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0047.キロロ山



 だらだらと食堂で過ごした俺たちの宴は、

 気づけば外が茜色に染まり始める頃まで

 やんややんやと続いていた。

 

 酒は飲んでないはずなのに、

 胸のあたりが妙に熱い。

 笑いすぎて喉もカラカラだ。


「明日から、だな」


 カルドが言うと、全員が当然のように頷いた。

 今日くらいは、頑張った自分たちを甘やかして

 明日からまた走ればいい。


 セリアはセリアで、もう予定があるらしい。


「おじいちゃんを連れてお出かけしてきます。

 色々見せてあげたくて」


 目をキラキラさせながら言う。

 恩返しができる、って

 顔にでっかく書いてあった。

 止めるなんて野暮な真似、できるわけがない。


 アノンはアノンで、で忙しそうだった。

 ゼノン宛ての手紙を書くとかで、

 ギルドの隅っこでカリカリと

 一生懸命ペンを走らせている。


 ちらっと覗いたら

 『見込みのある弟子が三人出来た』

 とか書いてあった。


(いや、いつ誰がお前の弟子になったんだよ)


「ぬっ!? 見るでない、馬鹿者!!」


 杖でバシバシ叩かれたので、

 慌ててギルドから撤退した。

 

 あれ、絶対、マナこもってる。地味に痛い。


 というわけで、手持ち無沙汰組である

 俺とカルドは街を歩くことにした。


「……といっても、行く宛はねえよなぁ」


「だな」


 夕暮れのクロムの街は、昼間と少し顔が違う。

 

 店じまいをする職人たち、

 酒場へ向かう連中、

 家路を急ぐ親子連れ。

 

 どこからともなくパンを焼く匂いがして、

 腹は減ってないのに幸せな気分になった。


 男二人で何をするというわけでもない。

 

 武具はこれ以上ないくらい整っているし、

 俺もカルドもまだ酒は飲めない年齢だ。

 特に欲しいものもない。


 けれど、不思議と足取りは軽かった。


「平和で、退屈を悩むなんてさ」


 俺はぽつりと口にする。


「贅沢になったもんだな、俺たち」


「……違いないな」


 カルドが横で小さく笑った。

 どちらからともなく、「ふっ」と息が漏れて、

 やがてそれは大きな笑い声になる。


「いやー、しかし。

 まだ一週間くらいっちゃそんなもんだけどさ」


 ぼんやり空を見上げる。


「シンとラグアスは、うまくやってんのかな?」


 同じ坑道で同じ地獄をくぐり抜けた仲間たち。

 あいつらの顔を思い出すだけで、

 少し胸が熱くなる。


「アイツらも、俺たちと地獄を生き抜いてきた。

 壁にはばまれても、やがて越えられる」


「まっ、そうだな。ラグアスの壁はビビること。

 シンの壁は女関係だろうがな」


「間違いないな」


「「ワッハッハ」」


 夕暮れの石畳の道に、俺たちの笑い声が響く。

 

 どこかで頑張ってる、家族みたいなあいつらの

 無事と成功を心の中で祈りながら。


「なぁ、カルド」


 歩きながら、少しだけ真面目な声を出す。


「やることないし。アホなこと言うけどさ」


「……?」


「せっかくだ。アレだけ食ったからには

 晩飯は下手したら無いだろうし、

 二人でちょっと冒険でもしないか?

 村の周り程度でいいからさ」


 カルドは少しだけ考え込むような顔をして、

 それから頷いた。


「悪くない。南にある山は行ったことないし、

 そう遠くもない」


「あぁ、そうしよう。

 なんてったって俺達は冒険者だからな!」


「ふっ、そうだな」


 今は雑用みたいな任務ばかりで

 忘れかけていたけれど、

 冒険者って本来、未知に踏み込む生き物だ。


 火山の中。

 海の底。

 空の果て。


 ヴェルとしての七歳の誕生日。

 リリーに聞いた「未踏ダンジョン」の話。

 

 あのとき胸を焼いた興奮は、

 今もちゃんと俺の中に残っている。


「よし、なら行こう!

 俺とカルドの最強コンビで、

 謎を見つけに行くぞ!!」


「大きく出たもんだが……異論はない」


 そうして俺たちは南門をくぐり、

 街道を外れて山へと向かった。


     ◇


 南門から数キロ歩いたところで、

 目的の山が見えてきた。


 岩肌をむき出しにした

 どっしりとしたシルエット。


 山というより、

 巨大な岩塊が盛り上がった感じだ。


「ここが……キロロ山、だっけか?」


「ああ。昔は活火山だったらしいが、

 今は鳴りを潜めているらしい」


 足元には黒ずんだ岩や、

 ところどころ白く固まった鉱物の筋が

 いたるところに走っている。

 

 鼻をくすぐる焦げたような匂いは、

 かすかに硫黄の名残だろうか。



 ……さすがに「火山の中」とやらが

 ここだとは思っていない。

 

 けれど、本当に火山に潜る日が来るなら、

 そのときのための「予習」にはなるだろう。


 山道と呼ぶには荒い、

 岩だらけの斜面を俺達は登る。

 そして、時折現れる魔物を片付けていく。


「しかし、出てくる敵はあまり強くないな」


「それはそうだろう。

 でなければ規制が入っている」


 カルドが、淡々と語る。


 前にギルドで聞いたことを思い出す。

 強敵が出る地域は事前に調査依頼で

 区別された後に民にも周知される。


 安全と危険の線引きもギルドの仕事の根幹だ。


「よっ! ……よし、いっちょ上がり!」


 俺は飛びかかってきた岩トカゲみたいな魔物を

 ひょいと軽いステップでかわし、

 懐に潜り込んでナイフを滑らせる。

 

 魔術の風をのせた一撃が、

 固い鱗と肉を、抵抗を感じる前に

 ズタズタに断ち切った。


「お前の戦い方も様になってきたな」


「だろ? まぁ魔法剣士ってより

 これじゃ盗賊っぽいけどな?」


「そうか? そもそも盗賊って悪者だぞ?」


「俺たちの世界では、

 盗賊は冒険者の職業なんだよ」


「変な世界なんだな」


 確かに、と俺は思う。


 今の俺の戦い方は、

 敵の攻撃をぎりぎりでかわし、

 隙を見つけてヒット&アウェイで

 仕留めるスタイルだ。


 タメは必要だが、敵を引き付けた後に

 規模を調整した『繚乱旋風』を叩き込めば、

 一網打尽にできる。


 大気のマナを使うからコストは時間だけ。


 遠距離戦も投げナイフである程度対応できる。

 我ながら汎用性の高い戦い方だと思う。


 一方カルドは、力こそパワーを地でいく男だ。

 重い鎧に大剣、更に大盾まで装備しているが、

 動きは驚くほど鈍くない。

 まさにアーマーゴリラ!


(カルドから逃げることはできても、

 倒せって言われたらしんどいだろうな……)


 逃げる背中に大剣投げてくるし。

 よく考えたら、かなり鬼畜だなコイツ。

 頼もしすぎるけど。


 と、あちこちの岩場や窪地を回っていると、

 キロロ山の全体がなんとなく掴めてくる。


 樹木が少ないせいで見通しがよく、

 迷う心配は少なかった。


「明日もあるし、帰るか」


 そう言おうとした、その瞬間だった。


 足を一歩踏み出したとき、

 俺の中の「空間」が、何かに触れた。


 視界ではなく、耳でもなく、肌でもない。

 けれど、確かにそこに『異物』がある感覚。


 さっきこの辺りを通ったときには、

 なかったはずのものだ。


 ふいに真顔になった俺に、

 カルドがすぐ気づく。


「何があった」


「まだ、わからない。

 なにか……普通じゃないものがある。

 大きくはないが……“大きい”んだ」


 自分でも何を言っているかわからない。

 だが、そうとしか表現できない存在感だった。


「わからんが、どうする。引くか?」


「いや……行こう」


 喉が、ひゅっと細くなる。

 それでも、言葉ははっきり出た。


「俺たちは冒険者だ。

 ただし、逃げる準備だけは

 怠らないようにしようぜ」


「まったく、首を突っ込みたがりは変わらずか」


「……やばいなそれ。死亡フラグじゃん!」


 前世で死んだときも、奴隷に落ちたときも、

 原因はいつだって俺の好奇心だった。


 でも、今回は。

 ――いや、多分、あのときも含めて全部。


 死んだから、この世界に来た。

 奴隷になったから、冒険者になれた。

 

 ストーム家で暮らしていた未来には、

 冒険者である俺はいなかっただろう。


(であれば、もしかして、この選択も――)


 都合の良い解釈だと分かっていても、

 そんなことを考えながら、

 俺たちは慎重に「ソレ」に近づいていった。



 足場の悪い斜面を下り、小さな岩陰を抜ける。

 熱はないのに、掌だけじっとり汗ばむ。


 そして――


「……マジかよ……」


 視界に飛び込んできた光景に、

 思わず声が漏れた。


「これは……」


 普段滅多に動揺を見せないカルドでさえ、

 その光景に言葉を失っている。


「ギュイーッ! フーッ! フーッ!!」


 喉を擦るような、甲高い鳴き声。


 そこには、岩場に倒れ込み、

 荒い息を吐く「ソレ」がいた。


 金色の全身に無数の傷を刻まれ、

 ところどころ鱗が剥がれて血が滲んでいる。

 翼も片方がボロボロで、うまく畳めていない。


 おそらく、まだ子供だろう。

 しかし、それでも体長は俺と変わらない。


 ずんぐりむっくりとした身体に、鋭い爪。

 鼻先からはかすかに熱を帯びた吐息が漏れる。


 傷ついた、ドラゴン。

 

 間違いなく、この世界の

 『頂点』の一角に座す存在がボロボロの姿で。



 俺たちの目の前に横たわっていたのだ。



 

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