0049.ネーミングセンス
やっと、じいさんの家が見えてきた。
クロムの外れにポツンと建つ石造りの家。
煙突からうっすら煙が上がっていて、
窓からは暖かな橙色の光が漏れている。
そして、その背後にある、
ちょっと傾いた納屋。
うん。問題はその手前を、
ドラゴンがトコトコ歩いてることだな。
「しかし、コイツ飛べるんだな」
さっきまでの道中を思い出しながら呟く。
最初のうちは俺たちの後ろを
よろよろと歩いていた。
後半、俺たちがペースを上げた途端、
ちびドラは諦めたように
翼をバサバサさせて浮かび上がった。
地面すれすれを、ふらふらと
滑空するように飛びつつ、
時々足を地面に着けて減速する。
まだ本調子じゃないのか、
上昇する気はなさそうだったが、
それでも人間より早い。
「急に現れたってことは墜落して来たんだろう」
「そうだな。あの傷で落ちたにしては、
よく生きていたものだ」
「……あぁ、しかし、言葉が通じれば、
もっと早く帰れただろうな」
「たしかに」
カルドの短い相槌に、苦笑いが浮かぶ。
後半、俺たちが早すぎたのか、
ちびドラは必死で飛びながらついてきた。
距離が空きすぎると、キュイーキュイーと、
胸が痛くなる切ない声で鳴くものだから、
さすがの俺たちも足を止めざるを得なかった。
「……置いていかれるとでも思ったのかもな」
「だろうな」
ちょっとだけ早歩きしては、
立ち止まり、振り返る。
そのたびにちびドラの鳴き声が
少し明るくなって、慌てて追いついてくる。
あまりに不憫な声だったせいで俺もカルドも、
結局「ちびドラの歩調」で帰ることになった。
極めつけは最初だ。
あまりに鳴き声が切なくて、
俺もカルドも一度ぴたりと足を止めた。
振り向くと、ちびドラは少し離れた場所で
こちらを見上げ、翼をしおしお垂らしている。
そこで、やーやー文句言ってたくせに、
カルドがぽつりと言ったのだ。
「……オレ、オマエ、ステナイ」
「……」
真顔で。しかも、ちょっと顔赤くして。
思わず吹き出した俺に、
カルドは半ギレで殴りかかってきた。
「オマエがやってたんだろうが!」
「カルドちゃんもかあいいねぇ」
「殴るぞ」
「痛いってば!」
実際殴られた。俺が悪い。認める。
そんなこんなを挟みつつも、
ようやく、じいさんの家の前まで
俺達はたどり着いたわけだ。
「さて、と……問題はここからだな」
どう説明するか。
そして、どこに寝かせるか。
ドラゴンを家の中に入れるのは、
さすがに色々とアウトだろう。
でも、外に放っておくには目立ちすぎる。
「納屋は自由に使っていいと言われてたな。
コイツ用に改装するか」
「だな。あの一階をコイツの寝床にしてやろう」
と、そういう話になった。
「説明に関しては……」
「成り行き任せでいこう」
それ以上に賢い案がなかった。
俺は玄関の方に向き直り、大きな声を出す。
「ただいま~!」
母屋の中から、
バタバタと駆け足の音が聞こえた。
そして、勢いよく扉が開く。
「もう、どこに行ってたんですか!?
また危険なことを……ええっ!?」
出迎えに飛び出してきたセリアが、
俺たちの後ろを見て絶句する。
数秒遅れて、アノンの声が聞こえた。
「なんじゃなんじゃ。
また凡人共がアホなことを……ぬほぉ!?」
ぬほぉ、って何だよ。
「「な、な、な……」」
「なんですかそれは!!!」
「なんじゃそれはぁ!!!」
ツッコミは完璧にハモった。
俺はニヤニヤしながら振り返り、
金色のちびドラを顎でしゃくる。
「へっへっへ! いいツラが見れたぜ」
◇
「──というわけで、助けたってわけだ。
あと、すまんが例のポーション二個使った。
それはマジですまん」
大雑把に事情を説明すると、
セリアは一瞬きょとんとした後、
ふんわりと微笑んだ。
「いいんです。命が大事ですから。
命あってのポーションです♡」
そう言いながら、
ちびドラの首元にぎゅっと抱きつく。
ちびドラは最初こそ目を白黒させていたが、
すぐに『悪意はない』と理解したのか、
キュイーとくすぐったそうに鳴いた。
セリアはもうちびトラにメロメロである。
「ドラゴンをペットに出来たら
父上ですら驚くのじゃ!
元老院の不躾者もひと泡じゃろなぁ!!」
アノンも目をキラキラさせながら、
よくわからない政治的感情をこめていた。
言っている内容がドロドロしてて解せぬ。
「しかし、まぁ、すごいのう」
ゴードンじいさんはヒゲを撫でながら、
感心したように言う。
「これは生まれたばかりの雛竜じゃ。
ドラゴンは子育ては一週間しかせぬからのう。
自分で強くなるしかないらしい。
とはいえ、こんなに小さいのは
人目に触れぬ場所で過ごすはずなんじゃ。
レアじゃよ、レア!」
三人ともキラキラ。
「むほーっ!」
一人だけ、変な声が出た。
アノンである。やっぱりアホだ。
「というわけで、納屋の一階を改装して、
コイツの寝床にしようと思ってるがいいか?」
「あぁ、構わんぞい。
あそこはお前さんたちにあげたのじゃから、
好きにして使って良い」
「よっしゃ!
あっ、あとドラゴンって何食べるの?」
「ふーむ。雑食と聞いておる。
好みはあれど、何でも良いのではないか?」
「なるほどなー」
ちょうどそこに、食べかけのパンがあった。
俺はそれをちぎりながら、ちびドラに見せる。
「おい、コレ食べるか?」
「きゅきゅーい♪」
元気よく返事して、口をぱかっと開けた。
俺は細かくちぎったパンを、
下投げでふわっと投げてやると、
パクッと器用にキャッチする。
もぐもぐもぐ。
飲み込んだ瞬間、目が細くなった。
「きゅーん♪」
「わ、私にもやらせてください!!」
「妾も! 妾もじゃぁ!」
女子ーズが殺到した。
セリアはパンをちぎって丁寧に差し出し、
アノンは謎のテンションで
『空中キャッチ選手権』を始めている。
ちびドラはそれぞれに、
きちんと鳴き声を変えながら反応していて、
それはそれで賢そうだった。
「そういえばこの子の名前、
もう決まってるんですか?」
セリアがワクワク顔でこちらを振り向く。
「いや、まだだな」
「あぁ。そういえばまだだ」
俺とカルドは同時に答えた。
「じゃあ、つけてあげなきゃですよ!
キューちゃんとかどうでしょう!」
「そんな安直な名前はダメじゃ。
ふさわしい名は他にあるはずじゃ!」
アノンが、なぜか一番乗りで否定する。
「黄金の身体に……妾にふさわしい……
妾の下だからこその体験。即ち、黄金体験!
閃いたのじゃ! ゴールド・エクスペリ──」
「あー、はいはい。それはだめねー」
俺はアホの子の口をさっと塞ぐ。
大手出版社に喧嘩を売ってはならない。
世の常識である。
「モガモガモガ!!」
「いっ……てぇ!」
ガブッと手を噛まれた。痛い。
そんな俺達をよそ目にカルドがぽつりと呟く。
「……金壁嶄劉七紅葉とかどうだ」
「一体どうしたんですかカルドさん!?」
セリアが目を丸くする。
カルドのネーミングセンスを
初めて浴びた者のごく自然な反応である。
「毒!? いや、もしかして!
ヴェルさんがまた何かしたんですね!?」
「濡れ衣が過ぎる!!」
きちんと否定しておいた。
(しかし、カルドのネーミングセンスはすごい)
それを知っているのは、
今のところ俺とシンとラグアスだけだ。
昔、坑道でトカゲを拾った時は
「撃鉄秋扇八千代丸」と名付けた。
毎回卍解レベルのクオリティである。
そんな過去をも思い出し、
俺は腹を抱えて笑いながらも、
名前については真面目に考えることにした。
別に、難しくする必要はない。
こいつを拾ったのは、あの山だ。
「キロロ山で拾ったんだ。
キロロでいいんじゃないか?」
「きゅいきゅーーい♪」
さっきより一段高い声で鳴く。
尻尾をぶんぶん振りながら、
嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきた。
「おっ、キロロでいいのか?」
「きゅい!」
今度は短く鳴いて胸元に頭をすりつけてくる。
鱗の感触がひんやりして気持ちいい。
「えぇ! ヴェルさんだけずるい!
キューちゃんって名前は……」
「キュイキュイ」
横に首を振った。完全なる拒否である。
「ゴールド・エクスペリ──ぬがーっ!」
懲りないアノンが再び口にしかけた瞬間、
ちびドラ……いや、キロロは軽く飛び上がり、
アノンの頭にカプッと噛みついた。
「いたたたたた!! な、何故じゃぁ!!」
こいつ、空気読めるな。
「こ、こほん……。
お、俺の金壁嶄劉七紅葉は……」
カルドがもう一度口にした。
が、キロロはもう視線すら向けずに……
「……フッ」
と鼻で笑うように小さく息を吐いた。
ぷすっと吹き出した俺に拳が飛んでくる。
「笑うな」
「いや、笑うやろ!!」
そんなドタバタを繰り広げた末に、
ちびドラの名前は決まった。
キロロ。
キロロ山で拾った、
金色のずんぐりむっくり。
俺たちの仲間として。
ちびドラことキロロが正式に加わったのだ。




