0048.ちびドラ
フーッ! フーーッ!!
喉を絞るような鳴き声とともに、
ちびドラは牙を剥いた。
黄金色の鱗は、あちこち紅黒く汚れている。
乾いた血と新しい血が混ざり合い、
ところどころは肉が覗いていた。
(……結構な深手だな、これ)
自慢じゃないが、
俺は血と悲鳴には慣れている方だ。
奴隷時代、嫌でも見せつけられている。
そんな俺でも、思わず眉をひそめるレベルだ。
それでも、ちびドラは立ち上がろうとする。
足に力が入らず、ガクンと崩れ落ちるのに、
俺たちが近づくたびに
首だけ持ち上げて威嚇をやめない。
「コイツ、人間の言葉わかるのかな」
ぽつりと呟くと、カルドが隣で短く答える。
「ドラゴンは人間よりも
知性が高いと聞いたことがある」
「まじ? じゃあアノンの方がアホ?」
「……少なくともお前よりは、
このドラゴンのほうが利口だろうな」
「ぶーぶー」
ディスられた。
でも、反論するより先に、
目の前の現実が重くのしかかってくる。
(とりあえず、話しかけてみるか)
俺はちびドラと目を合わせた。
燃えたような橙色の瞳が、
痛みと警戒でぎゅっと細められている。
「ええと……ワタシタチ、テキ、チガウ。
ミカタ。アナタ、キズツケナイ」
「……何だその喋り方は」
「俺たちの世界じゃ、言語が異なる者に
こんな感じで話しかけるんだよ」
「つくづく変な世界だな。胡散臭さしかないぞ」
「それはそう」
自分で言っておいてなんだが、
胡散臭さは否定できない。
それでも、やることはやるしかない。
ちびドラは、さらに喉を鳴らした。
「フーーッ!! がおー!」
牙を剥き、翼を少しだけ広げる。
爪も牙も俺の身体なんて簡単に裂けるだろう。
だからだろうか。不思議なことに、
『全力』ではない感じが伝わってくる。
(……精一杯、なんだな)
体長は俺と同じくらい。
ずんぐりむっくりした胴体に、短めの四肢。
こんな状態で威嚇を続けているのは、
それでも戦おうとする意地のせいだろう。
「カルド、ポーションある? ほら、例のやつ」
「あぁ、もしもの時のやつな」
カルドが懐から、小さなガラス瓶を取り出す。
陽光を受け、中の液体はとろりと赤く揺れた。
俺たち四人は、もしもの時のために、と
高級ポーションを一人一本用意していた。
三十万ゴルドもする、とんでもない代物だ。
四肢の切断すら一本で
一箇所なら繋がると言われている。
即死でなければ、ほぼ何とかなる。
完全治癒ではないが一命は取り留められる。
(コイツに使うってのは、正直、賭けだよな)
それでも、見捨てるって選択肢は、
もう俺の中にはなかった。
「オレ、オマエ、タスケル。
オレ、オマエ、トモダチ」
胡散臭さマシマシな言葉をかけながら、
俺はナイフを抜いた。
ちびドラの眼が、ぎょろりとナイフに向く。
「フーーッ!!!」
威嚇の声にさっきまでとは違う焦りが混じる。
自分に向けられる刃だと理解したのだろう。
けれど俺は、そのまま自分の左腕に
すーっとナイフを滑らせた。
「っ……!」
鋭い痛みとともに、肌が裂ける。
赤い線が走り、すぐに線が太くなって、
血がどくどく流れ出した。
ちびドラの視線が、俺の腕に吸い寄せられる。
俺はポーション瓶の栓を抜き、
ごく少量を傷口に垂らした。
じゅう、と音がしたような気がする。
血の匂いを押しのけるように、
薬草と鉄の混じった匂いが立ち上る。
そして、目に見えて、傷が閉じていく。
「……」
ちびドラが息を呑んだように鳴き声を止めた。
ドラゴンが息を呑むのかは知らないが、
少なくともそう「見えた」。
「コレ、オマエ、カケル。
オレ、オマエ、ナオス」
俺はナイフを側に投げ捨て、
さらに軽鎧もカチャカチャと音を立てて外し、
あえて丸腰を見せつけた。
「オマエ、キズツケナイ。キズミル、ダケ」
しゃがみ込み、ポーションの瓶だけを手にして
一歩、そして一歩とゆっくり近づく。
ちびドラは、喉を鳴らしはするが、
それ以上は動かない。
動けない、という方が正しいのだろうか。
一番深く抉れている、肩の付け根の傷。
俺はそこにポーションを振りかけた。
「……ギュゥゥ……!」
ちびドラの身体がびくんと震える。
煙が上がり、血が泡立ち、
肉がゆっくりと盛り上がっていく。
完全とはいかないが、
むき出しになっていた骨は隠れ、
裂けた肉も繋がっていった。
一本目がほとんどなくなる頃には、
致命傷になりそうな傷はだいぶ減っていた。
だが、全身にはまだ傷が山ほどある。
「カルド、もう一本」
「ああ」
カルドが、無言で自分のポーションを
俺に差し出してくる。
「スマナイ、コレサイゴ。ラストヒトツ」
「……お前、いつまでそれやるんだ」
「うるさい。こっちは命がけなんだよ」
カルドのぼやきを聞き流しながら、
俺はちびドラの目を見た。
「チョクセツ、カケル。シンジロ。
オレ、オマエ、トモダチ」
ドラゴンの瞳は、相変わらず俺から逸れない。
それでもさっきのような牙剥きはやめていた。
(……少なくとも、
“殺そうとはしてない”のは伝わったか)
「チカヅク、ヨイカ?」
返事が返ってくるわけもない。
それでも、ちびドラは
威嚇の声を上げることなく、
じっと俺を見ているだけだった。
「カンシャ。キタイ、コタエル」
自分に向けて言い聞かせるように呟きながら、
俺は二本目のポーションを
ちびドラに少しずつ垂らしていく。
大きな傷から、順番に。
骨が見えそうな裂傷、
深く抉れた太ももの傷、
翼の付け根のひび割れ。
薬液が触れるたびに煙が立ち、
ドラゴンの身体が震える。
二本目の瓶が空になる頃には、
ちびドラの呼吸はだいぶ安定していた。
細かい傷や痣は残っているが、
今すぐ死ぬ危険はかなり減ったはずだ。
「キュイー!」
さっきまでの威嚇とは明らかに違う、
甲高く短い鳴き声が漏れる。
ドラゴンのくせに、なんか……かわいい。
「オマエ、ジユウ。スキニトベ。
タダシ、ヒト、オソウナ」
俺は立ち上がりながら続ける。
「オレ、オマエ、トモダチ。ヤクソク。
ヒト、オソワナイ。ヤクソク」
それだけ言い切り、脱いだ軽鎧を着込み直し、
地面に投げていたナイフを拾う。
「帰るか。いやー、良いもん見たな〜」
カルドにそう声をかけると、
カルドは小さく笑った。
「ふっ、確かにな」
ドラゴンステーキの約束はあった。
けれど、俺達の眼の前に居たちびドラは
あまりにも「ちび」だった。
そして、あまりにも必死だった。
(もっとこう、いかにもドラゴンです!!
って顔したやつを倒したときに、
じいさんとの約束は果たそう)
そんなことを考えながら、
俺たちはキロロ山を下り始める。
……歩き出して数分も経たないうちに、
嫌でも気づいた。
振り向かなくてもわかる。
俺には空間把握があるからな。
でも、振り向いた。
「キュイキュイー!」
黄金の子ドラゴンが、少しふらつきながらも、
一生懸命に俺たちの後をついてきていた。
コイツ二足歩行なのか。
見た目はドラゴンなんだが、
短いお手々がティラノサウルスの
とってつけたようなお手々を思い出させる。
「オマエ、ジユウ。スキナトコロ、イケ」
両手を広げて言ってみる。
「キュキュキュ〜♪」
楽しそうに鳴いて、むしろ距離を詰めてきた。
「……ついてくる。どこまでもついてくる」
「おい、どうするんだヴェル」
「いや〜、言葉わからないのかな、やっぱり」
俺はもう一度振り返り、大真面目に言う。
「オレタチ、カシカリ、ナイ。
トモダチ、タスケル、アタリマエ。
オマエ、ジユウ」
「きゅーん♪」
まったく伝わってない気しかしない。
「そもそも伝わるわけない」
「えー! ほんとにー?」
前世の記憶をひっくり返す。
俺の知ってる冒険物とかドキュメンタリーは、
だいたいこれで心が通じ合うんだけどな。
現実は厳しいものだ。
「とりあえず、ついてくるならアレだな。
町は通れない」
俺はカルドに言った。
「だな。遠回りになるが、
大きく回ってじいさん家に帰ろう」
「そうしよう。コイツ、飯どうするんだろうな」
「知らん。野菜を食わせておけ」
「じいさんに聞いてみるか」
「それしかないな」
夕焼けの色に染まる岩山を、
ドラゴン連れで下山する二人組。
傍から見たら、多分とんでもない光景だ。
こうして、ちびドラが
仲間になった(?)のであった。




