0044.伝説のつながり
ゴードンじいさんの家に戻ると、
いつも通りの声が飛んできた。
「おぉ〜! その顔は勝ったのか。
良くやったのぉ。ホッホッホ!」
玄関先、椅子に腰かけたじいさんが、
相変わらずの笑顔でヒゲを揺らしている。
「とりあえず、じいさんこれ!!
報酬金で買ってきたぜ!」
俺は、気になっていたものを差し出した。
タイターン製の、折りたたみ式の車椅子だ。
鉄と木で作られ、見た目より軽い優れもの。
「ほほぅ? こりゃまた立派な椅子じゃの」
「階段は無理だけどさ、
外出るときとか楽になるだろ?
まぁでも、セリアが言うには
しばらくは見張り付きらしいからな」
「む、見張りじゃと?」
「二段飛ばしする人ですから、監視です」
セリアがにこりと断言した。
笑顔なのに、じいさんが引きつっている。
うん、あの笑顔は俺も怖い。
とはいいつつ嬉しそうに車椅子をいじる
じいさんにセリアが本命を告げた。
「おじいちゃん、それより話があるの」
開幕から遠慮ゼロである。
「前話してた、アネモスさんと
肩を並べて戦った話、他に誰かいたの?」
「ほ? あぁ、そうじゃよ?」
じいさんは「なんじゃそんなことか」
とでも言いたげに笑って、
指を折りながら数え始めた。
「ゼノン様とアネモス。
それからジュラという若造じゃな。
ゆーてもワシと十くらいしか変わらんが。
ホッホッホ!」
「で、伝説は本当だったのじゃぁ!!」
その言い方何処かで聞いたことあるな〜
と思ったらナタネ村のおばば様かよ。
口に出さなかったけど。
「伝説? はて、何の話じゃ?」
「おじいちゃん、前に話しましたよね?
アネモスさんがヴェルさんのお婆さんって。
ジュラさんはカルドさんの育ての親で、
アノンはゼノン様の娘なのよ!」
「ほぇ〜! 奇遇じゃの〜!」
じいさんは本当に「ほぇ〜」と言った。
驚いてないわけじゃないんだろうけど、
なんかこう、受け流し方が雑だ。
「……あんまり驚いてないな」
「まぁ、驚くこともないがの」
「どうしてだ?」
思わず聞く俺に
じいさんはヒゲをさすりながら空を見た。
「月並みな言葉じゃがの
運命ってのはあるんじゃ」
謎のしたり顔じいさんの言葉に
アノンが「ふむ」と腕を組んで頷く。
「確かに、父上も言っていた。
父上が異世界人に聞いた話によると、
スタンド使いは惹かれ合うらしいのじゃ」
「なんですか? それ」
セリアが首をかしげる。
「知らぬ。異世界のセリフらしい」
俺は、別の意味で衝撃を受けていた。
(……異世界人、だと?)
しかも、その台詞は……、
俺の知ってる漫画の名台詞だ!
間違いない。完全に同じやつだ。
「異世界人って……存在するのか?」
ついうっかり口に出してしまった。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
じいさん、セリア、カルド、アノンも。
全員が「なに当たり前のことを」
と言わんばかりの顔で頷く。
「知らんかったのか?」とカルド。
「いや『いる』のは知ってるけどさ」
何も考えず衝動的にそのまま口は動き、
「だって、俺がそうだし」
ぽろりと、十七年間抱えてきた
爆弾が転がり落ちた。
「……は?」
全員の声が、きれいに重なる。
「ちょっと頭を整理させてください……」
セリアが近くの椅子にぽふっと座り込んだ。
「聞いたことなかったぞ」
カルドが静かに言う。
「いや、誰にも話したことなかったよ。
家族もそのことは知らない」
「……そうか」
カルドはそれ以上何も言わなかった。
でも、ちゃんと受け入れてくれた
「そうか」だと分かった。
とりあえず、四人の視線が
いっせいに俺に集中する前に、
話を整理する流れになった。
ゴードンじいさんいわく、
異世界人には二種類いるらしい。
「転移と、転生じゃ」
「死ぬ時の後悔が人生に対するものなら転生。
死因に対するものなら転移、だそうです」
セリアが復唱するようにまとめる。
「そして、その後悔が、こっちに来た時の
“能力”になるらしいのじゃ」
「うんまぁ、そう聞くと、なんか納得だな」
俺は苦笑して、肩をすくめた。
「俺さ、死ぬとき考えてたんだよ。
“空気読めたら人生変わってたかもな”って」
会社でも、学校でも、家でも。
空気が読めずやらかしたことは数知れず。
それを悔やみながら刺されたことは、
今も記憶にはっきり残っている。
「だから転生して空気読む能力と言いながら、
空間読んでんの? 悲惨すぎない?」
自嘲半分、本音半分で言う。
けれど、四人はあっさりと頷いた。
「なるほどな」
「……卓越した空間把握の理由が、
ようやく腑に落ちました」
「ふむ。凡人のくせに妙に厄介な能力じゃ
と思っておったが、異世界補正であったか」
「ワシも納得じゃの。
イノシシ狩りはすごかったからのう」
正直、俺も薄々は思っていた。
奴隷のとき、魔法を封じる手枷を
つけられていても「空間を読む感覚」だけは
使えていたからだ。魔法ではないわけだ。
(であれば風の英雄の血筋ってだけじゃ、
説明つかないよな)
だから、どこかで「そうなんだろうな」
と思っていたことを口に出しただけだ。
「まっ、それ以上でもそれ以下でもない。
これからもよろしく!」
あっけらかんと言って、話を切る。
これ以上、俺側のネタは特にない。
それよりも、今日聞くべき話がある。
「それより、アノン」
「む?」
「じいさんの話聞きたいんじゃないのか?」
水を向けると、
アノンはハッとして身を乗り出した。
「そうじゃ! 危うく忘れるところじゃった!」
どんだけ異世界ネタで
テンション上がってたんだよ。
ゴードンじいさんは、
椅子に座り直してからゆっくり語り始めた。
アノンの知っていた“伝説”と、
ほぼ同じ内容である。
とある巨大な組織を潰すために組まれた、
夜に轟く名が集まった即席パーティ。
Aランク重戦士 大地喰らいのゴードン。
風の英雄の子孫、天空の風騎士アネモス。
護衛、防衛任務において成功率百パーセント
新星呼ばれていた移動城塞ジュラ。
そして、魔法の天才にして
千年都市の大賢者、ゼノン。
「敵の組織は随分と強大じゃったが、
一歩も引けは取らんかった。
むしろ、ワシらにとっては
“ようやく全力を出せる舞台”って
ところじゃったのう。ホッホッホ!」
じいさんの目尻に、懐かしい光が灯る。
「アネモスは風を身にまとって空を駆け、
ゼノン様は空の色を塗り替えるような魔法を
ジュラは前に立ったもの全てを押し返す
頼もしい壁となった……楽しかったのう」
その言い方が、さらっとしているぶん、
余計に重かった。
ああ、この人にとって本当に誇りで、
本当に大事な時間だったんだな、って。
「ああ〜、伝説は本当だったのじゃぁ♪」
アノンは、椅子の上でぴょんぴょんと
目を輝かせ子供のように浮かれていた。
そんなアノンにじいさんは笑いながら、
同じ話をもう一度。
今度は細かい武器の話や立ち回り付きで
嬉しそうに話し始める。
セリアも目を輝かせながら、
じいさんとアノンの話を聞いていた。
カルドも珍しく、じっと耳を傾けている。
……俺は、というと。
(なんか、今日はもういっぱいいっぱいだな)
グレイヴバードとの再戦。
Eランク依頼完遂。
思わぬ大金。
自分が異世界人だと仲間に打ち明けて、
祖母の過去まで繋がった。
情報量が多すぎて頭が心地よく疲れている。
「悪い、じいさん。
俺、続きはまた今度でもいいか?」
「ん? おう、ワシの昔話なんぞ逃げはせん。
何度でも話してやるわい」
「助かる」
あくびを噛み殺しながら立ち上がる。
「戦ったばっかりだしな。さすがに眠いわ」
「お疲れ様です、ヴェルさん」
「……死ぬなよ」
「死なねぇよ、もう」
セリアとカルドの声を背中で聞きながら、
借りている部屋に戻る。
布団に倒れ込むと、身体が沈み込むみたいに
重くて、でも嫌な疲れじゃなかった。
(とりあえず、ランク上げだよなぁ……)
明日からもEランク依頼を積み重ねて
昇格試験を目指す。
(じいさんへのドラゴンステーキの
約束もあるしな)
思考がそこでふっと途切れた。
俺は大きなあくびを一つして、目を閉じる。
こうして、その夜、俺はぐっすりと眠った。




