ? いや、すごくね??」
「体力が無い分、拙者のできる事を増やして
現場の兄者達に貢献したかったでござるよ。
大変厳しくはありましたが、
こんな拙者を育ててくれたでござるから」
「それは素直に頼もしいです」
セリアも、さっきまでのツン気味な顔を
すっかり和らげていた。
「じゃあ、お願いしてもいいか?
この納屋、改築をさ」
「よろこんでぇぇ!!」
オーバーリアクション気味に頭を下げ、
さっそく早口で改装プランを語り始めた。
正直、半分くらいしか分からなかったので、
「良くわからんが頼む」とだけ返しておいた。
ちょうどその頃、
カルドもギルドから戻ってくる。
「報告は済ませてきた。
洞窟には“人が出入りした形跡はあるが、
今は誰もいなかった”とだけ伝えておいた。
今後、正式に調査依頼を組むかどうかは、
ギルド側で決めるそうだ」
「助かる。さすがだな。
しかし、えらい時間かかったな」
「そうか? まっすぐ帰ってきたが……」
あとは……とカルドが納屋を見渡し、
まよねこを一瞥する。
「新入り、だな」
「デュ、デュフ……! あ、改めてまして!
し、シバタタクミこと、まよねこ……!
何卒、よろしくお願いいたすでござる……!」
「頼りにしている。納屋は、まだ強くなれる」
ぶっきらぼうだけど、カルドなりの歓迎だ。
まよねこは何故か感動していた。
「ミキの部屋は、こっちヨ〜」
ミキはというと、納屋ではなく
母屋の方に向かっていた。
セリアが、男だけの納屋に寝かせるわけは!
と、当然の主張をした結果である。
そこは譲れないラインらしい。
◇
こうして、カオスな面子が、
ゴードンじいさんの家にまた増えた。
賑やかなんてもんじゃない。
静かだった頃の家を思い出そうとしても、
もう霧の向こうだ。
残るDランク依頼は八つ。期限はあと六日。
「……さて、と」
俺は窓の外で跳ね回るキロロと、
納屋の構造を真剣に見つめるまよねこ、
それを遠巻きに見守るセリアと
アノンを眺めながら、拳を握った。
「Cランク目指して、明日もがんばるか。
自由の風、まだまだこれからだな」
キロロが「キュイー!」と高く鳴いた。
それがまるで、「おーっ!」と
返事をしてくれたみたいで、ちょっとだけ。
ふわっと胸の中が誇らしくなったのだった。




