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0051.天使の悪魔

ストックが九十超えたので

ちょっと放出していきまする。


次は……17:40に!


 次の日。


「ふっふっふ。

 今日は妾がキロロを愛でる日じゃ!

 ぬふふふふ〜!」


 朝からアノンが変な笑い声をあげている。


 俺達はじいさん家の居間で朝食中。

 窓の外では、キロロがキュイキュイ鳴きながら

 庭を跳ね回っていた。


 黄金の鱗が朝日にきらきら光って、

 さながら宝物に足が生えた感じだ。



 一人気味の悪い笑い声の奴はいるが、

 そこはノータッチである。慣れって怖い。



「さて、カルド、セリア。

 今日のD依頼はもう目星をつけてある」


 俺はパンを口に放り込みつつ、

 昨日まとめたメモをテーブルに広げた。


 Dランクからは、

 いわゆる「冒険っぽい」仕事が増える。


 本格的な魔物が現れる場所の調査依頼、

 軽度の討伐依頼や撃退任務。

 近場とはいえ商人や貴族の護衛。

 FやEの雑務とは、少し空気が違う。


「クロムは小さい町だから、D以上の依頼は

 ランクが高いほど少ないらしいな」


 カルドがメモに視線を落としながら言う。


「あっ、受付のお姉さんも言ってましたね。

 緊急性のある依頼は国単位、

 物によっては世界単位で共有されて、

 どこのギルドでも受けられるとか」


 セリアは器用にスープを飲みながら

 そっと補足してくれた。


 そう、数をこなしたいなら、

 本当は大きな街に移るのが手っ取り早い。


 けれど、キロロはまだ飛行訓練中だし、

 クロムにDは少ないなれど、ないことはない。



「というわけで、今日の二件はコレだ」


 俺はメモを指で叩く。


 一つ目。

 西の森に現れだした灰牙狼アッシュウルフの群れの討伐。


 二つ目。

 その近くにある、最近「人影がある」と

 通報のあったヌス洞窟の調査依頼。



「灰牙狼は、数の問題さえ処理できれば

 大したことはないらしい。問題はこっちだな」


 俺は「ヌス洞窟」の名前を指でなぞる。


 北に少し行ったところにあるヌス洞窟は、

 かつて蛍光石の産地だった場所らしい。


 けど、今は魔光石が主流になったことで、

 すっかり忘れられた存在だ。



 蛍光石は加工が面倒で、

 効力を失ったら石ごと取り替え。


 一方、魔光石は一度設置すれば、

 マナを足すだけで光を取り戻す。


 量産も進んで、今では価格も逆転したと聞く。

 そりゃ廃れるよな。



 だからこそ、今その洞窟に出入りする人間が

 居るというのが怪しい、というわけだ。


「確かに……。私が子供には既に寂れてるって

 話を聞いたことある気がします」


 セリアが少し目を細めて呟く。

 子供、というのは少なくとも十年くらいは

 前のことだろう。


「人の来ない洞窟は、

 隠れ蓑にはもってこいだな。

 盗賊か、違法取引か、どこかの組織か」


 カルドは表情を変えずに言う。


 その声音は静かだが、妙に現実味があった。

 元護衛らしい目線だ。


「よし、じゃあまずは灰牙狼から片付ける。

 時間がかかりそうなヌス洞窟は後回しだ」


「おう」


「はいっ!」


 こうして今日の段取りは決まり、

 俺達は食器を片付けて立ち上がる。



「ゆっくり帰ってきて良いからなっ!

 妾はキロロと親交を深めねばならぬから!!」


 アノンがキロロに抱きつきながら、

 胸を張って宣言した。


 窓越しに手を振るアノンに、

 一応手を振り返しておく。


 そして、俺達は西の森を目指して出発した。




 ……そして、俺達は思い知る。

 Dランクの依頼を舐めていたことを、

 森に入ってすぐに理解させられたのだ。


「おいおい、嘘だろ……??」


 森の入り口を数十歩進んだところで、

 俺は思わず足を止めた。


 空間把握が勝手に『異物』を数え始める。

 一、二、三……十……十五……二十。

 俺の把握範囲だけで、既に二十を超えている。


「二人とも構えろ! 来るぞっ!」


 言い終えるのと同時に、草むらが弾けた。


 右の茂みから二匹。正面のシダの影から三匹。

 さらに左右の離れた位置から、素早く二匹。

 斜め前方の倒木の上から、

 七匹が飛び降りて突っ込んでくる。


 合計十二。

 しかも、後方の木立の陰にも、

 まだ気配がある。囲むつもりだ。


 居るのは分かっていたが、

 数と速度が予想以上だ。指示が追いつかない。


「クソ、これは──」


 嫌な予感が喉までこみ上げた、その時。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 俺の声をかき消すように、

 カルドの咆哮が響いた。


 ブォン!


 空気がうなる。

 カルドが大盾を横薙ぎに振るっただけで、

 盾の軌道線上にいた灰牙狼が、

 まとめて弾き飛ばされた。


 ガギンッと金属が何かを打ち砕く音。

 遅れて、肉が裂ける鈍い音。


 盾の縁にしこまれた刃物が、

 体重と膂力を乗せて振り抜かれた衝撃で、

 狼の骨ごと内臓を砕いたのだろう。


 飛んだ狼たちは、木の幹に叩き付けられて、

 そのまま動かなくなった。


「セリア!」


 振り返る暇もなく叫ぶ。セリアの位置に、

 二匹の灰牙狼が飛びかかっていたからだ。


 杖しか持たない後衛。

 普通なら、ここが一番危ないはずだった。


「──っ!」


 だが、先に動いたのはセリアだった。


 片方へ、踏み込みながら杖をフルスイング。

 バゴンッ、と鈍い音と共に、

 狼の顎がありえない角度に曲がり、

 そのまま地面を滑って転がる。


 もう一匹の爪が迫る。

 セリアは一歩、身体をひねるようにして

 その軌道を外し、回転する勢いを活かして

 杖を脇腹に叩き込んだ。


「ギャオン!!」


 悲鳴を上げた灰牙狼の身体が、

 カルドの一撃かってくらいの速度で吹っ飛ぶ。


 背後の大木に叩きつけられ、

 幹がミシッと鳴るほどだった。

 狼は痙攣し、やがて動きを止める。


「……」


「……」


 俺とカルドは、その光景を見て固まった。


 いや、カルドは辛うじて前を見ていたが、

 視線の端で驚愕してるのは

 空間把握越しにも分かる。


「ふふふ、実はこそーっと練習してたんです。

 接近戦も戦えるように」


 セリアはいつもの柔らかい笑顔のままだ。


 ただ、頬に飛んだ狼の返り血が、

 赤い模様のように残っているせいで、

 若干ホラー寄りに見える。


 それでも嬉しそうに微笑んでいるから、

 余計に恐ろしい。


「元から使える方の活性と、法術の活性。

 二つを合わせると視力も、体力も……

 凄くなるんですよ?」


 そういって周りをヌルリと這うように、

 視線を向けるセリアに負けじと吠え立て、

 残りの灰牙狼たちが周囲を走り回る。


 だが、さっきの二撃を見て、

 目に見えて動きが鈍っていた。

 狼だって命は惜しい。無謀な突撃は減った。


「ふふふふふ〜。

 私も、戦えるって証明できましたね?」


 セリアが杖を肩に担ぎこちらに微笑みかける。


 瞳は澄んでいて、怒っているわけでも、

 興奮しているわけでもない。

 ただ『当たり前のことをしただけ』という顔。


 俺とカルドは、恐怖のあまり

 目配せすらできなかったが、

 おそらく心の中は同じだ。


 セリアは怒らせない。


 心なしか、周囲を取り巻く灰牙狼たちも、

 様子見を決め込んでいるように見える。

 飛び込んでくれば、あの杖が待っていると

 理解したのかもしれない。


「さて、灰牙狼の殲滅任務でしたよね?

 頑張りましょう♡」


「……いや、殲滅じゃなくて

 討伐任務、なんだけどな……」


 喉まで出た言葉を、俺は飲み込んだ。

 言ったら負けな気がしたからだ。

 色々な意味で。


     ◇


 そこから先は、もはや作業だった。


 俺は空間把握で狼たちの位置を示し、

 カルドは大盾と大剣で正面から叩き潰し、

 セリアは側面から逃げようとしたやつを

 容赦なく殴打する。


 それでも灰牙狼たちは、

 最初は連携を取って囲もうとしていた。


 けれど、杖で殴られて木にめり込む仲間を

 何度も見せられれば、心も折れるのだろう。


 やがて、森の奥からの遠吠えも途絶えた。


「……終わったな」


 カルドが、盾の縁についた血糊を軽く払う。


「はぁ……。すごかったですね、二人とも」


 セリアは少し息を弾ませながらも、

 にこにこと笑顔を崩さない。


 いや、一番すごかったのはセリアである。

 

 さっきまでの光景を思い出し、

 俺は内心で再度誓った。


 セリアは怒らせない。


「セ、セリアさんっ、お疲れ様です!!」


「? なんでさん付けなんですか?」


「あっ、いや、冗談さ! はははは〜……」


「ふふふ、ヴェルさんって

 相変わらず面白いですね~♪」


 軽口を叩こうとしたが、

 俺自身、軽く汗ばんでいた。


 灰牙狼の数は多かったし、

 一歩判断を間違えれば囲まれていた。


 何よりセリアが怖い。驚きが強すぎた。


 それでもまぁ、

 三人とも無傷で終えられたのは、

 単純に俺達が強くなっている証拠なんだろう。


 ……と、自分に言い聞かせておく。


     ◇


 その日、西の森から灰牙狼の姿は消えた。


 始末されたのか、どこか別の森に逃げたのか。

 真実は、俺達にも、ギルドにも分からない。


 けれどもし、あいつらが言葉を持ち、

 世界中で噂話をやりとりしていたなら。


 ──きっと、こんな話をしていただろう。


 


 西の森には「天使の悪魔」がいる、と。


 


 白いローブを纏い、穏やかに微笑みながら、

 杖一本で狼を木にぶっ飛ばす女がいるらしい。


 祈るように両手を組み、

 優しい声で名前を呼びながら、

 骨のきしむ音がするほど

 遠くへ殴り飛ばすのだとか。


 その噂は、土の国の狼たちの間で、

 焚き火話としてささやかれ、

 やがては、世界中のどこの森でも、

 年寄り狼が子供に向かって

 こんな風に言っていた……かもしれない。


 


「悪さをすると、

 お前も『天使の悪魔』に殴られるぞ」と。


 


 ──などという話を、

 俺は後にどこかの酒場で、

 酔っ払いの武勇伝として聞いた。


 信じるかどうかは、聞いた奴次第だ。


 けれど、その時隣で笑っていたカルドは、

 言葉少なげにこう零した。


「……あながち、間違ってはいないな」



 俺もグラスを傾けながら、

 そっと心の中で同意しておいた。



 


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