0053.ミッキミキにしてあげる!
セリアに詰められたオタクは、
完全にCPUがオーバーヒートしていた。
「な、なな、な、な、何を! おっしゃって!?
おっしゃっておられるのでございましょうか
セラピスト系美少女殿っ……!?
こ、こここここれは決してその、
監禁とか監禁とか監禁とかではなくでして……
デュフ……!!」
早口かつ単語が減ってループしている。
まぁ、杖の先がちょっとでも動いたら、
セリアの一撃で消し飛びかねないからな。
いや、比喩だが。
さすがに不憫になった俺は、助け舟を出した。
「セリア、大丈夫だから。
その女の子は、多分オタクさんの“能力”だし」
「オタク? なんですかそれは」
セリアがきょとんと首を傾げる。
まぁこの世界にこの手の文化なんてないか。
あっても困るけど。
「えぇと、オタクってのは……
そうだな。熱意の高い偏愛家かな?
その女の子は、俺のいた世界じゃ
有名なキャラクターなんだよ」
その一言で、男の顔色が一変した。
今まで灰色だったのが、
一気に虹色になった勢いである。
「も、もしや……あなた様も、
異世界から来られたのでござるか……!?
い、いやぁその……拙者、生涯で初めて
“同郷者”に巡り会えた気がして、デュフ……!
感激のあまり膝が震えるでござるよぉ!!」
ずり、ずり、と膝立ちで距離を詰めてくる。
物理的な距離の詰め方までオタク特化かよ。
ちょっと怖い。
その後、半ば強制的に
自己紹介タイムに突入した。
男の名は、シバタ タクミ。
『名字と名前が普通でつまらないから』という
理由で、その名をあまり好いておらず、
「ハンドルネームは“迷い猫”。
……まよねこさん、と呼んで頂けると、
拙者のSAN値が稼げるのでござるよ?
デュフ……!」
とのことだった。
ハンドルネームのセンスが、
前世で見た2000年代初期ネットまんまだ。
彼は「転移」でこの世界に来たらしい。
死因への後悔で飛ばされるタイプ。
俺とは逆だな。
そして、その“電脳歌姫”はやはり初風ミキ。
俺の世界で一世を風靡した、シングロイドだ。
「ミキだヨ。よろしく頼むヨ!」
機械的なイントネーションで話しかけてくる。
トレードマークのごぼうを、
交通整理の誘導棒みたいに左右に振りながら、
にこにこしている。
目の前にいるのは、
どう見ても人間サイズの女の子なのに、
声だけがバリバリ機械だ。
何度見ても脳がバグる光景だった。
「……にしても、なんでこんな所にいるんだ?」
そう問うとまよねこは肩をガクッと落とした。
「聞いてくださいますか……? デュフ……。
拙者ですね……この世界に飛ばされてから、
ミキたそと共に二人で歩き回り、
あちこち放浪しておったのでござるが……」
そこから語られたのは、
実に悲しきオタク遍歴だった。
まず、異世界人と信じてもらえなかった。
まぁ、それは分かる。
俺だってほぼ誰にも言ってない。
問題は、その隣にいる初風ミキだ。
どう見ても人間。
血色も良いし、質感も生々しい。
が、抑揚のない喋り方に、
とってつけたような表情。
その正体は“具現化されたシングロイド”だ。
まよねこの能力は、
「初風ミキを具現化する」という
一点突破スキル。
だが、異世界人の事情なんて知らない
この世界の人間からすれば、どう見えるか。
「火の国は“洗脳支配”……と。
つづく水の国で“人体錬成”の嫌疑をかけられ
現在、両国で指名手配中でござる」
「お前、色々とタイミング悪すぎない?」
「ぐっ……返す言葉もござらぬ……。
拙者がただ、ミキたそと!
イチャイチャしたかっただけとは!
誰も分かってはくれぬのでござる……!
ふひぃ……!」
分かりたくもねぇよ。
武の国である火の国は
洗脳・支配系の術に過剰反応するし、
水の国は禁忌錬成にうるさい宗教国家らしい。
どう見ても人間な様子のおかしい女の子を従え
こんな珍妙な喋り方の男。
しかも、気色悪い固執を見られれば疑われる。
「土の国に逃げてきたものの、
また尾ひれがついて捕まるやもしれぬと……。
たまたま見つけたこの廃坑で、
ミキたそとの秘密基地を築いたのでござるよ
デュフ……!」
つまり、「逃亡オタクの聖地」というわけだ。
周囲を見渡せば、ミキのポスター、
タペストリー、ラミカ、手描きファンアート。
奥には抱き枕サイズのクッションまである。
(……うん、アウト。色々とアウト)
とりあえず、俺達は
ギルドの依頼でここに来たことを伝えると、
まよねこは土下座の姿勢で縋りついてきた。
「ど、どうか、ギルドには
“ここには誰もいませんでした”と
お伝え願えませぬでしょうか……!?
拙者ここを追われたら、
本当に住む場所がないのでござる!
後生の頼み! 同郷のよしみで何卒!!」
額が地面にめり込む勢いだ。
「嘘つくと、俺達の信用に関わるしなぁ……」
正直にそう告げる。ギルドとの信頼は大事だ。
この先ずっと冒険者をするつもりなら、
なによりそれは大事な資産なのだ。
「で、ですがぁぁ……ッ!
拙者からミキたそを奪われたら、
生きる意味がロストでござるよぉぉ!!」
「まよねこ、落ち着くヨ。ミキは逃げないヨ」
ミキが、ごぼうでぽすぽすと背中を叩く。
よくわからない光景だ。
俺は腕を組み、少し考えた。
(とはいえ、このまま放っておいても、
別の奴が見つけるかもしれないしな……)
ギルドに「不審者がいる」と報告されれば、
そのうち正式な討伐か捕縛依頼が飛ぶ
そうなったその時にはもう
俺達が助けてやる余裕はないかもしれない。
「……じいさんの家なら、辺鄙な場所だし、
外からも分かりにくい。うちに来るか?」
思いつき半分、計算半分で口を開いた瞬間。
ビシィッ!!
セリアの視線が俺の側頭部にぶっ刺さる。
「辺鄙な場所ですみませんね」
「あっ……ごめんなさい」
これは俺が悪い。即謝罪。
「デュフッ!? も、もしやそこは、その……
天使の様な美少女殿のお住まいでござるか!?
そ、そんな聖域に拙者などが……デュフ、
お、お邪魔してよろしいのでござろうか……!
ドキドキが限界突破して、拙者、拙者!
心停止不可避でござるぅ!!」
言動がいちいちうるさい。
セリアがぴくぴくと震えだしていた。
「と、とにかくだ!」
俺は慌てて話を戻す。
「ここにいること自体は、
ギルドに報告しなきゃならない。
百歩譲っても、誰かいた形跡はあったが、
今は誰もいなかったくらいしか言えない。
そうしら、お前たちが居続けられたら困る」
「そ、そんなぁ……。ミキたそとの聖殿が……」
まよねこはがっくりと肩を落とし、
見事なまでのorzポーズを決めるまよねこ。
「泣かないヨ。ミキは、
まよねこが居るだけで何処でもハッピーヨ」
ミキが淡々とフォローを入れる。
なんとなく母性を感じた。
セリアは、ふぅ、と小さく息を吐き、
杖をすっと下ろした。
「ヴェルさんたちの納屋でしたら、構いません」
「セリア?」
思ったよりあっさり許可が出て
俺は目を丸くする。
「どのみち、放っておいたら、
もっと酷い人たちに見つかるでしょうし。
人体錬成でも洗脳でもないのは、
今のでなんとなく分かりましたから」
そう言いつつ、
視線はまよねこに向いたままだ。
その目は「変なことをしたら即刻撲殺」と
雄弁に物語っている。
まよねこは一瞬フリーズした後、
顔を輝かせてセリアを崇め始めた。
「か、神か……!?
あなた様は、女神様でござるか……!?
拙者、一生ついて行く勢いで……ぐふっ!?」
膝立ちスリ寄りのせいか、条件反射なのか。
セリアの手に握られた杖が、スッと振られ、
まよねこの額にクリティカルヒットした。
「急に触れようとするなんて、減点です」
「ぶひぃぃぃ!!」
吹っ飛んだ。
綺麗な放物線を描いて床を転がるまよねこ。
でも、嬉しそうな顔。気持ち悪いやつだな。
「今のは、まよねこが悪いヨ。
むやみに女性に触れると火傷するものヨ」
ミキが淡々と追い打ちコメントを入れる。
このコンビ、バランスが絶妙だな。
「そうとなったら、引っ越しヨ」
ミキはきびきびと動き出し、
貼られたポスターをぺりぺり剥がし始めた。
雑だが慣れた手つきだ。
今まで何回逃げてきたんだこの二人……。
「ミ、ミキたそ!? もっと優しく……!」
「また作ればいいヨ。命が優先ヨ」
淡々と切り捨てられている。
俺達もそれぞれ、床に散らばった小物や
書類をまとめていった。
カルドは相変わらず無言だが、
邪魔そうなものを手早く片付けている。
たぶん内心では、また厄介なのが増えたな
と思っているに違いない。
俺は荷物をまとめながら、少し。
胸の奥がくすぐったい気分になっていた。
同郷のやつ。
同じ世界から来たどうしようもない偏った奴。
多分、まともな意味で頼れるタイプではない。
けど、何となく放っておけない。
(……ま、いいか)
じいさんの家は、
どんどん賑やかになっていく。
セリアとアノンとキロロ。
そこに、迷い猫と電脳歌姫が加わる。
騒がしいけど、悪くない。
「……じゃ、決まりだな。
さっさと片付けようぜ、まよねこ」
「は、はいぃぃ! 拙者!
全力でお片付けモードに移行するでござる!
ミキたそとの新婚生活(仮)の新居へ
引っ越しでござるよぉぉ!!」
「その言い方やめろ。また殴られるぞ」
そんなやり取りを交わしながら、
俺達は“逃亡オタクとシングロイド”を連れて、
じいさんの家へ帰る準備を始めたのだった。




