0040.ボス戦:グレイヴバード
キョアアアアアア!!
耳をつんざく甲高い鳴き声が、
澄んだ空気を裂いた。
見上げれば、グレイヴバードどもが
一斉にこちらへ高度を落としてくる。
真っ黒な影が、陽光を遮って
地面に歪んだ翼の形を落とした。
(……近づいただけでコレかよ)
「どうやら俺たち、覚えられてるらしいな!」
「そのようじゃの」
俺の独り言にアノンが鼻を鳴らして応じる。
俺たちは息を合わせて陣形を整えた。
アノンの一歩前にカルドが出て、
大盾を地面に突き立てるように構える。
少し斜め前方、左右に俺とセリアが並ぶ。
前衛二、後衛二。
数だけ見れば心許ないが、
今の俺たちにはこの形が一番しっくりくる。
「炎の女神よ、我らに力を!」
セリアが杖を高く掲げると、
ローブの裾がふわりと揺れた。
次の瞬間、身体の奥がじんと熱を帯びる。
筋肉に、血管に、熱い何かが
ドクドクと流れ込んでくる感覚。
足取りが軽く、握った拳に力がみなぎった。
(今ならベンチプレス百キロいけるな。
知らんけど!!)
「土の女神よ、我らに守りを!」
続けて、柔らかな声が響く。
見えない膜が、肌のすぐ外側に
一枚重なったような、そんな感じがした。
分かりやすくはないが
「何か」が厚くなったのは確かだ。
(わからんけど固くなった気がした!!)
その間にも、空の気配は濃くなっていく。
わざわざ数えなくても「把握」できていた。
翼の影の大きさ。
風の歪み。
重さを乗せてくる空気の圧。
(……前回の倍以上、十三)
「十三羽だ! 前より数が多い!
各自油断するな!!」
俺が叫ぶと、三人がそれぞれの返事をした。
「おう!」
「はいっ!」
「うむ!」
胸の奥で、怖さと同時に変な高揚が膨らむ。
(やれる。やるしかねえ)
俺は背中に回していた
魔法ナイフをすくい上げるように取り、
肩の後ろへ大きく引く。
視線は空に向けているが意識は「先」へ。
グレイヴバードの各々が描く下降線を
線ではなく“帯”として掴んでいく感覚だ。
一羽、二羽、三羽。
どの角度からどこへ向けて滑空してくるか、
その先の座標まで見据える。
(点じゃなく……“コース”!)
「おらぁ!!」
掛け声と同時に俺は、
風を込めたナイフを放った。
ナイフは風を裂いて飛ぶのではなく、
風そのものに乗って滑るように駆けていく。
軽く放ったはずなのに、
空気の抵抗をほとんど受けないそれは、
一直線に加速していった。
一羽目。頭部を正面から貫通。
二羽目。すぐ隣を滑っていた、
個体の翼の根本を裂きながら、その先。
三羽目の首の部分を消し飛ばして抜ける。
視界の端で、三つの影がバランスを崩した。
直後、ドスン、ドスン、と
嫌な重さを持った音が大地を震わせる。
急所を撃ち抜かれた二羽は
そのまま動かなくなり、
胴体を撃ち抜かれた一羽は
地面に叩きつけられ、もがいていた。
「っしゃ! 三枚抜き!!」
思わずガッツポーズが出る。
……が、喜んでばかりもいられない。
残りのグレイヴバードたちが、
一斉に甲高い悲鳴を上げた。
キョアアアアア!!
空気が震え、風が乱れる。
次の瞬間、見えない刃がこちらへ殺到した。
「セリア! 二歩下がって左に半歩!!
そこでしゃがめ!!」
「はいっ!!」
セリアは反射的に足を動かす。
俺も同時に横へずれて、
地面に身を伏せるようにしゃがみ込んだ。
耳元で、空気が悲鳴を上げた。
ひゅうううっ、と何かが掠める感触。
頭上を通り抜けた“何か”が
後ろの地面を刻み、土煙を上げる。
髪が逆撫でされ、
首筋には冷たい感触が走った。
(相変わらずえげつねえ威力だな、おい)
グレイヴバードは賢い。
今ので、俺たちの遠距離攻撃から
一度間合いを外そうと考えたのだろうか。
翼を大きくはためかせ、
高度を再び上げようと動き始めた。
だが、そこで──アイツの出番だ。
「愚かな鳥どもめ!
退却させられた妾の怒りを今!
後悔しながら思い知るが良い!!」
アノンが一歩前に出て、
杖を空へ差し伸べる。
ローブの裾と赤い髪が、
風を孕んで舞い上がった。
「火の女神、風の女神よ。
二つの力の源、今ここに集いて──
炎熱を広げる連ねし風にて!
彼の者らを消し去りたまへ!」
詠唱と同時に、空気の流れが変わる。
マナの渦が、アノンの頭上で
一つの塊になって震え始めた。
肌にちりちりと刺す熱が伝わってくる。
「爆炎旋風》!!」
──ヒュオン。
一瞬、風が悲鳴を上げた。
次の瞬間。
ドゴォォォォォン!!!
世界が爆ぜた。
空のあちこちで、
巨大な火の塊が連鎖的に弾け飛ぶ。
爆風が地面の草を薙ぎ、熱気が頬を焼いた。
「まって! 読めない!
なんかすごすぎて空気がわからん!!」
視界も、空間把握すら
一時的にノイズまみれになる。
まさかの、アノンの火力が
“情報量オーバー”という罠だ。
やがて、爆炎は徐々にしぼんでいき、
黒煙だけが空に残った。
その向こうに浮かぶ影を数える。
(……残り、五)
「残り五体!?
アイツ、一撃で五羽もやりやがった!!」
よく見れば、そのうち二羽は翼を焦がされ、
飛行が明らかに不安定だ。
羽ばたくたびに高度ががくりと落ち、
そのたびに悲鳴を上げている。
遠距離も分が悪いと悟ったのだろう。
一羽が、鋭く叫びながら急降下してきた。
狙いはアノン。
さっき盾越しに魔法を撃ったのを見て、
「そこが頭」とでも判断したか。
「カルドォォ!!」
「ああ……問題ない」
俺が叫ぶより早く、
カルドは大盾を構えて前に躍り出ていた。
目で追うのがやっとの速度で迫る
炎を避けきった綺麗なグレイヴバード。
翼を畳み、ただの巨大な矢になって
アノンをめがけて突っ込んでくる。
その突撃コースの、ほんの少しだけ先へ
──カルドの大盾が滑り込んだ。
「うぉぉぉぉぉ!!」
カルドの吠え声とともに、
大盾が前へ押し出される。
重さと勢いのぶつかり合いで、
空気がぎゅっと潰れた。
グギャッ!!
翼の骨が折れる、生々しい嫌な音。
だが、俺たちにとっては最高の音でもある。
クギョアアアアア!!
悲鳴を上げながら片翼をへし折られた
グレイヴバードは、軌道を大きく逸らす。
制御を失ったその巨体は、
そのままカルドたちの横をすさまじい速さで
転がり抜けていった。
「ほほぅ。大きな凡人は役に立つのう」
背後から、いかにもな上から目線ボイス。
「造作もないな」
カルドは短く返すだけだが、
口元はほんのわずかに吊り上がっている。
くそ、かっこよすぎんだろアイツ……?
そんなことを思っていたら、
背中に嫌な感覚が走った。
「……! セリア、急いで前に大股で三歩!
そこでしゃがみ込め!!」
「っ!」
返事をする余裕もなく、
セリアは杖を抱えたまま走り出す。
言われたとおり三歩進み、
その場で膝を折った。
直後、グレイヴバードの翼がそこを
“薙刀”のように薙いだ。
風圧だけで地面の草が根こそぎ吹き飛び、
土は削れ、舞い上って雨のように降る。
もう半歩でもずれていれば、
セリアの首かローブごと飛んでいただろう。
(完全に近距離モードだな……)
上空を確認する。
残り四羽。
そのうち二羽はアノンの爆炎で
翼を焦がされ、動きにキレがない。
無傷は二羽。
さっきセリアに突っ込んだやつと同じような
一撃を持っていると考えるべきだ。
距離は、もう逃げられる位置じゃない。
ここからが、本当の殴り合いだ。
「完全に近距離になったな! 残り四羽!!」
息を整えながら叫ぶ。
「傷ついてるのが二羽、無傷が二羽。
ここからが後半戦だ!!」




